第23話正ヒロインと貴族の嗜み
貴族の嗜みとして、剣術がある。
我が国の特徴としては、貴婦人であっても剣を嗜むというところだ。普通ならば貴婦人は剣など握らずに、優雅に過ごすものと相場が決まっている。
これは戦で国を勝ち取ったご先祖様たちを見習ってのことであり、有事の際には男子女子関係なく王の刃になるためだ。そのため、剣術の授業も男女混合で行われる。
クラスメイトが注目するなかで、俺とウィスタ王子は模擬戦を繰り広げていた。幼い頃から何度も剣を交わした相手だったが、だからといって油断は出来ない。俺がウィスタ王子の弱点を知っているように、相手も俺の弱点を知っている。
金属と金属がぶつかり合う音の中で、俺はできる限りウィスタ王子の剣を受け流していた。ウィスタ王子は、俺よりも力が強いのだ。力比べになったら敵わない。
「そこまで!」
教師の一言で、俺とウィスタ王子は剣を鞘に戻す。お互いに息を切らしながら、俺とウィスタ王子は同時に礼をした。
「グエン、今の模擬戦では何を注意した?」
教師の問いかけに、俺は背筋を伸ばして答える。
「相手の得意な事をさせなことです。ウィスタ王子は力が強いので、組み合わないようにしました」
剣術の教師は、ゆっくりと頷く。
額に傷がある剣術の教師は、国の騎士団に所属している人間である。そのため、教え方が時として実践的だ。
「相手と戦うときには、相手を観察すること。これは相手を侮っていたら決してできないことだ。次は、女子!」
女子の見本として選ばれたのは、イリナだった。彼女の相手として選ばれた相手は、知らない顔の女子生徒だ。
イリナの剣術の腕は、全くの初心者よりはマシという程度だった。案の定、良い見本にはならない。それを見抜いた剣術の教師は、早々にイリナの模擬戦を終わらせた。
そうやって剣術の基礎を教わっていれば、時間はあっという間に過ぎた。剣術の授業は終わり、待ちに待った昼休みが始まる。
「クリスを迎えに行って、食堂に行くぞ。今日のメニューはなんだろうな」
ウィスタ王子は、ご機嫌で教室に向かう。目を封印されているクリスは、実技系の実習中は別の課題に取り組んでいた
「あの、グエン様。よかったら、私に剣を教えていただけませんか?」
俺に声をかけてきたのは、イリナだ。
俺は無意識に、ディアナを探す。
入学式のときには気がつけなかったが、ディアナは一年生のクラスにちゃんといた。ただし、気配を消すように周囲に溶け込んでいるので、間違い探しのように目を更にしないと見つけられない。
あの夕暮れの日から、俺はディアナとは喋っていない。近づこうとすれば逃げられる。そういう日々を過ごしていた。
「俺で良かったら、教えるけど……」
答えながらもディアナを探すが、見つかることはなかった。
「では、私はクリスのところに先に行っているな」
そう言って、ウィスタ王子は去っていく。その後ろ姿が楽しそうだ。クリスと離れていた時間が、よっぽど寂しかったのだろう。
残された俺は、さっそくイリナに剣の構えから教えていく。基本中の基本だが、一番疎かには出来ないところだ。
「背筋は伸ばして、あまり肩に力をいれない。重心を意識するんだ……」
イリナは頑張っているが、剣術に関しては優秀ではなかった。余計な力を入れるなと言っているのに力んでしまったり、足運びが覚束ない。
「運動が苦手なんだな。そういう動きをしている」
俺の言葉に、イリナはぎくりとした。
「小さな頃から運動は苦手で……。家でも剣を習っているけど全然なんです」
イリナは、恥ずかしそうに言った。
「単位が取れる程度に上達すれば、後は使う機会なんてないさ。平和な御代だからな」
ウィスタ王子が王位を継いでくれたら、この平和はさらに長く続くだろう。
「そうだといいですね。建国の戦争の話はワクワクしますけど、自分たちの世代や子どもたちの世代では起こって欲しくないです」
貴族としては情けないですよね、とイリナは申し訳無さそうに笑った。
この国は戦争をしているわけではないが、ご先祖様に倣った勇猛果敢な存在こそ貴族のあるべき姿だと考えている人間がいる。ゲームでは分からなかったが、イリナの親もそうなのかもしれない。
「ところで、イリナ嬢は昼飯は大丈夫なのか?今からだと食堂はだいぶ混んでいるぞ」
俺の疑問に、イリナは笑顔で答える。
「ご心配なく。お弁当を作ってきました。お料理が好きなので、朝だけ厨房を使わせていただいているんです。よかったら、グエン様も一緒にどうですか?」
俺は、そんなイベントもあったなと思った。
ヒロインがお弁当を作ってくれるのは、ギャルゲーではよくあることであるらしい。今の俺の常識としては貴族令嬢が料理をするのは、かなり珍しいことだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。それと、俺に『様』は不要だ」
学生同士ならば、どのように呼び合うかは自由である。無論、ウィスタ王子は対象外だが。
「なら、私も呼び捨てにしてください」
イリナは、とびきりの笑顔を見せてくれた。
「嬉しいです。ようやく友達ができて」
女子同士はすでにグループで固まっていると思ったのだが、イリナはあぶれてしまっていたらしい。友好的なイリナらしくないが、このイベントのために友人が作れなかったのかもしれない。
「これもゲームの強制力ってやつなのか?」
だとしたら、ゲームのせいで不幸になったのは一人ではない。
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