第26話イジメ事件の解決



 ウィスタ王子とクリスに、公爵令嬢は胸を張ってディアナが犯人だと答えた。彼女の取り巻き立ちは応援するかのように拳を握っている。


 だが、残念ながらウィスタ王子とクリスは何があったのかを把握していない。


「すまないが、誰でも良いから説明を頼む。イリナ嬢が泣いているということは、ただならない事が起こっているのだろう」


 ウィスタ王子の言葉に、公爵令嬢が「はい」と答える。率先してウィスタ王子を意識を引こうとしている様子を見るに、公爵令嬢は王妃を狙っているタイプの女子生徒なのかもしれない。


「ディアナ様が王子の関心を引くために、イリナ様の荷物を壊したようなのです。この国の令嬢として恥ずかしいばかりです」


 俺は、思わず吹き出しそうになった。


 ウィスタ王子の関心を引きたいのは、間違いなく公爵令嬢の方だ。ディアナには、ウィスタ王子の関心を引きたがる理由がない。俺からでさえ、逃げ回っているぐらいなのだ。


「その話は本当なの?」


 クリスの確認に、公爵令嬢は困ったような顔をした。自分ほどの身分の人間が嘘を付いているのかと言いたげな顔である。しかし、ウィスタ王子のお気に入りのクリスに盾突くほどのバカではないらしい。


「でも、それはおかしいことだね」


 クリスは、あざとく首を傾げた。


 公爵令嬢の取り巻き立ちが騒めき、ひそひそとクリスのことについて噂しはじめた。ウィスタ王子のお気に入りの友人というのが、周囲の持っているクリスの印象だ。しかし、実際のところは違う。クリスは、ウィスタ王子の守る者の一人だ

 

「ディアナ嬢は、グエンの婚約者だよ。彼女は王子の気を引く理由なんてない。それに、王子はイリナ嬢を気に入ってもいないよ」


 クリスの言葉に、ウィスタ王子は深く頷いた。


 それには、俺も同意する。


 ウィスタ王子はイリナについて言及したことはないし、俺が婚約者のディアナを遠ざける一因と誤解している可能性すらあるのだ。


 もしかしたら、クリスの影響もあって他の人間よりもイリナの印象は悪くなっているかもしれない。なんにせよ、俺の婚約者というだけでディアナの好感度はイリナよりも高いぐらいだろう。


「その通りだ。私のお気に入りはクリスで、クリスも私を気に入っているのだ」


 ウィスタ王子は、話が分かっているのか分かっていないのか判断のつかない返答をした。クリス以外は、その他大勢とでも言いたいのかもしれない。


 ウィスタ王子は特定の女性とは仲良くしないようにしているので、女子生徒のことを「その他大勢」と思ってしまっても致し方ない。


「あなたは、証拠がないのにディアナ嬢を犯人に貶めようとした。今の現状では、あなた以上に怪しいものはない」


 真犯人が、偽りの犯人を作ろうとした。


 クリスは、そのように言いたいのだろう。


「ちょっと無礼ですよ。それこそ証拠はあるのですか!」


 公爵令嬢は怒り狂っていた。


 クリスはウィスタ王子の裾を引っ張って、公爵令嬢に近づきたいと意思表示をする。ウィスタ王子は、クリスを公爵令嬢の元にエスコートした。ついでに、壊れた万年筆もクリスに握らせる。


 目が見えない故に繊細な指先で、クリスは壊れた万年筆を確認する。ゆっくりと頷いたクリスの口元は笑んでいて、自分の考えが正しいことを確信しているようであった。


「誰かを貶めて、自分の好印象を王子に与えようとする。ありふれた権力を求めた人間が、よくやる手だよ」


 クリスの言葉に、公爵令嬢は恥辱に顔を赤くした。


「なんてことを言うのですか!撤回をしなさい!!」


 公爵令嬢の怒鳴り声を聞きながら、クリスは自分の掌の万年筆を見せる。目が見えないというのに、全く動じていないクリスの胆力は見習うべきものがある。俺には身に着けられるとは思えないが。


「この万年筆は非常に硬いものだ。男子生徒が踏みつけても壊れなさそうだね。御夫人の細腕では、壊すのは少し難しいと思うんだよ。あらかじめ壊した万年筆とイリナ嬢の万年筆を入れ替える。この方が、ずっと簡単だ」


