第10話 職員室奪還戦
栗人が祈りを捧げた、その少し前。
「じゃあ、私が呼びに行ってくるよ」
そう言って教室を出た玲奈は、職員室を目指した。
教室棟の一階。
いくらか小柄とは言え、健康な少女である。タッタッタ、と軽快に駆けて(廊下を走ってはいけない!)、ガラスが割れる音を聞いた時には階段の踊り場へ到達していた。
「何?」
ガラスの割れる音が一つだけならば、誰かがふざけたか喧嘩したかで、窓ガラスを割ってしまったのだろう、と思うだけで済んだ。
だが。ソレは、あまりにも多重に過ぎた。
「上からも下からも聞こえる……もしかして全部?」
何かがあった。しかしそれが何かはわからない。
確認として最も確実な手段は、当初の目的通り、職員室へ向かい、教師達と連携することだ。
数瞬のうちにそう判断した玲奈は、残る半階分を、音を立てずに降りた。
職員室。普段入る時には、扉を数回軽く叩き、学年と組・出席番号・氏名・目的を報告し、許可が降りてから、だ。戦前どころか明治の世から続く伝統校である。その辺りの礼儀は徹底していた。
しかし今は、非常時である。非常時こそ正当な手続きを確実に、というのが基本的には
扉越しに窺ったが、静かだった。
静か過ぎた。
いくら朝礼の時間とはいえ、確実に数人は常駐している職員室において、ここまで何の動作音もしない、ということはあり得ない。
玲奈は、『何か』が相当に深刻な事態であると確信した。
幸い、今は廊下に誰も居ない。
支援を存分に使える。
あらゆる『プレイヤー』としての技能を総動員し、察知する。
「中に三人、かぁ……一人じゃきついけど、丸ちゃんも居るし、いけるかなぁ」
丸ちゃん。組織の人外である。人外と一口に言っても、様々な種族・形態があり、個体差はあるものの、擬態も可能だ。その能力を活かして『プレイヤー』を補助する役目を負っている。その際必要な社会的地位も、組織が偽装する。いつの間にか、そこに居たことになっているのだ。
とは言え、普段は特段人間と変わらない生活を送っているのだが。
「まさか本当に頼ることになるなんてね、っと」
職員室はその二辺を廊下と接した造りである。玲奈はその交点、直角になった位置に立ち、一方の辺の扉へ金属製のヘアピンを思いっきり投げつけ、自身はもう一方の辺の扉へ音も無く走った。
陽動は成功。玲奈が幽霊のような存在感で扉を開けて入った瞬間、『敵』三人のうち二人は別の扉を見ていた。
流石に全員が気を逸らすような練度ではなかったようだが、十分だった。
「排除ヲ完了」
数秒後には、丸ちゃんからの報告を聞けた。
玲奈側を注視していた敵は丸ちゃんが即座に処理。残る二人も各自で無力化。
見事な連携だった。非常用装備……小型麻酔銃が活きた。
目撃者が居ると困るところだが、地球人教師達も眠らされていたらしい。
「眠ラセマシタ」
丸ちゃんによって。
本来の姿の丸ちゃんは、名前の通りに球形を基礎とした粘体で、無数の触手を伸ばし、特殊な粘液を使ってあらゆる行動をとる。今は人型に擬態しているため、触手だけが異様である。
今回はその触手から、眠らせる……もとい気絶させる効果の何かを放ったらしい。
補助要員として『プレイヤー』を支援してくれる組織の人外員だが、戦闘能力に限って言えば、補助どころではないのは明白だ。
「ご苦労様。ありがとう、丸ちゃん」
「イエ、仕事デスノデ」
言葉だけならドライな反応だが、触手は狂喜乱舞している。興味があるかどうかは別として、ポーカーには向かないだろう。
「しっかりお仕事してくれて、ありがとう。丸ちゃん」
感謝はいくら伝えても良い。相手に嫌がられない限りは、だが。
丸ちゃんは喜んでいるので大丈夫だろう。
「それで、ごめんね丸ちゃん。まだ、手伝って欲しいの」
「ゴ要望トアラバ」
「ありがとう。じゃあ、状況は――」
互いの得た情報を突き合わせ、襲撃の
「じゃあ、作戦開始、だね」
救出作戦が、始まった。
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