第27話バザーの計画
騒動が一段落するとディアナが、クリスの元に近づいてきた。渦中の人物だったというのに、クラスメイトの注目はディアナから離れていた。
今は愚かな公爵令嬢に視線が行っている。公爵令嬢は逃げるわけにもいかず、だからといってびゃあびゃあと泣くわけにもいかない。見ているだけで可哀そうなほど居心地の悪い針の筵のなかにいた。
ディアナを悪役にしたてあげようとしたのだから、良い罰になっただろう。これに懲りて、もう二度と他人を貶めるようなことはしないで欲しいものだ。
「先程は、私の疑いを解いていただきありがとうございます」
丁寧に礼をするディアナに対して、クリスは紳士的に微笑みかける。
少しでもいいから、その微笑みをウィスタ王子に向けてあげて欲しい。ウィスタ王子は、自分のプレゼントを他の人間に渡されたことに立ち直れていなかった。
「気にしないで。あなたは、グエンの婚約者だ。友人の婚約者を守るのは当然のことだよ」
クリスは、婚約者の部分を強調した。ディアナを大切にしろと俺に言い聞かせたいのだろう。耳が痛い話だ。
「私は、グエン様の婚約者には相応しくありません。グエン様には、もっと相応しい方がいらっしゃいますから」
ディアナは、ちらりとイリナの方を見た。
イリナは、ディアナの視線には気がついていないようだ。クリスにもらってしまった最高級の万年筆に、恐れおののいている。
「相応しい相応しくないだのを言わせる男の方が悪いんだから、さっさと火炙りにしたらいいと思う……失礼。本音がでた」
ユーヤ姉さんと婚約者の仲は、よっぽど拗れているらしい。ディアナを通じて、俺が八つ当たりされそうになっている。
「私は……同級生たちのような令嬢にはなれません。だから、グエン様には相応しくなくて」
言い淀むディアナに対して、クリスはため息をついた。
「決められた立場に最初から相応しい人なんて、一人もいないと思う。その証拠に、王子が王位に着く日が、今からだ死ぬほど心配だ……」
クリスは、またため息をついた。たぶん、言いながら苦労する未来を見たのだろう。
「けれど、望まれているならば胸を張ったらいい。周囲の支えや困難が、あなたを相応しくするはずだ」
それは、クリスにとっては願いの言葉だろう。
クリスは、王家に引いてはウィスタ王子に視力を捧げた。そして、もはや存在さえも未来の王に捧げる覚悟だ。
そのようにすれば、ウィスタが立派な王になれると信じているのだろう。いや、信じたいのである。
「胸を張って……信じる」
ディアナは、俺を見つめる。
そして、儚く笑った。
「そんな未来がくればいいのに……」
ディアナは頭を下げて、俺達の前から去っていった。クリスが「追って!」と言ったが、俺はディアナを追えない。だって、俺はイリナのルートを再現するつもりなのだ。
ディアナを追ってしまったら、イリナに勘違いさせてしまう。
「グエン……。ディアナ嬢に、情はあるのだろう?」
クリスの問いかけに、俺はすぐに答えた。
「もちろんだ。彼女を不幸にはしたくないと思っている」
死んでしまうかもしれないディアナの運命を変えたい。
それぐらいには、俺だって彼女を大切に思っていた。
「ならば、大切にしろ。婚約は家が決めたもので、本人たちでは撤回が出来ない。だからこそ、少しでも情があるならば恋することが出来なくとも愛するべきだ」
クリスの物言いは、貴族男性としてはある種の理想であるのだろう。
でも、俺は恋がしたいのだ。
イリナを初恋の人にしたいのだ。
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