第12話王子の決意



 小屋の中にから、ウィスタ王子の声が聞こえた。穴の中の男たちは、ひとまず置いておくことにする。穴の中はせまいだろうが、彼らは怪我をしている様子もない。そもそも大人が来るまで、男たちは放っておくつもりだったのだ。


 小屋に戻れば、いつもの目隠しに猿ぐつわまでされたクリスがいた。きつく縛られた縄が痛々しく、それにウィスタ王子は激怒している。


「クリスにこんな事をして……。あいつらはじわじわ苦しめてから処刑をしてやる。今決めた!」


 興奮するウィスタ王子を抑えつつ、俺はクリスの拘束を解いてやる。きつく縛られた跡以外には怪我はない。


 それどころかクリスが寒くないように上着をかけられ、床には布が敷かれていた。なかなかに紳士的な誘拐犯であったといえるだろう。


 俺達に関しても尻を叩く程度で逃がすような口ぶりだったし、男たちは子供好きだったのかもしれない。本来ならば、クリスを巻き込みたくなかっただろう。それだけ、追い詰められていたのだ。


 男たちは、それなりにクリスを丁寧に扱ってくれた。クリスのことだから生意気なことを言って二発ぐらいなら殴られていてもおかしくはないと思っていたが、それすらもなかった。


「グエン、阿呆王子を止めてくれ。あの人たちにも理由があるみたいなんだ」


 人質にされてなお、相手のことを思いやるクリスに俺は尊敬の念を覚える。こんな事は大人でも出来ないことだ。心眼を持つ者として、王子の側にいる者として、クリスはウィスタ王子よりも厳しく教育されているだけはある。


「いいのか……あいつらは」


 俺は、思わず確認してしまった。


 クリスは、怖い目にあったのだ。俺たちの前まで、無理に相手を許したりはして欲しくはなかった。強がるのは、大人の前だけでいい。俺たちの前では、年相応の子供でいて欲しかった。


「言うほど酷い事はされなかった。それより、十人も亡くなっている方が気になる。ポッテンは、きっと何かしらの人体実験をしているかもしれない」


 クリスの言葉は、俺には予想外のものだった。


 ゲームでは架空の毒が登場しており、それによってウィスタ王子の命が狙われるルートがある。その毒を作っていたのが、ポッテンだったらと考えられなくもない。


「……でも、こんな事件があったら解毒剤とかも作られるよな」


 ゲームでの架空の毒は、未発見の毒だからこそ解毒剤もないという設定だった。しかし、ここで毒が発見されてしまえば、時間も十分にあるので解毒剤は作られるだろう。ウィスタ王子が毒殺される可能性は消えたのかもしれない。


 俺が内心で喜んでいれば、件のウィスタ王子が鼻をすすっていることに気がついた。ウィスタ王子は、情けないほどにわんわんと泣いていた。


「俺は、認めないぞ。あいつらは極悪人だ!私から、クリスを奪おうとしたのだ」


 泣きわめくウィスタ王子は、一国の王子だとは思えない。それぐらいに情けない姿だった。


 しかし、彼は子供だ。誘拐されても落ち着いているクリスや俺の方が異質なのだ。子供らしく泣きわめくウィスタ王子の方が、年相応に子供っぽいのである。


「クリスは、私に対して自然体でいてくれる唯一の人間だ。クリスをなくしたら、私の世界は暗闇に閉ざされてしまう」


 クリスには、ウィスタ王子が泣いていることが声で分かったであろう。クリスは、両手を広げる。ウィスタ王子は、そこに躊躇なく収まった。


 まるで、クリスがウィスタ王子の母親になったかのような光景だった。それぐらいに、今のクリスは慈愛に溢れている。


 いつもは不敬の限りを尽くすクリスであったが、誰よりもウィスタ王子のことを想っていた。ウィスタ王子のためならば、クリスは簡単に人生を捧げるだろう。


 いいや、もうすでに人生を捧げているようなものか。いつも目に包帯を巻いているのは、ウィスタ王子が王位についた時に切り札になるためだ。


 人の嘘を見抜く目はウィスタ王子の政敵を見分けて、彼を害そうとするものを的確に排除するであろう。


「……あなたは、王になる人です。僕だけではなく、僕を含めた人民を愛してください」


 クリスは、ウィスタ王子の額に自分のものを寄せる。その言葉は、臣下のものであった。クリスは、誰よりもウィスタ王子が王位につくことを願っていた。民に慕われるような王になって欲しいと願っているのである。


 いつも厳しい態度を取るのは、ウィスタ王子が甘ったれだからだろう。ウィスタ王子がしっかりすれば、クリスだって肩の力を抜く頃が出来ると言うのに。


「人民を愛せば、クリスを愛したことになるのか?ならば、私はクリスを愛するために人民を愛そう。だから、側にいてくれ。お前がいない日常など考えられない」


 ウィスタ王子にとって、クリスは特別だった。物心ついた頃から側にいてくれた友人であり、同世代でのなかでは気負うことなく自分に接してくれている唯一の人間だ。


 俺や別人では、成り代わることが出来ない。


 クリスがウィスタ王子の唯一であるように、ウィスタ王子はクリスの唯一なのだ。


「いいな……」


 俺は、そんなことを思わず呟いていた。


 これから出会う正ヒロインのイリナとは、そんな関係になれるのだろうか。


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