第16話ハズレヒロインの独白3
グエン様は、やはりお優しい。私のような嘘つきにも同情してくださる。
父を亡くして、寄るべを亡くした私に片方のカフスを与えてくれた。再開の証としてくれたのだ。
心臓の鼓動が早くなる。
今までに経験したことない感情に、私は覚えがあった。小説や戯曲の人々が素晴らしいものだと褒め讃える感情。
すなわち、恋。
私は、グエン様に恋していた。同時に、私はグエン様に相応しくないだのと落胆する。
私には、何の取り柄もないのだ
せめて、グエン様の御家が望んでいる女性であれば、後継ぎを産んで育てることで役に立つことが出来たであろう。しかし、私は男だ。後継ぎを産むことはできない。なにより、グエン様との婚約は王子暗殺のための手段。
グエン様は、私のことを愛してさえいないであろう
「このカフスが、永遠に一組になりませんように……」
私には、そんなことを祈ることしか出来ない。いや、祈る事が最大の武器になった。もっと正確に言うのならば、年月こそが私の味方になるのである。
「良かったな。グエン様は、お前に骨抜きじゃないか」
父の葬儀が終わった後に、義兄は私の頬をなでた。
義兄は、どうやら教会の外でグエン様が私を同情で抱きしめてくださった所を見ていたらしい。汚らわしい義兄に見られていたことで、グエン様との愛しい思い出が穢れるような気がした。
「完璧な少女に見えるからな。惚れてしまうのも仕方がないだろう」
私は、義兄の手を叩き落した。
子供のまろみを残す頬は、数年の内に消え去るだろう。身長だって伸びるはずだ。そうなれば、私は女だと偽ることは出来ないだろう。男として生きるしかなくなるはずだ。
それは、私の救いである。
グエン様の婚約者ではいられないだろうが、彼を私の運命に巻き込まないですむ。結婚前に、男だと分かれば婚約の話は御破算だ。
だが、兄は私の希望を壊す。
「お前の料飲み物には、とある薬を混ぜている。子供の成長を阻害する薬だ。依存性があるから麻薬として使われるが、お前にはちょうどいいだろう」
義兄は、ポケットに入れていた小瓶に入った薬を見せつける。
それは、私を絶望させる。
「さぁ、愛しい妹。俺が、完璧な淑女にしてやろうな」
義兄はわざとらしく優しく囁いて、別荘に行くための馬車に私をいざなった。
別荘で、私は淑女としての教育——ではなく暗殺者になるための教育を受けた。教育は厳しかったが、それ以上に私は自分が成長しないことが怖い。
異国から取り寄せられた薬は、私の成長を明らかに阻害した。手足は細いままに、身長も伸びず、声すらもさほど低くはならなかった。私の見た目は、未だに少女のような姿のままである。
なにより、私を苦しませたのは薬の依存性だった。一日一回も薬を飲まなければ、冷や汗が吹き出て酷く喉が乾く。そして、薬が欲しくてたまらなくなった。
「お兄様……お薬を……お薬をください」
私はみっともなく兄にすがりついて、薬を強請る。犬のようによだれを垂らして、薬のことしか考えられなくなった。
義兄は、そんな私を見て満足気に笑うのだ。
「薬をやろうな。ただし、俺の言う事を聞くんだ。お前は、王子を殺す。お前自身の意思でな」
たとえ失敗しても家名は出すな。
失敗したら、自害をしろ。
お前は、最初からいないはずの人間だ。
私はディアナ。けれども、本物のディアナは生まれてすぐに死んでしまった。ならば、私は誰なのだろうか。
「安心しろ。万が一のことがあっても俺だけは、庇って貰えるアテがある。あの王子様に死んで欲しい人間は山ほどいるんだ」
兄は、自分の身だけは安全なのだと笑う。
私はと言うと、こんな生き恥をさらしてまで自分は何をやっているのだと涙する。いっそのこと死んでしまえば、全てのことから解放されるというのに。
「だめ……。まだ、だめ」
グエン様に、もう一度だけでもいいから会わなければならない。あの方の再開を願ってくれた優しい心を無下にしてはいけない。
「グエン様……」
貴方を想うこと。
それだけが、私の生きる糧なのです。
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