第10話クリス奪還大作戦
ゲーム本編のイベントに、クリスの誘拐というものがある。ヒロインと共にクリスを救出し、成功すればウィスタ王子からの信頼が厚くなるのだ。
俺とヒロインはウィスタ王子に信頼され、ディアナが物語から排斥された後には王族の庇護のもとスムーズに婚約あるいは結婚できるようになる。
このイベントは、クリアに絶対必要というわけではない。だが、クリアをすると以後発生する隠しエンディングにたどり着けるのだ。
それは内容のほぼないヒロインとイチャイチャするだけの話だが、前世の俺は十二分に悶絶していた。
このときにクリスが囚われた場所が、とある商会の倉庫である。隣国のスパイがクリスを誘拐し、自分たちの国に連れ帰ろうとする話なのだ。このイベントは放っておいても解決しているので、プレイヤーの任意で参加するか否かが決まる。
正直な話、このストーリーに出てくる倉庫にクリスがいなければ俺に心当たりはない。ゲームのストーリーでも倉庫を探し当てたのはヒロインとの地道な聞き込みの結果であり、特別なヒントはなかった。
「なぜ、クリスがここにいると思ったのだ?」
だから、そのようにウィスタ王子に尋ねられると非常に困る。前世の記憶ですとは、とても言えないからだ。
「ち……父上が、ここら辺に怪しいスパイがいるから気をつけろと言っていたような言っていなかったような」
答えのない答えに、何故かウィスタ王子は深く頷いた。
「なるほど、言えない筋からの情報か」
勝手に納得してくれた。
王子相手には言いたくないが、阿呆は便利だ。
海向こうの国との貿易が盛んなため、我が国の港は大抵の場合が栄えている。魚料理も豊富で、そこにはディアナが魚を好きと言った理由もある。
この地域は、肉より魚が安くて新鮮なのだ。故に、身分は関係なく食べ慣れた食品であると言える。
逆に、肉は保存食としての干し肉や塩漬けが多いから「肉が好き」という人間はちょっと珍しいかもしれない。肉も食べることには食べるが、スープなどの出汁に使われることが多いのである。
そんな魚を加工して、山間部に卸す商人がいる。山の方の地域では肉と魚の立場が逆転しているために、丁寧に加工された魚は高級品となるのだ。
クリスは、そのような商品を保管する倉庫に囚われている。本来ならば、俺とヒロインが力を合わせるイベントなのに……隣りにいるのは阿呆王子だ。
「しかし、倉庫とは。こんな生臭いところに、閉じ込められているだなんて……。かわいそうに」
阿呆のウィスタ王子の言葉は、妙にズレている。
クリスは、加工された魚の保管庫にいるはずだ。保管庫といって、見た目は窓が極端に小さな小屋だ。ネズミよけに入口が高く作られているが、それ以外は大きすぎる平屋といった風貌である。
「リアルで見ると圧巻だな……」
倉庫のなかには干物や塩漬けにされた魚が詰められた樽が、壁のように積み上がっている。それらが不規則に並んで、小屋の中に迷路を作っていた。
これは、小さな窓から入る風を効率的に通すための工夫だ。これならば、盗難防止のために窓を小さくしても換気が十分に出来る。
「光よ!」
薄暗い倉庫の中で、ウィスタ王子の声が響く。彼は、王族が得意とする光魔法を躊躇なく発動させた。そして、ウィスタ王子の頭を俺は殴っていた。
「何をする!」
ものすごい不敬であったが、それでも殴らずにはいられなかった。これで不敬罪に問われたとしても、俺は後悔などしない。
「こっそり侵入しているのに、光魔法なんて阿呆ですか!阿呆なんですよね!!前世から知っていましたよ!!」
倉庫の中は、目が見えないほどの暗さではないのだ。光魔法なんて使ったら、誰か侵入していますと言うようなものである。
案の定、小屋の奥から男たちの声が聞こえてきた。
「なんだ、さっきの光は!」
「こっちだ、こっち!」と別の男の声が聞こえた。声の数から、小屋にいるのは三人というところだろうか。
