第21話入学式後の懇親会


 懇親会は、立食形式だった。


 五人の小規模の楽団が奏でる優雅な音楽が流れており、学生が制服を着ていなければ夜会のような雰囲気だ。煌びやかなシャンデリアが、その雰囲気を余計に盛り立てている。


「うっま!」


 一口サイズのサンドイッチを摘んで、俺は思わず声を上げた。学園の食事は美味しいとは聞いていたが、想像以上だった。


 ここがパーティーのような会場でなければ、がっついていたことだろう。この料理を在学中の三年間も食べられると思うだけで、幸せな気分になれる。


「うっま!」


 俺と同じ反応をしていたのは、ウィスタ王子である。


 普通だったら、彼の周囲には人だかりが出来ていただろう。王子と気楽に喋れる機会など学園在学中しかないし、うまくいけば王子のお気に入りになって将来を約束されるかもしれない。しかし、ウィスタ王子の側には、クリスしかいなかった


「ウィスタ王子の所に人がいないとは予想外だな。てっきり人だかりが出来ていると思ったのに」


 俺は、目が見えないクリスのために飲み物を持っていった。なお、食べものについてはウィスタ王子が持ってきている。


「先程の挨拶で王子はお疲れですと言ったら、きれいに人の波が引いたんだ。疲れた王子のご機嫌をそこねたくはなかったみたいだね」


 クリスは、くすくすと笑う。


 彼は、ウィスタ王子の猫被りが長くは続かないと判断したのだろう。ボロを出す前に他の生徒から引き離したらしい。おかげで、俺達は気のおけない面子で食事に舌鼓を打っていた。


「このローストビーフ……美味しい」


 クリスの驚きの声に、ウィスタ王子は目を輝かせる。ウィスタ王子は、クリスの皿からローストビーフを盗んだ。そのせいで、目が見えていないクリスのフォークが空振りしてしまった。


「王子のいやしんぼ……」


 クリスの小声が聞こえてきた。十五才にもなって、いやしんぼはないだろう。いや、十五才ならば言われてもおかしくないのだろうか。


 そんなことを考えていれば、イリナがこちらに近づいてきた。王子の前ということで、イリナは緊張しながらも優雅にお辞儀をしてみせる。


「グエン様、クリス様。そして、ウィスタ王子。私も、お喋りに混ぜていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 イリナには見えない位置で、ウィスタ王子は口いっぱいのローストビーフを飲み込もうとしている。けれども、喉に引っかかってしまった。


「……」


 この阿呆王子は何をやっているのだろうか


 王子の一大事に気がついた給仕が、飲み物を持ってきてくれている。目が見えていないはずなのに全てを察したクリスの笑顔に「これ以上の失態をイリナに見せるな」と記してあった。


 俺達は見慣れているが、王子の阿呆さ具合を他者に知らしめるわけにはいかない。王家の信用問題に関わる。


「あっちのスイーツを食べに行かないか?」


 イリナを誘って、俺はウィスタ王子から離れることにする。後は、優秀な給仕が何とかしてくれるだろう。


「王子様と仲が良いなんて、凄いですね。ウィスタ王子は、なかなか人を信用なさらないと聞いているのに」


 それは、いつも側にいるクリスがウィスタ王子に近づく人間を厳選しているからだ。人の嘘を見抜く神眼などなくとも、クリスは人の企みには敏感だ。目を封印したぶんだけ、余計に分かってしまうことも多いのだという。


 そんなわけもあって、クリスは王子を利用しようとしている人間をシャットアウトしている。過保護のように聞こえるが、阿呆王子は俺達が見ていないところで何をしでかすか分からない。


 俺の記憶によればゲーム終盤までは命を狙われたりはしないが、阿呆故に起こした奇跡で死なれたら臣民として困るのだ。


 ウィスタ王子が死んだ場合は、将来の王候補が二人いる。


 ウィスタ様の父方の家系の従兄弟であるシリナ様とユザ様だ。


 ウィスタ様が死ねば、この二人が王座を巡って争うのは目に見えている。


 ディアナの兄であるフィムズは、ユザ様派だ。だからこそ、妹のディアナにウィスタ王子を殺させようとしているのである。


 以上が、新たに調べたり記憶の断片を探ったりして掴んだ情報である。俺は前世の記憶を疑っていないが、ギャルゲーは政治面にはさらっとしか触れていなかった。


 おかげで、現状の力関係を探るのは手間だった。ウィスタ王子が生きている現状であっては、フィムズも大ぴらにユザ様派だとは言ってないし。


 イリナの家は、ウィスタ王子を指示しているはずだ。つまり、俺が仲良くしても問題のない相手だった。


「あー、なるほど……。正ヒロインだもんな」


 彼女と付き合うことに余計なハードルはない。少なくとも七面倒臭い政治の問題はなかった。一方で、ディアナの方は婚約者だが様々な弊害があった。


 俺と俺の父は、ウィスタ王子に王位を継いで欲しいと思っている。


 ウィスタ王子は、阿呆だ。だが、肝心なところは間違えないと人間だと思うのだ。人としての一線は、踏み越えない。


 俺の前世の記憶の中には、こことは違う世界の歴史を勉強した記憶がある。そして、俺自身が学んだ今の世界の歴史の記憶もあった。


 双方の歴史で言えることは、人としての一線を飛び越えた為政者たちは国民を不幸にするということだ。その一線は、もしかしたら後世になってからしか分からない複雑なものなのかもしれない。


 けれども、ウィスタ王子ならば間違わないと俺は思っているのである。


 そしてなにより、ウィスタ王子には権力ではない人を動かせる能力がある。クリスを誘拐されたときに、俺はウィスタ王子に動かされた。


 彼が王になることで、また周囲良い方向に動かして導くのではないか。俺は、そう願っている。


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