第24話クリス君に叱られる



「グエン。君には、婚約者がいるっていう自覚はあるのか?」


 夕食も終わり、俺とウィスタ王子そしてクリスは談話室で紅茶を飲んでいた。憩いの場でのクリスの鋭い声に、ウィスタ王子はソワソワしている。この阿呆王子は、自分が怒られるかとでも思っているのだろうか。


「あるって。ディアナの方が逃げるんだ」


 ディアナの暗殺者としてのスキルは、間違いなく上がっている。俺では彼女をとらえきれない。


「相手が別の女と仲良くなっていれば、逃げたくもなるだろう」


 俺とイリナのことは、クリスの耳にすでに届いていたらしい。


 クリスは入学当初こそ男女関係に関する冗談を言っていたが、どうやら彼を取り巻く状況が変わったようだ。


「女友達を作るなとは言わないが、少しはわきまえてくれ。婚約者に強く言い出せない女性は……可愛そうだ」


 クリスの表情は冴えない。そういえば、ユーヤ姉さんのルートでも大きな動きがある頃合いだ。


「ユーヤ姉さんは、婚約者と上手くいっていないのか?」


 俺と婚約破棄した後に、ユーヤ姉さんも新たな婚約者を探していた。


 しかし、すぐには見つからなかった。最近になって婚約をしたが、相手とは上手くいっていないはずだ。原因は、婚約者の女癖の悪さ。


「あんな男は、ユーヤ姉さんお姉さんには相応しくない。あんなのと義理の兄弟になるぐらいなら、王子と兄弟になった方がマシだよ」


 さりげなくダメ男扱いされているウィスタ王子は、思いついたとばかりに目を輝かせた。これは、くだらない事を考え付いた時の目である。


「ならば、私がユーヤ嬢とクリスの兄弟を娶ろう。三人で幸せになれば、すべての問題が解決……あつぅ!!」


 クリスは澄ました顔で、ウィスタ王子のズボンに紅茶をこぼしていた。クリスは本当に不敬罪という言葉を知っているのだろうか。いや、クリスは王と王妃が尊敬している。つまりは、ウィスタ王子にだけ厳しいのだ。


「失礼。手が滑りました」


 随分と余裕のある『失礼』である。いや、もはや『無礼』だ。


「王家にユーヤ姉さんは嫁げません。ただでさえ、近くに僕がいるんですよ。ファム家が、王家に近づき過ぎている。グエンも僕の親戚だし」


 たしかに、今の状況でさえ俺たちの一族が王子に近すぎている。パワーバランスを考えれば、ユーヤ姉さんは王子のもとには嫁げないであろう。別に、まったく、可哀そうではない。ウィスタ王子なんかに嫁いだら、気苦労で寿命が縮むさまが見えている。


 王妃の座を狙ってウィスタ王子を誘惑しようとする女子もいるというが、その気持ちが俺にはさっぱり分からなかった。王妃の責任よりも夫の尻ぬぐいの方が大変という人生なんて御免被る


「じゃあ。クリスの人生を独占するお詫びに、お前だけでも娶るか」


 ウィスタ王子は寝言(目は開いている)をのたまう。阿呆王子ここに極まれりだ。


 同性婚は別に禁止はされていないが、血統を残すべき王族が何を言っているのか。親族から養子をとると言う手段もあるが、それだって最終手段であろう。


 阿呆の極み王子に、クリスは辛辣な言葉をあびせかける。


「ダメですね。普通にお妃様を娶ってください」


 クリスは、大きなため息をついた。小さな声で「育て方を間違った」と呟いている。


 前から思っていたが、クリスはウィスタ王子を何だと思っているのだろうか。手のかかる弟だとでも思っているのだろうか。それともいつまでも芸を覚えない駄犬だとでも思っているのか。後者の方がしてきて、なんとなく俺は怖くなった。


