悪質令嬢症候群対策室課長・K A Z U O ~悪役令嬢は法令で処罰対象です~

他津哉

第一章 『世にあふれる悪役令嬢』編

第1話「悪役令嬢は取り締まりの対象です」



――――悪質令嬢取締法第一条 この法律はアメスティア王国内において悪質令嬢と見なされた者すべてに適用する。




 きらびやかなパーティー会場そこは有名なマルテール公爵邸の大ホールだ。そこで今まさに舞踏会が行われているが国を揺るがす大事件スキャンダルも起ころうとしていた。


「ロズリーヌ・ヴィ・マルテール、僕は君との婚約を破棄させてもらう!!」


「ナ、ナンデスッテー!! フェネクト様~♪」

(計画通りね……バカ王子)


 というより発生してしまった。婚約破棄したのはこの国で王位継承権第二位のフェネクト王子だ。そして言い渡されたのはマルテール公爵の娘、ロズリーヌ嬢だ。


「ロズリーヌ……えっと……君がした数々の、行為? は許されな~い!!」


「ワ、ワタクシガ何を~!? ワカラナイデスワ~♪」

(さあ早く呼びなさいヒロインを!!)


 普通なら絶体絶命のロズリーヌだが彼女の口元は笑っていた。実は彼女は今日これから起こる事を知っていたのだ。何を隠そう彼女は『悪役令嬢』だった。


「君がこのアンナ・ド・ウスンネン……子爵令嬢を辱めた罪は許されない!!」


「ワ、ワタクシガ~!? ん、あれ?」

(子爵令嬢、あれ? アニエス男爵令嬢のはずよねヒロインは )


 悪役令嬢とは蔑称であり俗称で、その意味は物語の悪役やライバルらを指す言葉として使われるのが一般的だ。しかし昨今では意味合いが少し違う。周囲も騒ぎに気付いたようでザワザワしていた。


「そうだ!! 君は……え~っと……私の愛するアンナを辱めた!!」


「えっ……あ、はい……」

(私がフラグ壊したから相手も変わったんだ……たぶん)


 悪役令嬢は逆転の象徴そして今や理不尽ヒロインを打倒する『ざまぁ』のシンボルとなっている。それはアメスティア王国だけではなく、この世界『ルーネ・ランゲンロット』の共通認識だ。


「――――という理由わけだ!!」


「え? あ……そうですか……」

(やっば、何か言ってたけど聞き逃した……)


 そしてロズリーヌは見た目以上に冷静だ。なぜなら彼女は二週間前に転生した記憶を取り戻してから今日という日に備えていた転生者だったからだ。


「……ど、どうやら悲しみのあまり声も出ないようダナ~!!」


「シクシク、ソンナ~、アンマリデスワ~」

(そろそろ出番よ本当の王子様いえ皇太子さま!!)


 そう言ってロズリーヌは、その場に泣き崩れた……ふりをした。もちろん演技だ。本当は涙すら出ておらず目薬を使っている。さあ断罪の準備は整った。キチンと中央の階段の下まで移動し定位置に着いた彼女は位置取りも完璧だ。


「その話、少し待ってもらおう!!」


(キターーーーーー!! 待ってました!!)


 周囲がザワザワし出す中で出て来たのは金髪でサファイア色の瞳を持つ貴公子だった。ロズリーヌは彼の登場を待っていたのだ。


「オ、オマエハ誰だ~」


 王子の棒読みセリフを無視してロズリーヌは元から赤い瞳を更に真っ赤にしてブラウンの髪を振り乱しながら熱演し振り向いた。


「美しい貴公子、あ、あなたは一体?」


「私はファブリーン皇国のファビリオ、どうか貴女と婚約させて欲しい」


 そこで悲鳴が上がる。どこぞのモブ令嬢のものだろうが彼女らは次々と新たな登場人物の経歴を叫んでいた。


「ファブリーンの至宝よ!!」

「黄昏の貴公子よ~!」

「悪を氷結させる聖騎士との噂もありますわ~!!」


 曰く、美麗な隣国の貴公子、宝石の国ファブリーンの至宝、素晴らしき剣の使い手など正に絵に描いたような王子様なステータスを持った男が乱入した。


「こんな私でよろしければ、是非!!」

(勝った!! これで隣国で私はイケメンとイチャイチャしながら知識チートで、ざまぁしまくるのよ!! あ~っはははは!!)


「ああ、愛しい君よ、このまま二人で我が国へ!!」


 こうしてロズリーヌの輝かしい逆転人生が始まる…………はずだった。





『――ザザッ、確認しました課長、悪質令嬢あくじょです!!』

『よろしい、では各班行動開始!! 対象者を確保して下さい!!』

『『『『――ザザッ、了解っ!!』』』』


 次の瞬間、パーティー会場内の給仕係やメイド、更に一部の騎士達が一斉に二人を取り囲んだ。


「へ?」


 ロズリーヌは今、世界で一番の間抜け面を晒していた。




「これは……フェネクト王子、お前の仕業……って、いない!?」


「あ~、よろしいですか? ファビリオ殿下それとロズリーヌ嬢も」


 取り囲む者達の中央を割って出て来たのは銀縁メガネに背広姿の男だった。そして彼は二人を見て紙切れを差し出した。


「わたくし、こういう者です」


「え? あっ……いや、え?」


 それは名刺だった。こんな異世界に名刺とか有るの? なんて思うかも知れないが有るんだから仕方ない飲み込んで欲しい。


「どうもご丁寧に……悪質令嬢症候群あくじょシンドローム対策室課長 高橋 和男?」


「何なんだ君は……これは?」

(異国の文字か? 私が読めない?)


 名刺を受け取った二人の反応は大きく違った。そして和男はそれを確認すると口の端を上げた。


「はい、名刺の通りです殿下、ロズリーヌ嬢は現時刻をもって悪質令嬢あくじょ認定されましたので拘束が決定しました」


「「は?」」


 ロズリーヌと同じくらいアホ面を晒したのは皇太子もだった。すれ違う女性が必ず振り返るほどの美形も今だけは間抜け面だ。


「こちら法務局から正式に出された拘束許可証バインド・スクロールです」


「なっ!?」


 さらに高橋和男と名乗った男はメガネをクイっと直しながら一枚の書類を二人に見せ付けた。皇太子は意味を理解し固まったがロズリーヌは止まらなかった。


「いやいや何なのよ!! あんた一体!!」


「ですから名刺の通りで……とにかく、ご同行を」


 ペコリと一礼すると近付く和男。それに激しく動揺するロズリーヌは思わず口を開いていた。


「意味わかんない!! 何で令嬢が取り締まられなきゃいけないのよ!!」


「はぁ……では改めて、令嬢は取り締まりの対象です」


 転生して二週間、人生最大の危機を迎えたロズリーヌだった。

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