第25話イジメ事件
嘘を本当にするために、俺は翌朝には行動に移った。イリナをバザーに誘うのである。
ウィスタ王子とクリスは事実確認まではしないだろうが、それでも早めにイリナを俺のバザー運営に取り込んでおくことに損はない。せっかくイリナのルートで進んでいるのだし、彼女と出来るだけ一緒にいて好感度を上げておきたかった。
ウィスタ王子とクリスは常に二人で行動するので、その時間よりも俺は速く登校する。イリナをバザーに勧誘して、俺は嘘を本当にするつもりだった。
なお、イリナの登校時間が一般的な生徒よりも早めなことは調査ずみだ。無論、前世のゲームでの話だ。今世では、そんなストーカーのようなことはやっていない。
「ディアナ様!犯人は、あなたに違いありません!」
教室の前までいくと女子生徒の甲高い声が聞こえてきて、俺はびくりとした。怒った女子の声は、心臓にとても悪い。
「なにがあったんだ?」
俺は、そっと教室のなかを覗き込んだ。そこには、ディアナを囲む女子生徒たちの姿がある。
これは、全員で一人を責めている構図だ。責められている人間がディアナでなくとも、良い予感はしない。
「イリナ様のペンやノート。壊したり破いたりしたのは貴女でしょう!」
女子生徒の言葉に、俺は目を見開く。
そして、後先を考えずに女子生徒の集まりの中に飛び込んだ。
「ちょっと待て。何があったんだよ」
女子生徒の輪の外では、イリナが泣いていた。その光景に、俺はぎょっとする。彼女の眼の前には、折られた万年筆と破かれたノートが置かれていたのだ。
万年筆は特に必要に壊されていて、丈夫なそれはインクが飛び散るほどにバラバラにされている。犯人の恨みさえも感じる壊され方であった。
「グエン様!ちょうど良かった。イリナ様がウィスタ王子のお気に入りだからという理由で、ディアナ様が彼女の持ち物を壊したのです!」
ディアナを責め立てていたのは、金髪の髪を巻いている公爵令嬢だ。俺の前世の記憶によれば、彼女の髪型は縦ロールというらしい。
公爵家の令嬢の彼女は目立ちたがりで、制服にも関わらず宝石をじゃらじゃらと付けていた。それでも下品には見えないのは、彼女自身に気品があるからだろう。
彼女の周囲にいる女児生徒たちは、取り巻きというものだろう。まるで判を押したかのように同じ表情で、ディアナに侮蔑の表情を向けている。
「私は、イリナ様の荷物に触ってなどいません」
凛とした態度で、ディアナは答えた。だが、悪役令嬢もとい公爵家令嬢は止まらない。
「嘘よ。ときより、姿を消していたでしょう。その時に嫌がらせをしていたのね。サイテーよ!」
侯爵令嬢の言葉には、驚くほど証拠がない。
だというのに、公爵令嬢はディアナが犯人で間違いないと決めつけているようだった。周囲の女子生徒は公爵令嬢の意見に異論はないようで、彼女の言葉に神妙に頷いている。
というより、彼女らは公爵令嬢が「黒だ」と言えば白いものでも黒だと言うだろう。
「待てって。ディアナが、やった証拠はあるのかよ?」
俺の言葉に公爵令嬢は、ふんと鼻を鳴らす。
「だったら、ディアナ様がやっていないという証拠はあるんですか?」
駄目だ。
これは、話が通じない人間である。正直言って、俺の苦手なタイプだ。
「止めてください。私が悪いんです。泣いたりしたから、大事になってしまって……」
涙が止まらないイリナが、必死に周囲を宥めようとしていた。だが、もはや問題が彼女の手から離れてしまっている現状では逆効果である。公爵令嬢は「こんなに健気な方の私物を壊すだなんて」と息巻いていた。
俺にも薄ぼんやりとだが、状況が読めてきた。
イリナが登校したところで、自分の机にしまったままにしてしまった持ち物が壊されていたのを発見。泣いてしまったことで、この騒動が起こったらしい。
公爵令嬢がディアナを糾弾しているのは、彼女がイリナ以上にクラスから孤立しているからなのだろうか。味方のいないディアナは、さぞ悪役にしやすかったであろう。
「ディアナは、俺の婚約者だ。だから、俺が一番よくディアナのことを知っている。彼女はこんなことをする女の子じゃない」
俺の言葉に、公爵令嬢はたじろいだ。というよりも、驚いたというという顔をしているような気がする。
「グエン様……。止めてください。私に関わらないで……」
消え入りそうな声で、そんなことをディアナは言った。犯人扱いされたことよりも、俺に守られた事の方が辛そうだ。
「馬鹿なことを言うな!俺は、関わる。お前のことを不幸にしないって決めたんだからな」
俺の言葉に、周囲の女子が「きゃー」と黄色い悲鳴を上げた。
「いや。違う!そういうのじゃないから!!」
イリナのルートに進みたい俺は、必死に周囲の誤解を解こうとした。俺はディアナを不幸にはしたくはないが、好きという訳ではない。
「あの……その」
ディアナは困ったように、うつむいてしまう。うつむく前のディアナの目には涙が溜まっていて、顔も赤くなっていた。
たくさんの女子に責められていた時も毅然としていたのに、こんな時だけどうして弱々しくなってしまうのだろうか。
「俺は虐めてない。虐めてないからな!」
俺は、必死にディアナに説明した。なにがディアナの琴線に触れたのかは分からないが、虐めていると思われたらものすごく厄介だ。
ディアナは俺に手を伸ばして、服の袖をちょっとだけ摘まむ。その仕草が小動物のように思えて、可愛らしく見えてしまった。俺の本命なイリナだというのに。
「グエン様が、私を庇ってくださったのは分かっています。これは……その。恐れ多い感情ですが——うれしいと思ってしまったんです」
ディアナの表情は未だに見えない。
しかし、彼女は不幸にはしないという言葉だけで喜んでしまう少女なのだ。俺ではディアナを幸せにはできないだろうが、死ぬルートだけは絶対に回避させなければならない。
「なんの騒ぎ?」
教室に入ってきたのは、ウィスタ王子とクリスだ。呆れ顔のクリスと違って、ウィスタ王子は好奇心で瞳をかがやかせている。
「ウィスタ王子!」
公爵令嬢は、わざとらしく驚く様子を見せた。
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