第8話ハズレヒロインの独白1



 ごめん、とあの人は言ってくれた。


 私には、生まれてすぐ死んでしまった双子の妹がいる。彼女の名は、ディアナ。


 親戚たちは彼女が生きていることにして、男児だった私を女として育てることを提案した。


 私は優秀な魔法使いだが、嫡男でもある。うだつの上がらない男爵家の嫡男では、何も生み出せない。ならば秘密を守ってもらえるような家に嫁がせて、縁を作った方が良いとしたのだ。


 つまり、私を女として売るつもりだったのである。いや、もしかしたら最初は小さな男子を愛好する変態にでも嫁がせる気だったのかもしれない。親子ほどに歳の離れた結婚はよくあることで、婚約さえ成せば何をするのも相手の自由だ。


 私はディアナになって、産まれて数日で男という性別を捨てた。


 女になったのだ。


 表向きの嫡男はいなくなったので、家には義兄がやってきた。義兄は、私の淑女として鍛える役割も担っていた。


 義兄は、淑女として私を鍛えた。義兄にとっての淑女とは、男の命令を聞くだけの人形である。


 女が、自分の意見を言うことも持つことすら嫌がるタイプの人間であった。少しでも義兄の思惑から外れたら、私は鞭で打たれる。時には、意味もなく打たれることもあった。


 義兄にとっては、それすらも私の躾なのだ。私の将来の結婚相手は、気まぐれに私を痛めつけるような人間かもしれない。その痛みに耐えるための躾なのだと義兄は語る。


 痛いのは嫌だ。


 けれども、いつからか最初よりも痛くはなくなっているような気がする。人間は痛みにだって慣れるものらしい。それはすごく虚しくて、悲しいことで、自分自身の人間性というものが段々と失われていくように感じてしまった。


 でも、こんな私にもグエン様は優しく声をかけてくれた。唯一の心の支えである庭や館の内装を「すごい」と言ってくれた。


 母の調子が悪くなってから、家の雰囲気がすさんで行った。だから、すこしでも居心地が良い空間を作りたくて庭師や使用人に手伝ってもらって、家族の誰もがほっとできるような家づくりをしたのだ。義兄は「それしかできないのか」と私を蔑んでいたけれども、グエン様は認めてくれた。


 これが、どれほどの喜びか。


 グエン様との縁談を持ってきたのは、義兄である。


 正確には、親戚の誰かが持ってきた縁談だ。グエン様は素晴らしい家柄だったが、本人の魔法が地味だということで家族を悩ませていたらしい。そこで、私と結婚させて次世代に期待をしたいという話だった。


 同い年のグエン様が婚約者になったことに、私はほっとした。狒々爺に嫁がされていい様にされる未来はこなかったのだ。それと同時に子供の産めない男の私が、次世代を望む伯爵家に求められる理由が分からなかった。


 その理由は、義兄の言葉で理解した。


「あっちの家には、お前が男だという事は話していない」


 グエン様の御家は、私の真実を知らない。本物のディアナだと思って、本物の女だと思って、婚約を受け入れたのである。はるかに格上の人々を騙したという恐怖に私は震えたが、義兄には考えがあるようだった。


「グエン様は王子と仲が良いらしい。お前も王子と懇意になって、暗殺を成功させるんだ」


 義兄は、恐ろしいことを考えていた。


 王子の暗殺。


 この婚約は、その目的を果たすためのものだった。


 婚約者としてグエン様に近付く、その友人である王子を暗殺する。兄と親戚は、私が男だとバレなければいいと思っているのだ。結婚は御破談になると決まり切っているから、暗殺までに騙せれば良いと思っているのである。


「いいか。お前の魔法は、暗殺に向いている。それを生かすんだ」


 義兄は、鞭を私に見せつける。


 それだけで、私の全てが痛みへの恐怖に包まれる。王子を殺して政治に混乱をもたらす恐れも、目の前の痛みに塗り替えられる。でも、グエン様という優しい婚約者を騙す罪悪感だけはなくなることはなかった。


「……ごめんなさい」


 義兄は、私の小さな呟きも見逃さなかった。


「お前は、美しい顔をだけを生かして一族繁栄の礎になればいいんだ。謝る必要はない——手を出しなさい」


 私は、言葉通りに義兄に向って両手を差し出す。


 バチン、と鞭が両手を打った。



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