第28話攻略ルートの選択肢



 イリナをバザーの商品作りに誘えば、喜んで参加してくれた。イリナは誰にも誘われなくて、どうしようかと悩んでいたらしい。俺の誘いは渡りに船だったようだ。


 イリナさえも誘われないとなるとディアナが心配になってきたが、彼女は気配を消しているので俺からは話しかけられない。


 バザーは一年に一度のお祭りのようなものなので、ディアナにも存分に楽しんで欲しい。そう思うのは、不幸にしたくないとだけ思っている人間が考えてはいけない事なのだろうか。


 俺は、頭を振って思考を切り替える。


 今はディアナのことを考えずに、イリナのルートを攻略するために全力を注がなければならない。そのためのバザーのイベントである。


 放課後、俺を含めたいつもの三人組とイリナは校庭に集まった。


 校庭といっても運動場の類ではなくて、芝生が敷き詰められて薔薇が咲き乱れる美しい庭園だ。貴族の感覚からして言えばありふれた光景だが、前世の野暮ったい校庭を考えるならば美しすぎる光景と言えよう。


 そんな素敵な空間の東屋に集まった俺たちは、俺達はバザーの出し物について話し合った。


「バザーで売るものなら、クッキーとかはどうでしょうか?私、料理が好きなんです」


 イリナは可愛らしい仕草で、女の子らしい提案をする。しかし、クッキーの案はクリスに却下された。理由は、女子寮の厨房を俺達が使えないからだ。寮は異性の入館は絶対厳禁であり、それは厨房であっても変わらない。


 さらに言えば、バザーに出品する商品は孤児院の子供たちと一緒の作らなければならない。クッキーなど練って伸ばして焼いてだけの工程だと思うのだが、それでも沢山の子供を相手にしながらの調理は危ない。


 なにせ、この世界にはガスオーブンという便利なものがないのだ。オーブンを使うのならば、火おこしから頑張らないといけない。


「こういうのは珍しいものより、定番に一手間加えた程度のものが良かったりするんだよな」


 俺は言いながら、作るものによってルートが変わったはずだと思い出す。だが、肝心の何を作ればイリナのルートに行けるのかが思い出せなかった。前世の記憶が、段々とおぼろげになっているせいだ。


 しかし、俺にはとっておきのものがある。


 幼少期からしたためてきた、前世の記憶のノートだ。こういうときのことを考えて、いつでも肌身離さず持っている。どこかに隠れて、これを読もう。俺は、そんなことを考えながら席を外そうとした。


「石鹸でいいだろう。簡単に作れるからバザーの商品としては定番だ。染料を入れたら鮮やかな色になって、女性人気が出るかもしれないぞ」


 俺がノートを見る前に、ウィスタ王子からカラー石鹸という案が出てくる。


「良いと思いますよ。石鹸ならば、作業は何処だって出来ますし」


 クリスが賛成し、俺も意見を求められる。逃げられない雰囲気を感じて、俺は言い淀んでしまった。ゲームでは三択ぐらいの選択肢が一気に出たと思ったのに、現実ではそれもない。


 イリナルートに行くのだから、彼女の意見を押し通すのが正しいのだろうか。だが、厨房の問題があるのも確かだ。なにより、俺は料理の経験がない。


 前世の俺ならばあったのかもしれないが、今の俺は貴族だ。紅茶だって一人で淹れたことはない男なのである。クッキー作りに賛成したのに、足手まといになるのは格好悪いを通り越して迷惑だ。


「あら、バザーの話し合い?よかったら、私も混ぜてくれない」


 ひょっこり顔を出したのは、ユーヤ姉さんだ。


 攻略対象の一人のユーヤ姉さんだが、学園では先輩という立場になっているため接触が少ない。他のヒロインのルートに入ってしまえば、さらに影は薄くなってしまう。しかし、ユーヤ姉さんのルートはボリュームが少なくとも一部には人気があった。


 ユーヤ姉さんのルートは、悲恋あるいはネトラレと呼ばれるエンドなのだ。互いに思いは通じ合うが、親の決めた結婚からは逃れられないという話なのである。


 仲が良くない婚約者との結婚は可愛そうだと思うが、ゲームのシナリオでそうなっているのだから俺にはどうにも出来ない。


 せめて、ユーヤ姉さんの婚約者を改心させられたらと思うが、婚約者とはユーヤ姉さん以上に接点がない。本当に、どうしたものか。


「久しぶりだ、ユーヤ姉さん。色付きの石鹸はどうだろうかと話し合いをしていたのだが、どうだろうか?」


 ウィスタ王子の問いかけに、ユーヤ姉さんは目を輝かせる。


「良いと思うわ。だったら、香油で匂いを付けるのはどうかしら?」


 俺の意見は聞かれることなく、どんどんと新たなアイデアが出てくる。もはや石鹸作りが決定案のようになっていた。


「良い案ですね。私もカラー石鹸は欲しいですし、素敵な香り付きの石鹸は選ぶのも楽しいと思います」


 イリナが、俺に笑いかける。


 その明るい声に、この選択は間違いではないと信じることにした。



 その夜、俺は改めて自分の選択肢が正解だったことをノートで確認する。イリナとのハッピーエンドまで、あと少しだ。


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