第2話「増えすぎた悪役令嬢は今や社会問題なんです」


令嬢だと? 訳の分からない事を!!」


「私も同意します殿下……なので、その物騒な物をしまって頂けますか?」


 先ほどまでの余裕を無くしたファビリオ皇太子は美麗な顔を歪ませると腰のサーベルを抜いていた。


「さすがファビリオ皇太子!!」

(バカね、ファビリオは天才剣士で最強の氷魔法を使えるのよ!!)


 隣国ファブリーン皇国の天才魔法剣士にして皇位継承権第一位のファビリオ皇太子は作中でも最強だとロズリーヌは否、転生前の新井 里子は知っていた。彼の放つ最強の魔法『永久凍土ニブルヘイム』は全てを凍てつかせるのだ。


「ロズリーヌ!! 君を守ってみせる!!」


「ファビリオ様!! 私、お祈りして……え?」


 だが次の瞬間、ファビリオが魔法を放とうとしたタイミングで彼の手から剣が滑り落ちた。


「なっ……何が!? 体が、動かない!?」


「わ、私も……何で!?」


「だから言ったではないですか拘束許可証バインド・スクロールだと……」


 そう言うと和男は改めて先ほどの許可証を二人に見えるように示した。


「は? 何それ?」


 ロズリーヌこと里子は初めて聞いた情報に固まった。そんな混乱を無視し和男の話は続いていた。


「ロズリーヌ嬢これは証明書と同時に拘束具としても使用可能なアイテムなのです」


「そんなの私、知らない!! そんなアイテム原作に無かった!!」


「やはり黒……お二方を別室に運んで下さい」


 そして動けなくなったファビリオ皇太子とロズリーヌは担架に乗せられ、それぞれ運ばれて行った。



――――悪質令嬢取締法第二条 この法律は、アメスティア国内で次に掲げる行為すべてに適用する。




「第一号が国家反逆罪、第二号が外患誘致に関してで三十号まで続いてます」


 茶髪の女性、アニエスが読み上げるとロズリーヌこと里子はポカーンとした顔で固まっていた。それを見て更に隣の和男が口を開いた。


「という事情から、あなたは複数の罪に問われています。さらに転生者なので投獄、最悪の場合は死罪です」


「そんな……私は少し、ざまぁしようとしただけじゃない!!」


「それが危険なのです」


「どうしてよ!!」


「つまりですね……増えすぎた悪役令嬢は今や社会問題なんです」


「はぁ?」


 どうしてロズリーヌこと新井里子が牢屋で説教されているのか? そして何で悪役令嬢が社会問題かは順を追って説明する必要が有る。



――――数時間前


 まず現在は例の婚約破棄騒動から既に三日が経過している。


「では改めて法律の説明から――――「課長、彼女は今の状況を理解していません、その説明から始めた方が……」


 三日前と同じ背広にネクタイ姿の和男がロズリーヌに説明しようとすると後ろでスーツ姿の小柄な女性が声をかけてきた。どこか見覚え有ると思ったロズリーヌだが思い出せずにいた。


「なるほど……失礼、ロズリーヌ嬢あなたは悪質令嬢あくじょ取締法違反により逮捕・拘束されている状況です」


「は? 逮捕?」


「取り合えず例の物をお願いしますアニエスさん」


「はい課長、ではロズリーヌ嬢、尋問前に……これを」


 そう言うとアニエスと呼ばれた少女はトレイに載せられた料理をテーブルに並べた。それはロズリーヌにとって実に懐かしい物だった。


「こ、これは……」


「はい、カツ丼定食です」


 並べられたのはカツ丼、みそ汁そして白菜のお新香のセットだった。


「は、はぁ……」

(どうしてカツ丼がこの世界に!?)


「こういう時カツ丼は定番です、ご安心下さい課長のおごりです」


 転生して二週間のロズリーヌだが無性に懐かしさが込み上げた。海外旅行に行って納豆や梅干しが恋しくなる現象アレに似ていると考えて欲しい。


「本日はお食事はまだと聞いてます、いかがですか?」


「そうね……では、いただきます」


 アニエスだけでは無く和男にも勧められ最終的には久方ぶりの日本食の誘惑に負けたロズリーヌは割箸をパチッと綺麗に割るとカツ丼を食べ始めた。


「ロズリーヌ嬢、付け合わせも絶品ですよ」


「これって白菜のお新香!! それに味噌汁まで!!」

(向こうでは気にして無かったけど和食良いわ~)


 そのままの勢いでロズリーヌはカツ丼定食を完食した。米一粒すら残さずに、きっちり食べてしまった。そして食後から事情聴取が始まった。


「結構、では聴取を始めましょうか……まず本名をお願いします」


「……ロズリーヌ・ヴィ・マルテールですわ」


「いえ、そちらではなく転生前でお願いします」


「へ?」


 ロズリーヌこと新井里子は再び固まった。




「は? え? あ……何で私が転生したって分かったの!?」


「アニエスさん、説明をお願いします」


 和男が声をかけると後ろでカツ丼の器を片付け終わったアニエスが再び前に出て来て説明を始めた。


「ロズリーヌ嬢、転生者の多くは日本人または日本文化に造詣ぞうけいが深い方が多いのです」


「それで何で私が転生者だって分かったの?」


「今の食事で分かりました。ロズリーヌ嬢、貴女お箸を普通に使えましたね?」


 この世界で箸をきちんと使える者は少ない。そもそもが存在すら知らない者がほとんどだ。和男たちは先ほどの食事で、あえてフォークやスプーンを置かず箸だけを置いてロズリーヌの反応を見ていたのだ。


「しかも課長がセットを勧めた際に白菜の漬物と味噌汁と認識してましたね? 」


「えっ? はっ!?」


 アニエスの言葉にさらに動揺するロズリーヌは混乱した。たしかに和男は付け合わせと言っただけで白菜の漬物も味噌汁も自分から言っていたと気付いたのだ。


「それと三日前にも転生を匂わす発言を多々していました。ですので確実な証拠が欲しかったので今回は罠を張らせて頂きました」


「だとしても、偶然知ってた可能性も!!」


「普通に漢字読めてましたよね、そろそろ無駄な抵抗はやめて本名をお願いします」


「…………新井 里子です」


 ロズリーヌこと里子はついに自白した。決め手はカツ丼と漢字だった。

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