第7話「聖女が多いからですわ」


「後は追々ですね……では今日はここまで、明日から具体的な業務をお教えしますので夕実さん、彼女を寮に案内してあげて下さい」


「了解で~す。じゃあ行きましょう里子さん!!」


「そっか……今日から一人暮らしか……」


 数日前までお付きのメイドが基本の贅沢三昧だったのを思い出す。記憶が戻ってから二週間弱だけど症候群のせいで楽しめなかった。どうせなら令嬢生活を楽しめば良かったと少し後悔する里子だった。


「私も最初は戸惑いましたけど意外と住み心地良いですよ」


「うん、ありがと夕実さん」


「それと、私こっちでも向こうでも年下なんで呼び捨てで良いですから」


 たしかに向こうでは女子高生で原作でアニエスはロズリーヌより一歳年下だった。でも課員よしては先輩だと思ったが夕実から言われ一つの妥協点が生まれた。


「じゃあ夕実ちゃん、で良いかな?」


「はい!! 里子さん!!」


 こうして里子という新たなメンバーを加えた悪質令嬢症候群あくじょシンドローム対策室は翌日から動き出す事になった。



――――悪質令嬢取締法第二十二条 悪質令嬢については次の各号いずれかに該当する者には五年以上十年以下の懲役に処する。


一、 悪質令嬢に協力又は教唆した者

二、 悪質令嬢を恣意的に利用せしめた者

三、聖女又は聖女に相当する地位にあり能力を不当に利用した者


「課長この三号ですけど、何で聖女限定なんですか?」


「それは単純です、なぜなら――――「聖女が多いからですわ」


 翌日、寮から直行した里子の初仕事は悪質令嬢に関する法律をザックリ覚える所からだった。そして和男との話に割り込んで来た女性に里子は既視感があった。


「朱音さん、お疲れ様です」


「はい、お疲れ様です課長、彼女が新人?」


「ええ、新井里子さんです」


 里子は慌てて頭を下げながら改めて朱音と呼ばれた女性を見ると髪色はラベンダー色で少しカールがかかって肩にかかる位で清楚な見た目だ。だが、より特徴的なのが青と薄い黄色のオッドアイだ。


「ど、どうも、よろしくお願いします……あれ?」


「どうかされまして?」


 そこかで見覚えが有ると思っていた里子だったが朱音が目をパチクリさせているのを見て気が付いてしまった。前世で見た事があると思い出していた。


「ああっ!! 『拝啓、聖女の私が隣国の辺境伯に拾われたから徹底ざまぁしてやりますわ!!』の悪徳聖女のオルガだ!!」


 里子は悪役令嬢オタクである。乙女ゲー好きが高じて今は悪役令嬢自体が好きになった最近増えつつ有る痛い元夢女だった。今言ったタイトルは少し古めながら生前でお気に入りのラノベのタイトルで朱音の外見は作中のヒロインまんまだった。




「改めて紹介します元オルガリエ・プリンツドダース伯爵令嬢で今は前世と同じ名の草野 朱音さんです」


「新井 里子です、元悪役令嬢で『国家反逆ざまぁ未遂罪』で現在研修中です」


 和男の言葉に慌てて挨拶すると自分の罪状も一緒に話していた。なんとも間抜けな罪状だがアメスティア王国では普通なのだ。


「わたくしは草野朱音、元聖女で『聖女騒乱罪』で研修三年目で最古参の一人よ」


「ちなみに私は『メインヒロイン失格罪』で研修一年目です」


「えっ!? 夕実ちゃんってそんなので捕まったの!?」


 メインヒロイン失格罪とはヒロインの力を不当に行使してトゥルーエンドを選ばず国家に害を与えるルートに入ろうとしたヒロインに適応される罪状だ。


「正史と変わってしまうので重罪です。大人しくフェネクト皇子を選んで下されば良かったのですが……」


「え? ちなみに誰推しよ?」


「ベルクナー様推しなんですよ~」


 ベルクナーとは隠しキャラの王の隠し子だ。物語の中盤までは皇子の友人キャラだと思っていたらいきなり国王候補になるキャラで王子のフェネクトとヒロインを懸けての一騎打ちの末に結ばれるルートだ。


「ああ、ベルクナー推しなら、そりゃダメでしょ……」


「推しって何ですの?」


「朱音さん推しは推しですよ?」


 そんな話をしている三人に集合と声をかけ和男は全員を中央のテーブルに集めた。


「今日はローズリットさんはご一緒では?」


「ああ、ロットなら朝から例の物を作るって工房に顔を出してますわ」


「なるほど、パットさんとケビンさんは明日まで情報収集ですから戻りはまだでしょうし……仕方ありません五人で始めます」


 和男は席に着いて資料を配るとハンスに目配せし本日の会議が始まった。


「今の所、調査で確認されている悪質令嬢は三人、その内の一人は聖女です」


「また聖女ですか、今年に入って五人目ですよね?」


「ええ、聖女は無駄に引退したがってスローライフしたがるので捕捉がしやすいんです。では朱音さん調査結果の報告をお願いします」


 資料には名前と罪状それに過去の行動が記載されていた。


「――――以上三名ですわ、特に課長のおっしゃった聖女アニータ・ブットンデェラに兆候ありですわ」


「報告書では既にスローライフに必要な土地の選定それに一度も会った事の無い隣国のアモーレダッマーレ辺境伯を調べていると……黒ですね」


 和男の目は真剣で資料を精査している。一方で里子は別な項目が気になっていた。それは聖女と切っても切り離せない内容だった。


「課長、この動機の箇所に最近の教会への不満とありますけど……」


「そりゃ教会なんて悪い事しかしてないからねえ、ですよね朱音さん?」


「ハンス君、そこで話を振りますの? ま、わたくしも教会が大嫌いですわ」


 元聖女である朱音も実は教会は嫌いだった。その証拠に彼女は聖女なのに教会を混乱に陥れ時の教主を断罪したほどだ。だがその結果、彼女も逮捕された。

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