 そういえば、イリナは勉強用具を教室に忘れて一晩放置している。すり替えたり、模造品を用意する時間はあるのだ。


「それに、この万年筆の部品はいくつかなくなっているものがあるように思われるよ。まるで、運んできた間に部品を落としてしまったかのようにね」


 言われてみれば、万年筆は形見になることもあるほどに丈夫な品だ。道具を使わなければ、男であってもバラバラになるほど壊すのは難しいだろう。


 考えてみれば当たり前のことだが、公爵令嬢が騒ぎ立てるので「当たり前」のことに目が向かなかった。


 いつの間にか集まっていた登校してきた生徒たちが、つまらなそうな表情を浮かべる。彼らはもっと劇的なトリックを期待していたのだろう。


「それでも、ディアナ嬢が犯人ではない証拠はありませんわ」


 息巻く公爵令嬢に対して、クリスは勝ち誇ったかのように笑っていた。


「あなたは、気位が高い御方だ。自分が身体検査なんてされるとは思っていないでしょう。制服のポケットのなかを見せてもらってもいいかな?無論、カバンのなかも。出てこなければ謝りますし、他の人間の身体検査もしますよ」


 公爵令嬢は手を震わせながらポケットに手を入れて、そこから万年筆を取り出した。壊れた万年筆ととても似ている形状のそれに、イリナは「私の万年筆……」と目を丸くしていた。


「これでご満足ですわよね。偽物の名探偵さん!」


 公爵令嬢は、万年筆をクリスに投げつけた。


「なにをする!」


 ウィスタ王子が万年筆を叩き落したことで、公爵令嬢はとんでもないことをしてしまったと今更ながらに後悔しているようだった。王子のお気に入りの人物に物を投げつけるなど愚かであるとしか言えない。


「あの……私。だって、ウィスタ王子が私とお話してくださらないから。王子が悪いのです!」


 泣き出しそうになりながらも、公爵令嬢は自分は悪くないとしか言わない。しかも、観衆の目の前で王子が悪いと言い切ったのだ。くだらないことだとは言え、公爵令嬢の父親が見ていたら顔を青くしていたであろう。


「これで、ディアナ嬢が犯人ではないという証明は終わり。ああ、一応だけど言っておくね」


 クリスは、にこりと笑った。


「僕は、稚拙な方法で王子に近づこうとする輩が嫌いなんだ。恥を探すだけさらして、恥ずかしい事この上ない」


 クリスの言う通りだ。公爵令嬢はイリナを助け、虐めの首謀者に仕立て上げたディアナを糾弾することで王子のなかでの自分の株を上げようとしたのだろう。


 ウィスタ王子は、まだ婚約者がいない。


 ウィスタ王子の一存では王妃候補が決まるわけではないが、愛人の地位に収まるだけでも絶大な権力者を持てる場合もある。歴史の中では、そうやってのし上がってきた逞しい女性たちがいるのだ。


 公爵令嬢が彼女らに並ぼうと考えていたと思うのは、流石に俺の勘繰りすぎだろうか。なんにせよ、クリスをやりこむことができなかった時点で公爵令嬢の女傑の才能はなかったということであろう。


「この件は、然るべき場所に報告させてもらうよ。王子の動向は王と王妃に絶えず報告させてもらっているから、ついでにね」


 クリスを背に庇っていたウィスタ王子が、目を見開いて脂汗をかき始めた。自分の行動が両親に報告されているとは知らなかったのだろう。


「……クリス。お前は、私の友人だ。私の動向については、色を付けて報告してくれたりは……していないよなぁ」


 ウィスタ王子は、がっくりと肩を落とした。


 最近ではそれなりに立派に王子様をやっていると思うのだが、俺の評価は甘い方らしい。たしかに、他国の王子と比べたらウィスタ王子は気が抜けすぎている皇太子だとは思うが。


「イリナ嬢は、こちらを……。まさか、レディに床に落としたものを遣わせるわけにはいかないから」


 クリスは、満面の笑みでウィスタ王子の腕に触れる。ウィスタ王子は、クリスの意思を読めずにいたが、やがて何かを察したように「あれは……」「いやだって……」「二時間もかけて選んだのに……」と謎の言い訳をしている。やがて、観念してクリスの鞄から立派な万年筆を取り出した。


 少し細めの万年筆は、運動をしないために細くなってしまっているクリスの指に合わせたものだ。今年のクリスの誕生日プレゼントとして、俺がウィスタ王子と共に選んだのだから間違いない。


 プレゼントにウィスタ王子は二時間も悩んで、リボンの色は自分の瞳と同じ色を使ってもらった。万年筆もリボンの色も眼を封印しているクリスには無用の長物であったが、いつかは彼に普通の生活をさせたいというウィスタ王子願いがこめられているような気がした。


「予備のものだから、心置きなく使って」


 一国の王子を使用人のように使って、クリスは自分の万年筆をイリナに渡した。ウィスタ王子は平常心を保っているように見えたが、心の中で泣いているのは誰が見ても明らかであった。


 しかし、困った女性を助けるために使われたなら、紳士としては文句を言うわけにはいかない。自分で選び、自分で買ったプレゼントなのに……自分の目の前で他人に「使って」と気楽に渡される苦しみ。


「ウィスタ王子……カワイソー」


 俺は、小さく呟いていた。



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