思ったよりも少ない数に、俺は安堵する。大人数だったらどうしようかとも思ったが、これなら俺達でも何とかなりそうである。
「王子、作戦通りに行きますからね」
この小屋まで、無策で来たわけではない。
俺達には、ちゃんと作戦を立ててきたのだ。
「任せろ!おい、盗人たち。今すぐに逃げたほうが身のためだぞ。もうすぐ王直属の精鋭部隊がやってくるからな!お前たちなどぎったんぎった……」
俺達の眼の前に、巨大な男が現れた。
山のように盛り上がった筋肉が、子供の一人二人ぐらいならば簡単にくびり殺せそうで素晴らしい。俺は恐怖を感じたし、ウィスタ王子も分かりやすく震えだした。
作戦では迷路のような場所を逆手に取って、隠れながらもウィスタ王子が脅しをかけるというものだった。クリスのことを調べているならば、彼が王族と強い繋がりがあることも知っているだろう。だから、ウィスタ王子の脅しも効力があると思ったのだ。
「いっ、今すぐに降伏し……」
だが、男たちは降伏する様子を見せない。というかウィスタ王子が王子であることに気がついてないようだった。男はウィスタ王子を見ても何の反応も示さないし、それどころか首を傾げている。
というか、王子の顔を知っているような教養があるかどうかも怪しい。大柄の男たちは労働者が好む袖なしの服を着ていて、腕にはそれぞれ入れ墨を入れていた。
他国のスパイや王族と敵対している派閥に雇われた下っ端だとしても素行が悪すぎるし、最低限の教養もないように思われた。
王族の覚えが目出度いクリスを誘拐しているというのに、ウィスタ王子の顔を知らないと言うのも少しおかしいように感じられる。
もしかしたら、クリスはただの金持ちだと思われて誘拐されたのだろうか。そう考えると目の前にいる男たちの風貌には納得いく。
クリスは、ユーヤ姉さんと共に買い物に出ている最中に誘拐されたらしい。彼らにも護衛はいたが、普通の人間よりはクリスは誘拐しやすかったはずだ。なにせ、目が見えないのだから。
「ウィスタ王子、逃げますよ……」
俺とウィスタ王子は、いっせいに外に逃げた。
「くそガキ!どうして、この場所が分かった!!おい、こっち来い!」
男は、小屋の奥から仲間を呼んだ。合計三人になった男たちに「分身した!」とウィスタ王子こと阿呆が叫ぶ。男たちの背格好が似ているだけで、分身したと思わないで欲しい。
叫ぶ男たちと俺達は、迷路のようになっている小屋で俺たちと鬼ごっこする羽目になった。男たちは、俺達のことを金持ちの子供だとしか思っていないらしい。まさか一人が王子だとは思ってもいないようだ。
誘拐された友人を取り戻すにために、直接やってくる王子なんて考えられないからだろう。しかし、現実には阿呆王子というものが存在するのである。我が国の王子だという事実が、とても哀しいが。
「相手は子供だ。ケツ叩いて痛い目にあわせれば、俺達のことは言わないはずだ!!」
男たちは単純なことしか考えてない。
ただの金持ちの子供だとクリスは思われているようだが、裕福な家の子を誘拐したら縛り首はまぬがれないだろう。しかし、男たちはそこまで考えていないようだ。つまりは、バカである。
そういえば、どこかの誰かが言っていた。
何をするのか分からないからこそ、バカは恐ろしいのだと。
「バカとバカを戦わせても、残るのはバカだけじゃないか!」
俺は命の危機を感じたせいもあって、おかしなことを口走っていた。そんな俺の服を掴んで、ウィスタ王子は小屋の外へと飛び出す。
「このガキど……。ぎゃー!!」
俺たちを追っていたはずの男たちは、悲鳴を上げて姿を消した。
「俺は、土の魔法使いなんだよ!」
得意技は、落とし穴の製作だ。
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