第8話「あんた……悪役令嬢じゃないわね!!」


「実際、彼らのやっていることは新興宗教団体と大差無いですから我々のような現代人の感覚からすると詐欺集団です……しかし、ここでは国教です」


「聖水も薄めてるから魔物に効果は無いし、護符なんて農村部の平民の皆様に効果無い札を銀貨10枚って、ふざけんなっての!! いえ、ですわ……」


 朱音が反抗した原因はこれだった。彼女は国教であるルーネ教を内部から改革しようとしたのだ。しかし当時は国のため教会側に立っていた和男に敗れ彼女は処刑されたと見せかけられ今は部下になっていたのだ。


「そんな取って付けたような『ですわ』はちょっと……」


「たまに前世が出てしまいますのよ、里子さんも前世と今生のどちらの人格か決めておいた方がいいですわ、流されますわよ?」


「朱音さんは名前を戻したのに人格はこっちの世界側なんですか?」


 里子には当然の疑問だった。自分は転生前の記憶が戻った瞬間に前世の方が強くて今は完全にロズリーヌとしてでは無く日本人の新井里子だからだ。わざわざロズリーヌの口調に戻す必要は皆無だからだ。


「ええ、そもそも記憶が戻っても知識としてしか認識してませんの、わたくしは常に神に祈りを捧げる際に役に立つ情報としてか考えてませんわ」


 そして名前を戻したのはあくまで身分を隠すためで容姿も教会関係者しか知らないから特に気にしなくていいと説明した。実際この国では聖女は大量に存在しているから特に気にされないという風潮も有るのだ。


「言い忘れてましたが朱音さんはお二人と違い前世はオタクでは有りません……だから前世の知識が有るだけの純粋な転生者なのです」


 実は悪質令嬢に転生したとしても朱音のように普通の転生者もいるのだ。転生はそもそも元オタクだけの特権では無い。


「まるで私達が痛い女みたいに言わないでくれますか課長!!」


「そうです、私達はゲーム好きで二次元のイケメンが好きだっただけです!!」


 二人の言葉に和男は仕方なく納得させられた。そんな時だったバタンとドアが開かれて対策室に新たな人物が乱入して来た。それは明らかに奇怪な人物だった。




「盛り上がってるね、皆?」


 黒に近い深緑色のショートヘアにゴーグル付き帽子をかぶった機械工のような小柄な人物がそこに居た。服装もそのまんまで油に汚れたねずみ色のツナギ姿だ。


「あら、ロットもう終わりましたの?」


「うん、この間の無線には改良の余地が有ったからね、他のアイテムも改良するように課長が言ってたから一気に終わらせてきたのさ」


 そう言ってゴーグルを取ると中から出て来たのは中世的な少年のような笑みを浮かべる少女だった。


「里子さん、彼女がローズリット・ハイゼンダール元子爵令嬢です」


「おや、新人さんだね? 課長から紹介にあった私がローズリット愛称はロットだ」


 そう言って手袋を取って里子に握手を求めて来るロットに対して里子もおずおずと手を出した。


「ど、どうも……よろしくお願いします」


「君も元日本人?」


「はい、こっちでは日本人名で生きて行く予定の新井 里子です」


「そっか、私はこの名前で通しているんだ。ちなみに元の名前は穂高 陽子っていうんだ……よろしくね?」


 だが、ここで里子は妙なことに気が付いた。目の前のローズリット嬢に見覚えも聞き覚えも無いのだ。


「はい……って……誰?」


「ですよね~!! 里子さんなら分かってくれると思いました!!」


 そこで夕実が同意を求めるように里子に声をかける。そう里子の気付いた違和感はこれだった。


「あんた……悪役令嬢じゃないわね!!」


「それはそうさ私は令嬢だからね、ちなみに罪状は『知識チート罪』だよ」


 違う、里子が言いたいのはそういう意味では無い。目の前の元子爵令嬢に該当する人物に見覚えが無いのだ。自分の転生したロズリーヌそれに夕実のアニエスと朱音のオルガは全て日本の創作物の悪役令嬢だった。


「あんたは誰? 発明家とかそういう系の悪役令嬢いや乙女ゲーヒロインの中にローズリットなんて居ないわ!!」


「そうなんです里子さん!! 転生してから謎だったのはロットさんの正体なんです!! ロットさん……彼女には元ネタが無いんです!!」


 これは異世界転生し尚且つ今までのデータを参照したから分かる。今日の調査レポートにも載っていた三人もゲームや漫画・ラノベ・アニメ作品の悪役令嬢や関連キャラだった……だが目の前の令嬢には見覚えが無いのだ。


「そう言われても困るかな……」


「……それよりロットさん、例の物の進捗どうですか?」


「ああ、完成したよ……課長と一緒に召喚された装備、魔導書と剣と盾や他の装備の改良、特に例の拘束許可証バインド・スクロールの量産化も軌道に乗った」


 ロットの本業は発明だが彼女は他にも王国の装備を現代知識で底上げする事も条件に保護観察処分にされたのだ。


「素晴らしい……あれの数が増えれば悪質令嬢を抑える事が容易になります」


「あの……課長? 私の話とか聞いてました?」


 だがここで普通に話を流された里子それに夕実がちょっと待ったと話を止める。乙女ゲー大好きな二人は気になって仕方なかったのだ。


「里子さん……その件は前も夕実さんに言われたのですが彼女が悪役令嬢でないことに意味が有るのですか?」


「え? だって……法則性が……」


「何事にもイレギュラーは存在しますので……それに転生者であるので問題は無いかと……何より彼女は得難い人材です」


 そもそも悪質令嬢を追っているだけで自分達が悪役令嬢である必要は無い。さらに言うと和男も勇者召喚されたイレギュラーだ。


「「あっ……」」


「なので問題は有りません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る