第13話ハズレヒロインの独白2


 私の魔法の先生は、義兄であった。義兄は私と同じ水の魔法使いであり、水の量は少ないながらも自由に操ることができた。私は魔力が多いので、義兄よりも沢山の水を操れる。


「お前には、魔法の才能はあるようだ。だから、お前が乗り越えなければならないのは殺しへの忌避感だ」


 私の前に連れてこられたのは、子犬だった。


 愛くるしい目をした子犬に一瞬だけ笑顔になるが、義兄が言っていたことを思い出して絶望する。


「お兄様……そんな」


 私の戸惑いと恐れに対して、義兄は優しく笑っていた。


「いつかは王子を殺すんだ。だから、これはただの予行練習。つまずくのは許さないからな。殺せないようなら、酷い罰が必要だ。覚悟していた方が良い」


 酷い罰という言葉に私は怖気づき、子犬を殺す為に睨みつけた。けれども、愛くるしい子犬は何も分かっていなくて首を傾げるだけだ。それどころか、殺気を出しているはずの私に近寄ってこようとする。今の私には、それが恐怖だった。


「嫌だ。こっちに来ないで!!」


 私から逃げてと叫んでいるのに、子犬は近寄ってくる。


「こっちに来たら、こうしないといけないの!」


 部屋に置かれていたコップの水が、私の掌に集まる。そして、その水は骨の形になった。


「あっちに行って!」


 私は骨の形になった水を投げた。床に落ちる前に液体に戻った骨に対して、子犬は不思議そうな顔をする。


 一時でも骨の形に変化した水に子犬の意識が持っていかれて、私はほっとする。殺せと言われているのに懐かれてしまったら、もう何も出来なくなるからだ。


「所詮は、動物。所詮は……動物」


 そう呟いて、私は再び水を掌に集める。作ったのは、ナイフだった。これさえあれば、小さな生物は殺せるだろう。だが、子犬と目が合ってしまう。


「ダメ……。駄目だよぉ」


 私の水のナイフが消えた。


 もっと遊んで欲しいとばかりに、子犬は私の足にじゃれつく。私の身体から力が抜けて、その場で座り込んでしまった。


「これぐらいは出来るようにならないとダメだ」


 義兄は、子犬をひょいと掴む。そして、私と同じ水の魔法を使って、子犬の首をかき切った。


 義兄は、子犬が苦しむようにわざと首を浅く切っていた。「きゃん、きゃん」と犬は悲鳴を上げて、血をまき散らして義兄の元から逃げ出す。


 だが、だらだらと流れる血のせいで子犬は倒れてしまった。私は子犬に駆け寄ったが、最後の最後に犬は私に噛み付いて死んだ。


「お前がやっていたら、もっと楽に死ねたのにな」


 この言葉が、私にとっての最大の罰だった。




 私のために苦しむ動物を見たくなくて、出来るだけ苦しまないように絶命させる術を私は身に着けた。生物の弱点の首や心臓を狙って、水で出来たナイフで刺せるようになっていた。動物を殺した後はすぐに湯あみをしたけれど、染みついた血の匂いは取れない。


 使用人たちは私を不気味がるようになって、私の世話は段々とおざなりにされるようになった。他人に世話をされて労働をしないのが貴族であったが、今や私は着替え何もかもを一人でしなければならない。


 それに対しては、父は何も言わなかった。


 義兄がすでに手を回しているためだろう。すでに屋敷は義兄のものであり、彼を中心にして屋敷は回っていた。


 私の世話を使用人が完全に放棄すれば、いよいよ私は全てのことを一人でやらなければならなくなった。血がついた体を拭うために湯を運び、髪や体を拭う。


 血で駄目になった服を処分し、相応しい服を選んで身に着けた。もっとも、他人の手は借りられないので着るのが簡単なワンピースのような服ばかりを着ることになったが。


 身支度を整えるために鏡の前に立つたびに、私は思うのだ。


 こんなにもみっともない令嬢のなりそこないは、グエン様に相応しくはない。彼にはもっと相応しい運命の人がいるに違いない、と。


「そもそも義兄は、王子に私を近づけたいだけ……。グエン様の婚約者でいる必要はない」


 私は、グエン様にいただいた髪飾りを握った。一人では髪を複雑な形に髪を結う事もおぼつかない私には、ジェットの髪飾りは似合わない。


 けれども、グエン様が選んでくれたのだと思うと愛おしくてたまらなくなる。そして、この髪飾りからは今日も勇気をもらった。


 私は、義兄の元に向かって「グエン様との婚約を破棄してください」と進言した。


「グエン様は、伯爵家の方です。男と婚約していたと知れば、私の家に大きな罰を与えるにちがいありません。王子を暗殺する前に、我が家は没落します」


 私は、自分から真実をグエン様に話すと暗に義兄を脅した。


 だが、兄は私の言葉を恐れもしなかった。


「そのことなら、もう手を打っている。我が妹は、父の突然死ともに病んでしまったようだからな。療養と淑女になるためのさらなる教育のために、別荘に引きこもる予定だ」


 父の突然死という言葉に、私は動揺してしまった。


「どういうことですか……?まるで、決定事項のような……」


 義兄は、にやりと笑った。


「一族の会議で、お前の父親は当主としては不要と判断された。だからといって、生かしておくには知られ過ぎた。だから、始末が決定したんだ。ああ、安心しろ。医者は買収済みだし、使う毒物は異国から輸入されたもの。足はつかないさ」


 私は、その場に崩れ落ちた。


「お父様が……。そんなお父様が……」


 親族たちが決めたと言うならば、我が家には撤回する力はない。


「安心しなさい。お父様が死んでも、私が速やかに当主を継いであげるから」


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