第3話可愛い妹=今の最推し
貴族の親子関係は、前世のものと比べると淡白だ。幼い頃から親と子の寝室は分けられ、子供の面倒は使用人と教育係に任される。社交シーズンともなれば、親と子供が共に食事をすることも稀だ。
これは、俺の親が特別に冷たいわけではない。貴族としては当たり前のことだ。そんな希薄な親子関係だが、親子や家族という意識が生まれるから不思議だ。
もっとも、この疑問は前世の記憶がある俺特有のものだった。前世の家族の気安さと今の親子とをついつい比べてしまうのである。この世界の常識しか知らなかったら、貴族の親子の関係性に疑問も持たず、俺は受け入れていただろう
「御当主様。グエン様をお連れしました」
家庭教師と共に、俺は父の執務室に入った。
父は灰色の髪をした厳しい顔の人で、俺は彼から同色の髪を受け継いでいる。他人にも自分にも厳しい人だが、誰に対しても平等でもあった。そのため、領地では尊敬されている人物だ。
しかし、いかにせよ顔が怖い。
俺に前世の記憶がなければ、顔が怖すぎて苦手意識をもっていただろうなと常々考えている。それぐらいに、顔が怖いのだ。前世の記憶があるからこそ、領主や当主には威厳と厳しさが必要であると俺と思えるのである。
なお 俺とリシャの顔立ちは父親と比べたら柔和だ。そこは、亡くなった母に感謝である。彼女の遺伝子がなかったら、俺とリシャは父ゆずりの厳しい顔になっていたことだろう。
「突然だが、お前の婚約者が決まった。一ヶ月後には、あちらに赴いて正式な挨拶をする。相手は、ディアナ・ユーゼス男爵令嬢だ」
ディアナという名に、俺の背が伸びた。
俺は産まれたときからのハトコの許嫁がいたが、彼女も土属性の魔法しか使えないということで婚約は親族会議にて破棄されている。地味な土魔法の血統が固定化されるより、新しい血を外から取り入れることを選んだのだ。
ディアナは水魔法を使う。しかも、水を固定化し、形を変化させることが出来た。これはかなり優秀な魔法使いである証だ。
男爵と伯爵では身分の差がかなり大きい。ディアナの優秀さ認められての婚約となったのは明らかである。
「分かりました。えっと……そのプレゼントを用意しておきます」
俺の言葉に、父は頷いた。
「それがいいな。婚約者は、友よりも長い時間を過ごす相手だ。できる限り、優しくしろ。相手がレディであることを忘れないように」
釘を刺された俺は、顔が引きつらないようにするのに必死だった。
ディアナこそ、俺を破滅に導く女神であったからである。
ゲームでは、攻略対象が四人いる。
一人は正ヒロインのイリナ。
親族会議で婚約破棄となったハトコのユーヤ・ファム。
新人メイドのアナ。
そして、婚約者のディアナである。
しかし、ディアナはハズレのヒロインである。彼女との未来を選べば、何をやってもバットエンドにいきつくのだ。
というのもゲームは『ヒロインと共に王子の暗殺を止める』という物語が主軸になっている。その暗殺者がディアナなのである。
ディアナの兄は国家転覆を狙っており、王子を殺すために妹のディアナを暗殺者として教育していたのだ。洗脳状態にあるディアナは、兄の命令には逆らえずに王子を狙う。
ディアナを阻止するのが、他のヒロインのルート。いわゆる、ハッピーエンド。一方で、ディアナが暗殺を成功させるのがバットエンドだ。
バットエンドでは婚約者であるディアナを止められなかったという理由で、俺は処刑されてしまう。バットエンドを防ごうとしても兄の命令に従ったディアナに殺されるルートさえもあるのだ。なにをやっても、バットエンドに行きつくヒロインなのである。
俺が生き延びるには、ディアナを避けるしかない。なにより、自分が処刑されたら家族に迷惑をかけてしまう。家の取り潰しは避けられるかもしれないが、父や妹にいらない苦労をかけることだろう。
リシャへの影響は、特に心配だった。
断罪された兄を持つ娘に、まともな結婚ができるとは思わない。前世よりも女性の人生の選択肢が狭い今の世では、リシャには誰よりも幸せな結婚をしてもらわなくてはならないのだ。
父の執務室を出た俺は、ドアの前で自分を待っていたリシャを見つけた。
「お兄様、お話はおわったぁ?」
明るい笑顔をふりまく、可愛い妹。
彼女のためにも、ディアナとは結ばれてはならないのだ。
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