第3話「この世界では悪質令嬢と呼ばれています」


 そして現在ロズリーヌこと里子は改めて自分の転生した世界についての認識の誤りを矯正されている最中だった。


「社会問題って……」


「新井さん、あなたは転生して二週間という話ですがアメスティア王国の事はどこまで知っているんですか?」


 里子は前世で当たり前だが乙女ゲーをやっていた。その中でも特にお気に入りなのが『祝福の女神とプリンス様-Plus R-』だ。そしてアメスティア王国はこのゲームの舞台となる王国だった。


「あんま国について設定は知らないんですけど作品愛は有るんで!!」


 主人公は男爵令嬢アニエス。女神の祝福の宣託を受けたことで王宮への出入りが許され、そこで四人の攻略対象イケメンの好感度を選択肢で上げて最後は結ばれるというスタンダードな内容だった。


「大事なのは無印じゃなくて追加版のPlus Rってとこなの!!」


 そこからもひたすら語り続けるとコップの水を一気に飲み干した。その姿は既に公爵令嬢ではなく現代日本の普通のオタク女だった。


「追加パッケージ版にはファン待望の人気投票二位のライバルで中ボスのロズリーヌが救われる悪役令嬢救済ルートが追加されたから!!」


「分かります、ロズリーヌは人気過ぎて乙女ゲーを普段やらない男性までファン層にいましたからね~」


 里子が全力で語っていると意外にも相槌を打ったのが和男の後ろに控えていたアニエスだった。


「そうなのよ!! もうロズリーヌに転生したら絶対に……って、え?」


「その後もFDも出て続編ではヒロインの良き理解者になって、アニエスなんて1以降は使い捨てで名前すら出て来ないのに……」


 今まで比較的落ち着いていた様子のアニエスが急に馴れ馴れしくなったのだ。そこで冷や水を浴びせられた里子は重要な事実に気が付いた。


「あ、あああああ!! あんたアニエス!! ヒロインじゃない!!」


「やっと気づいたんですか里子さん、そもそもアンナなんてキャラ居ないのに気付かなかったのは減点ですね」


「だって髪型も違うし、てか、まさか……」


 クルっと一回転するとニヤリと笑ってアニエスは言った。


「はい、私も転生者です」


 アニエスの言葉に和男が頷くと里子は悟った。これは自分の知っている乙女ゲーの世界では無いという現実に……。




――――悪質令嬢取締法第十四条 悪質令嬢は王国に対し不当に得た知識等をもって、その統治を破壊せしめる行為又はみなされる行為をした者は、死刑に処する。



「つまり里子さん、あなたは死刑という意味です」


「……転生者対策されてるなんて聞いてない……それに死刑なんて」


 和男の言葉にガックリする里子だが更に衝撃の事実を突きつけられた。


「新井さん、実は転生者ですが今年は既に六人目なんです」


「え? 六人?」


「ちなみに私は去年、課長に捕まりました」


 自分もカツ丼食べさせられましたと言うアニエスに更に転生者について恐ろしい情報が告げられる。それは国内だけで既に四百人近くが、この十年間で転生しているという事実だった。


「……じゃあ何であんた死刑になって無いの!?」


「私、司法取引したんで……あと三年お勤めすれば無罪放免です」


 実は目の前のアニエスは昨年、里子と似たような感じで転生し同じように捕まった一人だった。


「そこで新井さん、あなたにも協力をようせ――――」


「死刑嫌ですうううう!! 何でも協力しますうううううう!!」


 里子の決断は早かった。いっそ清々しいくらい真っ先に身の保身に走った。生き汚く死因も自分だけ助かろうとして逆にトラックの前に突き出されたくらいだった。


「……話が早くて助かります。では、まず貴女の最後の記憶と死因などをこちらのアンケート用紙に記入して下さい」


 すぐに転生した時の記憶と状況をサラサラ書いて行くと里子は変な箇所を見つけペンが止まっていた。


「何か分からない所でも?」


「えっと……課長さん? この令嬢ってなんですか?」


「あなた達のことですよ?」


 その言葉でポカーンとした後にブンブンと首を振ると改めて和男を見て確認するように言った。


「え? いや、だって令嬢ですよね?」


「いえいえ、それは俗称で正確に言えば私達の世界での呼び方です」


 悪役令嬢とは正式な言葉では無い、いつの間にか発生していた造語のようなものだ。ましてや異世界には概念すら本来は存在しない単語だ。そして和男は決定的な一言を放った。


「この世界では悪質令嬢あくじょと呼ばれています」


「あくじょ?」


「そして私達は悪質令嬢症候群あくじょシンドローム対策室、国家や国民に多大な損害を与える彼女らを逮捕・拘束する国王陛下の直轄機関です」


 彼らこそアメスティア王国の希望。昨今、頻発している急に狂ったように国家に反逆し一方的に損害を与える危険人物、悪質令嬢を止めるための機関だったのだ。




「なるほど、実は闇魔法を使えて、さらに現代知識を悪用する気だったと……」


「はいぃ……」


 その場で書いた用紙を使いながら取り調べが再開され今は内容の精査中だ。


「やっぱり覚えてたんだ。私は光魔法だったし」


「そこはゲーム通りなんだ……じゃあ何で和男さんが居るの!?」


 問題はそこだ。この男、高橋和男(32)。この男がなぜかアメスティア王国に存在しているという点それこそが里子の最大の謎だった。しかし本人はアッサリと真実を口にした。


「実は私は勇者召喚ガチャで、この世界に呼ばれました」


「は?」


 里子の脳の処理がまたしても追い付かなくなった。

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