第4話「召喚された結果、適正が有りましたので」


「あ~、やっぱり最初は意味不明ですよね」


 完全に固まってしまった里子にアニエスが苦笑して言う。自分も同じだったと肩に手をかけると里子の意識が戻った。


「え? ガチャ? 課金なの?」


「いえ、私は陛下いわくチュートリアルガチャだったそうです」


「混乱するから課長は少し黙ってて下さい、え~っと何から話せば……そうだ!! 里子さんに私の本名を教えますね」


 またしても意味不明な和男に里子が混乱したからとアニエスが間に入り自己紹介を始めた。とにかく和男の話をぶった切りたかったのだ。


「そういえばアニエスの中の人なのよね? あんたも」


「そうなりますね、私も本名は荒井なんです。荒井夕実です」


 偶然にも音だけは一緒だった。読みだけなら同じで、クラスが一緒なら出席番号順で間違いなく前後になっていただろう。


「あんたも新井っていうんだ……」


「字は荒井こっちなんですけどね~」


 アニエスこと夕実は余白部分に「荒井」と書くと里子も「こっちか~」レアな方と言って笑みを浮かべていた。苗字ネタで盛り上がるのは日本人ならではだ。それで余裕が出た里子は先ほどの疑問に行き着いた。


「えっとそれで勇者召喚それもガチャって、どういう?」


「その前に里子さんって、転生して記憶が戻った系ですよね?」


「う、うん……急に、二週間前だけど」


 二週間前までロズリーヌは悪役令嬢では無く普通の貴族令嬢をしていて王子の婚約者だった。しかし逆に言えばそれだけで普通の政略結婚だったのだ。


「私も去年の今頃、記憶が戻ったんですけど、課長は違うんです。転移して来たんです、この世界に呼び出されたんです!!」


「え? それって転生じゃないってこと?」


 異世界転生と異世界転移の違いはご存じの方も多いだろうが、あえて言及しておこう。転生とは主に前世などの記憶が残った状態で別世界に生を受ける現象だ。トラックに轢かれたり、過労死したりなど最近はバリエーションが多いアレだ。


 それに対し転移は召喚などの儀式で別世界から着のみ着のまま半強制的に連れて来られ無茶振りされる現象で和男の場合はこちらだった。


「そうです、私は突然この国の勇者召喚ガチャという儀式で呼び出されました」


「えぇ……嫌に俗っぽいですね」


「だから課長って実は勇者で、召喚されたんですよ~」


 勇者と言われ改めて里子は和男を見た。普通のサラリーマン風で伝説の剣も無ければ魔法を使える訳でも無い普通のアラサーにしか見えない男だった。


「そうなんですか?」


「ええ、召喚された結果、適正が有りましたので」



――――三年前


 アメスティア王国はかつてない危機に瀕していた。それは隣国との戦争の危機でも大森林の更に奥のダンジョンから発生し続けるモンスターでも、ましてや昨年から続く凶作による飢饉から起きた食糧問題でもなかった。


「なぁ~んで貴族の婚約破棄がこの五年で急激に増えたのじゃ宰相!!」


「んなこと言われても陛下、なぜか周辺国からも苦情来てるんですよ」


 王は書斎で唯一の腹心である宰相と二人で悩んでいた。先ほどまで行われていた会議では様々な議題が上がったが一番はこれだった。


「ねえ? どうして侯爵家とか伯爵家とかの令嬢が揃ってヤベー奇行し出したの? いきなりメイドとか妹とか同級生を迫害し出して危険だから婚約破棄して隔離しようとしたら今度はいきなり他国に行って敵対宣言して我が国が責められるのなんなん?」


 頭を抱えた王が宰相に涙目で訴えていた。こんな国内問題はサクッと解決して外の問題に取り組みたいのは王として当然だった。


「他にも聖女や聖女候補が女官や侍女を急にイジメ出して危ないから婚約者達にキツ目に灸を据えるよう頼んだら『婚約破棄キタ――(゚∀゚)――!!』とか言い出して「あ、コイツやっべぇ女だ」って事情聴取してたら魔法ぶっ放して脱走した挙句に偶然居合わせた隣国の皇太子とか王家に反抗的な辺境伯と婚約とか無いですよね~」


 二人の会話の通り、ここ数年で増えた貴族令嬢たちの突然の暴走と奇行、過去にも様々なお家騒動は有ったが国内外に対し損害を与える事などは滅多に無かった。だが最近は常軌を逸しているのだ。


「十六年前に伯爵令嬢を追放してから戦争の火種になって追放禁止令も出ているのに、なぜか自分達で出て行ったり追放されたがるんだよなアイツら……」


「急に人が変わって何かに取り憑かれたかと疑いましたがモンスターや魔王とか呪詛の類も無し……何より政治や外交にそこまで詳しくないはずの令嬢が大臣や学者並みの知識を発揮し出し、おかげで国中が大混乱に」


 急激な知識の流入や技術の発展は良い事ばかりではない。むしろ新たな市場を無理やり干拓した挙句、最後は戦争の火種になる時も多々有った。それを毎回、王国の重鎮達は必死に解決して来たのだ。


「それに他国から追放され来た令嬢が勝手に移住して来て訳分からない事を言い出して戦争を促進するわ、スローライフさせろとか言い出すわで我が国の地方都市は元貴族令嬢で溢れかえってる!! あいつらの保護に使う税金もバカにならない!!」


 そして問題が起きていたのはアメスティア王国だけでは無かった。他国にも似たような貴族令嬢が居たのだ。


 自ら国を出て来た癖に国交の有るアメスティア王国に保護を求めて来たり、普段目立たなかった王位継承権がそこそこの王子が急に婚約すると連れて来たり、辺境伯が王家に脅しまでかけて来て嫁を無理やり他国から奪って駆け落ちして来たりと悲惨としか言いようがない状況が続いていた。


「それに、もし我らが奴らを再び追放なんてしたら訳の分からん魔法や知識で王国が……どうすればいいんだぁ、宰相なんとかしてくれい!!」


「陛下、こうなったら……アレしか有りません!!」


「アレかぁ……だが三世紀も前の古文書に書いてある事なんて使えるのか?」


 宰相の言葉に国王はぶっちゃけ懐疑的だ。三百年以上前の本だから眉唾物だし何より内容がすっげえ胡散臭かった。


「もう、アレに頼るしか無いですよ!! そう、勇者召喚ガチャに!!」


 そう言うと宰相は古文書を取り出しとあるページを開いた。

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