第5話 教室での尋問

被疑者ひぎしゃが来たぞ、確保かくほぉー!」

「「「「「「おうっっっっっっ!!!!!!」」」」」」


 教室へ辿たどり着いた瞬間、栗人くりと級友達クラスメイトの集団にされ、そのまま教室の窓側まどがわ後ろすみの席で囲まれた。椅子いすに座らせてくれているのがせめてもの温情おんじょうか。

「おい、被疑者Kケー、お前、やったのか」

 机を挟んだ正面に立って問いかけてくるのは、学級クラスで何番目かに大柄おおがら坊主ぼうず頭、野球部主将の多真内たまうち良樹よしきだ。名前の由来ゆらいはX-JAPANのYoshiki。両親が同グループの熱烈ねつれつなファンで、結果的に良樹本人ほんにんもそうなった。栗人とは保育園から一緒の、大親友である。

「何の話だ、よっちゃん」

「今はその名で呼ぶな。お前は被疑者K、俺は主席しゅせき尋問官のYワイだ」

 案外拘りが強いらしい。

「長い付き合いだけど、そこまで刑事モノが好きだとは知らなかったよ」

「お前の影響だ! 散々布教ふきょうしやがって! 最近じゃ毎日寝る前に観てるわ!」

「おう、それは、ありがとう?」

「ああ、こちらこそ! だがそんなことより!」

 良樹の声に合わせて、周囲からの無言のあつも強まる。

「やったのか、どうなんだ!?」

「だから何の話だよ……」

――と、囲いの外に目をやれば、女子達も教室の対角線上の隅に集まってコソコソと話しながら……

「よっちゃん、まさか」

「Yだ……が、そのまさかだ。お前と流々舞るるぶさんが、顔を真っ赤にしながら仲良く手をつないで下校していた、という証言は出ている」

 決定的けっていてき瞬間しゅんかんを見られていたわけではないらしい。だが――

「なんだ、それだけか」

と、安堵あんどの言葉をこぼしたのが良くなかった。

「それだと!?」

 良樹の太い眉が釣り上がり――

「あ、いや、それは」

「他にもあったってことだよなぁ栗人ぉ!!」

――怒号どごうが降ってきた。

「被疑者KじゃなかったのかY殿どの

と軽口を叩いてみれば、

「誤魔化すなぁっ!!」

 怒号再び、だ。

「はいはい。でもまぁ、別に大したことは――」

――無かった、と口に出す前に、随分と満足そうな顔をしたあかねと、その小さな身体の影へ隠れるようにして教室へ入ってくる玲奈れいなが視界の隅に見えた。


 雌獅子メスライオンれのごとく、一挙いっきょに玲奈達を取り囲む女子達。同時に上がる歓声。高まる周囲の熱気とは対照的に、栗人の背を流れる冷や汗。

 全ては一瞬いっしゅんのことである。介入かいにゅうするには時間が足りない。射程しゃていが足りない。いやそもそも女子達の話を邪魔じゃまするなどという無粋な真似は出来クラスてきせいがない。

「やっぱりシタんだ!」

「どうだった!? 気持ち良かった!?」

 女子達の下世話な会話が聞こえてくる。

――いや、何か勘違いしていないかアレは?

「えっと……その……」

 普段は明るくハキハキと喋る玲奈だが、今は俯いて『蚊だってもう少し五月蝿うるさいだろう』と思うくらい、か細い声しか出せずにドギマギしている。顔はよく見えないが、耳は真っ赤だ。

――大事な彼女が、誰より好きな女の子が困っているのに、何もしないのか。何も出来ないのか。仮令たとえその原因が自分だったとしても、それが動かない理由になるのか。いやならない(反語)。

 瞬時しゅんじ逡巡しゅんじゅんを振り払った栗人は、良樹を押し退けて立ち上がり、教室中へ響き渡るようにさけんだ。

「キスをした!」

「俺が、玲奈に、キスをした!」

「それだけだ。以上、解散!」

 たたけるように宣言し、呆然とする級友達をかき分けて、玲奈のもとへ。

 勝手に白状したことを責めるでもなく、ただ熱い視線を向けてくる玲奈の手を掴んで、教室を抜け出した。

 栗人は、あとにした教室で一層いっそうき上がる空気よりも、自身の体温の方が……そしてそれ以上に、繋いだ玲奈の手を、熱く感じていた。

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