第6話 空き教室で二人

 教室をした二人は、学級クラスとうはじ、一組のとなりにある空き教室へ無事辿たどり着いた。

 無人むじんなのを確認した栗人くりとは、手をつないだまま振り返って、言う。

「ごめん。勝手に、その……しゃべっちゃって」

 さけんだ瞬間しゅんかん高揚こうようすでに遠い。

 あかね相手には『レナが良いって言ったら』と断ったにも関わらず、今回は完全な独断どくだんめられても仕方しかたが無い。

 何しろ栗人くりと自身、もっと上手いやり方が無かったか、と先程さきほどから自問自答じもんじとうしているのだ。しかし――


「あっ……ううん、いいの。むしろありがとう。かばって、くれたんだよね」

 玲奈れいなの返答は、優しかった。

 そして、そのひとみと同様、まだ熱を持っていた。 

「嬉しかったよ。クリトが、助けてくれて。それに――」

 栗人の手を、両手で包み込んで、

玲奈れいな、って呼んでくれたの、久しぶりで、なんか、ドキドキしちゃった」

と、真っ赤な顔で見つめながら言うのだ。

 半年以上付き合ってきてようやくキス出来た、ばかりの大好きな子に、こんな態度たいどを取られてえ切れる思春期男子が居るだろうか。いや、居ない(反語)。

 気付いた時には、きつくめていた。


「レナより、玲奈れいなの方が、良い?」

 かべけ時計の秒針があきれ始めた頃、抱き締めたままで栗人はたずねた。

 だったようになっている玲奈も、どうにか口を開く。

「……そういうわけじゃ、ないんだけど。なんか、本気、っていうか」

「『俺の玲奈だ』って言われてる感じがして、キュンと来ちゃった」

 半年以上付き合って漸くキス出来た、ばかりの大好きな子に、こんな態度を取られて(以下略)。


 触れたところからじんわりと、顔から耳、それに心臓へかけて広がる、熱くてむずがゆいような、ふるえるような、不思議な感覚。

「二回目、だね、えへへ」

「そう、だな」

――玲奈はこんなに素直すなおだったか?

――フラグ管理で大成功クリティカルしたのか?

――そもそも最初の時に平気なフリをした意味はあったのか?

 様々さまざまな疑問が脳裏のうりぎった気はしたが、目の前の存在の愛おしさと比べれば些末さまつなこと。

 栗人はを欲して、視線を絡めた玲奈もそれに応えようと――


キーンコーンカーンコーン


 無慈悲むじひ予鈴よれいが鳴りひびいた。

 

「予鈴、だもんな」

「予鈴、だからね」

 三回が四回、五回が六回、七回が八回、九回が十回。

 短いキスを、むさぼるように重ねた。

 全身に広がる快感かいかんの中で、お互いの息が荒くなり、心臓がねているのを感じた。

「えっと、これ以上は、マズイ、かも」

「あ、ああ、そうだ、な」

 予鈴後の、廊下ろうか突き当りの空き教室である。人はそうそう来ない。来ないが、ここは学校で、すぐに本鈴ほんれいが鳴る。

「この流れで遅刻したら何て言われるかなぁ」

 玲奈が抱きつきながら言えば、

「考えたくは、ないな」

 栗人は、玲奈の少し短く丸めショートボブに切りそろえられた髪を、手櫛てぐしで整えながらこたえる。


「じゃ、行こっか」

と数分ぶりに身体を離し、名残惜しそうな顔をする玲奈に、栗人は改まって、手を差し伸べた。

「では、お送り致しますよ、お姫様」

「うむ、苦しゅうない」

 玲奈がそのにしっかり乗りつつ、

――まだちょっと顔は熱いけど、

「でも、これでも十分じゅうぶん何か言われそうだよね」

――声の調子だけはいつも通りに。

と思ったのもつか

「今度は、最初からまもるから」

 不意打ふいうちである。

「んもーっ、ソレが無ければには……」

「え?」

「なんでもない!」

 先に立って歩き始めたの耳を見ると、なんでもないとは到底とうてい思えなかったが、栗人は反論しなかった。ただ、追撃ついげきはした。

「好きだよ、玲奈」

「――っっっ!!!!」

 代償としてからの照れ隠しと愛情のこもった物理的反撃は受けたが、

――これはこれで。

……などと思っているのだから、救いようがない、だ。

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