第6話ハズレヒロインの好感度


「ようこそ。我が家にいらしていただき、感激の極みです!」


 ディアナに婚約を申し込む日は、あっという間に訪れた。馬車を降りた俺と父親を出迎えたのは、太った中年男性だ。彼がディアナの父親らしい。ゲームには出てこない人物だったので、一瞬だが「誰だろう」と思ってしまった。


「娘は、まだ準備をしているところでして。どうぞ、こちらへ。お茶をごちそうしましょう」


 男爵家の屋敷は、俺の住む屋敷よりもずっと質素である。だが、温かみのある雰囲気があった。


 前世の記憶がある俺にとっては、自分の屋敷よりも慣れ親しんだ雰囲気だ。とても居心地が良く、この屋敷の女主人の趣味の良さが感じられた。


「お洒落な一軒家って感じだ」


 誰にも聞こえないように、俺は呟いた。


 貴族の屋敷なのだから、前世の民家よりも立派だ。しかし、内装にはカントリー系のインテリアの匂いがする。お洒落な一軒家という雰囲気を感じたのは、そのためである。


「こちらの部屋でお待ち下さい」


 通された部屋には紅茶と上等な菓子。そして、山のような花があった。これには、さすがの俺と父も部屋に入ることを躊躇する。


「求婚は、一生の一度ですからね。できる限りロマンチックな雰囲気をと思いまして、つい力を入れてしまいました」


 ディアナの父親は恥ずかしそうだが、同時に満足そうだ。理由は分かるのだが、花を置きすぎである。室内なのに屋外に感じるほど花が置かれていた。


「……まぁ、私も娘がいるから気持ちはわかります」


 俺の父親は苦笑いをしながら、部屋の内装を受け入れた。こうなれば、俺も受けいれるしかない。求婚しに来た方が、花を減らしてくれとも言えない。これも父親が娘を思ってのことなのである。


「お待たせしました」


 落ち着いた声が響く。開かれたドアから現れたのは、水色のドレスを身にまとった少女だ。


 ラピスラズリのような深みのある青の瞳を伏せて、手は緊張のあまり少し震わせている。本来ならば白いはずの頬は、薄っすらと紅潮していた。


 真っ直ぐの漆黒の髪は長く伸ばされているが、傷みなどは全く見当たらない。頭の上から爪の先まで磨かれた令嬢然とした令嬢であった。


 彼女こそが、ハズレヒロインのディアナ。


 苦難の運命が待ち受けるはずのディアナだが、今は何も知らず身分差がありすぎる婚約者を前にして萎縮していた。


 日記に記録されていたディアナは何事にも動じず、冷たい物言いをする少女だったらしい。しかし、今のディアナは普通の令嬢に思えた。


「グエン、挨拶をしなさい」


 父の言葉に、俺は我に返る。


 日記に記録したゲームのディアナと今の彼女の印象が違いすぎて、驚いてしまったのだ。


「はじめまして、グエンです」


 俺が挨拶をすれば、少女の肩が跳ねる。


 そして、ようやくディアナの瞳が俺を見た。俺を破滅させる予定の瞳は、ごく普通の気弱な少女のものだ。とてもではないが、王家に歯向かう人間には見えない。


「はじめまして……。グ、グエン様。私は、ディアナと申します。趣味は乗馬で、魚が好きです。いいえ、好き嫌いはありません。体はすごく丈夫なので、伯爵の領地に嫁いでも病気になったりしないと思います!」


 ディアナは、令嬢あるまじき早口で自己紹介を終えた。周囲が静まり帰って、ディアナは自分がやらかしてしまったのだと気がつく。泣いてしまいそうになっていた。


 気まずい雰囲気を破ったのは、意外なことに俺の父親だった。彼は、久々に声を上げて笑っていたのだ。


「面白いお嬢さんだ。グエン、プレゼントを選んできたのだろう。渡してあげなさい」


 俺の父親は、ディアナを気に入ったらしい。


 たしかに、さっきのディアナの緊張による失敗は子供らしくて微笑ましいものだ。大人には可愛く見えてもおかしくない。


 そこまで考えて、俺はディアナの将来を思いだす。ディアナは、俺を破滅させる女性なのである。絶対に絆されたりしてはいけないのだ。


「ディアナ嬢。俺なりに一生懸命に(嫌われるために)選んだ求婚の贈り物です。受け取って下さい」


 俺は、小さな包をディアナに手渡した。なんの反応もないのでおかしいなと思っていれば、ディアナは固まってしまっていた。


「わ……私ごときに伯爵からプレゼントを……。ありがとうございます。か、家宝にさせてもらいます」


 風習ゆえに贈るプレゼント程度で、そんなに萎縮しないで欲しい。一方で、ディアナの父親は余裕綽々だ。普通ならば萎縮するのは大人の父の方ではないだろうか。


「すみません。うちの娘は気が弱くて。腹さえ決まれば、潔くよいのですが」


 ゲーム本編のディアナは、王子を殺すと腹を決めていたらしい。だからこそ、酷薄さが揺らぐことがなかったのだろうか。


「あの開けてもよろしいでしょうか?」


 俺が了承すれば、ディアナは緊張しながら包を開けた。俺が選んだのは、ジェットで出来た黒い髪飾りだ。ジェットは黒い宝石で、冠婚葬祭の葬祭使われることが多い。


 つまり、めでたい席には相応しくはない。そして、ユーヤ姉さんとクリスのアドバイス通りにディアナの髪と同色だった。女の子がもらって嬉しいプレゼントではないはずだ。


 ところが、ディアナはプレゼントを見て目を輝かせていた。予想外の反応に、俺は戸惑ってしまう。


「殿方から、プレゼントをもらうのは初めてで……。絶対に家宝にします!」


 ディアナは力強く宣言した。


 これは……なにをプレゼントしても高感度が上がったのではないだろうか。


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