第5話ハトコの元婚約者



「久しぶりね、グエン。婚約者が早く決まってよかったわ。元婚約者としてもハトコとしても、心配していたの」


 波打つ豊かな金髪に、エメラルドの瞳。どことなく大人びた笑顔を浮かべるのが、ユーヤ・ファムだ。彼女は、俺を紅茶とクッキーでもてなしてくれた。


 一口食べてみれば、とても美味しい。ユーヤ姉さんは、お菓子選びの天才だ。


 普通ならば親同士が決めた事とはいえ、婚約を破棄した相手とは顔を合わせづらい。けれども、俺とユーヤ姉さんは互いを婚約者というよりは親族と見ていた。故に、気まずさはまったくない。


「婚約者の話については、今日になって父上に聞かされたばかりなんだ。プレゼントを持って相手のところの行くことになるんだけど、ユーヤ姉さんはもらったら嫌なプレゼントとかある。ほら、女の子が嫌いそうなデザインとか」


 俺の質問に、ユーヤ姉さんは真剣に悩み始めた。俺が婚約者におかしな物を送らないように必死に考えてくれているのだろうが、実際は逆である。


 変なものを贈るために、ユーヤ姉さんの意見を聞いているのだ。真剣に悩んでいるユーヤ姉さんに、俺は段々と申し訳なくなってきた。


「姉さん、グエンが遊びに来たの?」


 杖をつきながら俺とユーヤ姉さんの元にやってきたのは、包帯で目隠しをした少年である。杖というのは紳士と呼ばれる成人男性が持つものだが、少年の場合は事情が違う。俺の前世いうところの白杖の代わりに杖を使っていたのだ。


「クリス。たしか来客があったはずじゃないの?」


 ユーヤ姉さんは心配そうにクリスと呼んだ少年に近づき「手を握るわ」と断ってから、テーブルに彼を誘導した。


 クリスはユーヤ姉さんの弟で、俺と同い年である。ユーヤ姉さんよりくすんだ金髪の持ち主で、いつも包帯を目に巻いている。しかし、クリスは目が悪いわけではない。


 彼は、神眼と命名された魔法の使い手だ。


 神眼というのは人間のオーラが見えるというもので、相手が嘘をついているのかどうかを分かるらしい。便利で危険な魔法であるため、対外的にはクリスは目をえぐられたことになっている。


 実際には、彼の目は健在だ。


 王家の憂いを取り除くために、彼の目は魔法封じの特殊な布で封印されているのである。


 クリスは九歳にして、王家に忠義を使っていた。自分の目を布で封じて、生涯を盲目のフリをすることを受け入れるために。


「姉さん、心配しないで。王子が遊びにきただけだから」


 クリスは、にこりと笑った。


 王子というのは、将来というかゲーム内では殺されたり殺されかけたりする人物である。普通ならば王子が来るなど一大事なのだが、クリスとユーヤ姉さんは慣れきっている。


 というのも、クリスの将来は王家のための尽力することが決まっている。そのため、幼少期から王子と信頼関係を築くための遊び相手をしているのだ。今のところ、クリスは王子の一番の遊び相手だ。


「クリス!勝ち逃げは許さないからな!!というか、どうして見えなくてチェスで圧倒するんだぁ!!」


 屋敷中に響き渡りそうな怒声が響いた。


 そして、一人の少年が異常なほどの脚力でこちらに走ってくる。


 彼こそが王位継承権第一位の王子ウィスタ・アーゼリアである。茶色の髪に同色の切れ上がった目は、地味だが実直な印象を受ける。


 実際のウィスタ王子は、やんちゃな小僧と言うところだ。今だってクリスがチェスで勝ったことに文句を言い続けている。これで癇癪でも起こせば我儘王子だが、さすがにウィスタ王子はそこまで子供ではなかった。


「王子とは年季が違うんです。一昨日いらしゃってください」


 王族相手とは思えないほどのクリスの失礼な物言いに、ウィスタ王子は頭をかきむしって「ムキーッ!」と叫んだ。王族の気品など感じない王子である。そこら辺の子供とすり替えても、どっちが王子か分からないかもしれない。


「お前なんて不敬罪で断罪してやるからな!」


 王子の負け惜しみに対して、クリスは姉譲りの優雅な笑顔で返答した。正直な話、クリスの方が優雅で王族のようだ。


 これは、王子の友達として相応しい教育をクリスが受けているからだろう。さらに、彼には神眼を持つものとしての自制心と道徳心を持つようにと教会からの教えを受けていた。


 そこに王族のために相手の嘘を見抜く力を使うこともあるので、王子よりクリスは多忙だ。そんな理由があるのもだから、クリスは歳不相応な落ち着きをもっている。


「今のところ、王子よりも私の方が国に貢献していますよ。先日だって裏切り者を見つけましたからね」


 ウィスタ王子は、クリスを指さした。その顔には、僅かな怒りが浮かんでいる。


「私のことは、王子ではなくウィスタと呼べと言っただろうが!」


 今問題になったのは、そこではないだろうに。


 俺は、思わずため息をついた。


 クリスを経由してウィスタ王子とも親しくしている俺であるが、この王子は阿呆である。将来の姿を知っていても心配になるレベル阿呆なのだ。


 彼がいずれは王になると思うと今から頭痛がした。ぜひとも、しっかり者の王妃と副官を据えて欲しいものである。


「はいはい、王子様。ボードゲームで僕に勝てたら、いくらでも高貴な名前を呼びますよ」


 クリスは目を封印されているが、それでもボードゲームが強い。クリスいわく、盤上を頭に思い浮かべて勝負をしているらしい。


 目に頼らずに生活している彼ならではの勝負方法である。そして、すごい記憶力だ。勉強も基本的に耳で聞くだけで覚えているようだし、クリスは秀才というものなのかもしれない。


「くそっ。この強情野郎め。次に来る時は、ウィスタ王子様と呼ばせて見せるからな!!」


 騒がしい王子は、俺にもユーヤ姉さんにも気が付かずに去っていった。御付きと護衛の人々が小さなウィスタ王子を追いかけていく。相変わらず騒がしい人だ。


「おまたせしました、グエン。僕もお話に参加させてください」


 王子を追い払って、ハトコとの交流を優先させるのは世界中を探してもクリスぐらいだろう。前世の記憶で王子との気安い関係は知っているが、貴族の価値観のなかで生きていれば肝が冷える光景である。


 普通にならば、王族と話すなんて恐れ多いはずなのに。やはり、そこに関してだけはクリスはズレている。


「あっ……えっと。女の子が嫌がるようなプレゼントを聞きに来たんだ」


 俺のおかしな言葉にクリスは首を傾げたが、そこは姉のユーヤ姉さんが説明をしてくれた。クリスは、ふむふむと頷く。


「僕だったら、姉さんに髪と同色の髪飾りなんかは贈らないかな。だって、目立たないし」


 クリスの言葉に、ユーヤ姉さんは目を見開く。気が付かなかったという顔である。


「言われてみれば、髪と同色の髪飾りはちょっと使いにくいかもしれないわね」


 つまり、俺は黒色の髪飾りをプレゼントとして用意すればいいのである。


「ありがとう。すごく参考になった」


 俺が用意するものは決まったようなものだった。



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