「だって、クリスは生涯をかけて私に仕えると言ってくれている。だから、その想いに報いたんだ」


 良いことを言っているようで、結果がズレている。


 クリスを娶ったら、彼の気苦労が増すだけだ。ウィスタ王子自体がしっかりしてくれたならば、クリスの負担は大いに減るだろう。


「僕が王子に仕えるのは、臣下として当然です。だから、報いるとかは考えなくていいんです」


 ウィスタ王子は、クリスの包帯を見ていた。彼の目が封印されているのは、王家の露払いするためだ。ウィスタ王子は、友人に不便な生活をさせていることが申し訳なく思っているのだろう。


 クリスが普通の生活を送れていたら、俺たちのように剣の授業なども受けられていただろう。もっと幼い頃だったら、鬼ごっこも駆けっこもできたかもしれない。


 物心つく前から付き合いのある俺たちだが、クリスがそのような遊びに興じる姿を一度も見たことはなかった。


 普通の子供だったならば、友達と同じように遊びたいと言って駄々をこねていたことだろう。だが、そう言ったクリスの姿を一度も見たことはない。前世の記憶がある俺も大人びてはいるが、それに輪をかけてクリスは早熟な子供だったのだ。


「僕に報いたいというのならば……名君になってください。それで、平和な国を作ってくれるのが僕の願いです」


 それと、とクリスは区切った。


「これからは、王子のために尽力する人間が増えるんです。そういう人間をいちいち娶ってていたら、きりがなくなりますよ。ハーレムでも作る気なんですか」

 

 ウィスタ王子を嗜める顔は、姉のユーヤ姉さんに似ていた。ここら辺は、やっぱり兄弟である。しばらく会っていないハトコの存在を懐かしんでいれば、会話は矛先が俺に戻って来た。


「ともかく、グエンはディアナ嬢に誤解を与えないように」


 クリスは、そう締めくくった。


 ユーヤ姉さんと婚約者の関係が上手くいかないので、クリスは同じ状況のディアナを気にかけているのだ。


「そうだ。今度の教会のバザーに、ディアナ嬢を誘おう」


 ウィスタ王子は、良いことを思いついたとばかりに言い出した。クリスを娶ると言ったときと同じぐらいの突拍子のなさである。


 バザーというのは、前世でいうところの文化祭だ。ただし、教会が運営する孤児院と協力しながら開催するので、文化祭とボランティアが一緒になっているイベントとも言える。


 極端にものをいうならば、孤児院の子供たちと一緒に食べ物や小物を作って売るのである。学園の生徒は奉仕精神を、孤児院の子どもたちは労働を学ぶことができるという仕組みだ。


「私はクリスとグエンと共に参加をするつもりだったが、友人の婚約者ならば歓迎しよう」


 バザーのついては何の相談もしていなかったような気がするが、勝手に頭数に入れられてしまっていた。……まぁ、ウィスタ王子とクリスと参加することになるだろうなとは、俺も思っていたが。


「それはいいですね。何を作るかをディアナ嬢も交えて、バザーに出すものを相談しましょう」


 クリスの提案に、俺は慌てた。


 ディアナは、俺から逃げているのだ。今のままでは、ディアナと話をするのは難しいだろう。


 なにより、ディアナはウィスタ王子の命を狙っている。ゲームでは物語終盤に暗殺イベントが発生していたとはいえ、必要以上の接近は簡便してもらいたい。


「その……バザーに関しては、イリナをすでに誘っているんだ」


 俺は、嘘をついた。


 イリナを先に誘っていれば、ディアナを誘うことは出来ないとクリスは判断すると思ったからだ。クリスは俺の好奇心がイリナに向いていることを勘付いている。そんな場にディアナを読んで、彼女を傷つけるはずがないのだ。


「サイテーだな」


 ウィスタ王子は、ゴキブリでも見るかのような目で俺を蔑んでいた。


 俺は、必死に怒りをこらえる。こっちにも色々と事情があるというのに。



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