第20話 イマの叛逆(過去)


 母エリから貰ったホルスカードを回収し、2人の悪者に天誅を加えたユリは、ホクホク顔で夢見る中に居た。幸せな気分で眠りの世界を満喫していたユリだったが、突如、蛍光灯が消える時の様に部屋の明かりが明滅すると、消えた。そして、再び明かりが灯ると、見覚えのある白い空間に飛ばされていた。


 ユリ:(おや? ここは見覚えが有るぞ? 何だっけ? 積み上げられた白い段ボール・・・。思い出せない。モヤモヤするな)


 目の前を良く見ると、悲しげに佇(たたず)む1匹の子狐が居た。白い毛なので、分かり難かったのだ。ユリは、ピンと来た。


 ユリ:「お前は、コン! ボクから何かを奪ったろう! それだけは覚えているぞ! お前は、あの時、直ぐ忘れるさと言った。それが誤算! ボクは覚えているぞ! お前が悪者だと。さぁ、取った物を返せ!!」


 ユリは小さな拳を突き上げて、プンプンとコンに詰め寄った。するとコンはどこからか、輝く玉を押し出し、それをユリに渡した。


 コン:「それは僕には食べられなかったよ。君が持っているべき記憶だ。とても良い経験を積ませて貰った。大変な目に遭ったね。君は本当にセクティさんが好きなんだね。助けてくれた恩人だからね。美人だからというのも有るのかな? 君の計画に協力させてくれないか。良い経験をさせてくれた、お礼だよ」


 ユリは、1発かましてやるくらいの気持ちだったのだが、コンの表情を見ていると、そんな気持ちは霧散(むさん)してしまった。ユリは、光に手を伸ばす。記憶が泣かれ込んでくる。


 ユリ:(そうだ、ボクは遭難し、セクティさんに助けられたんだ。嬉しかったな・・・思い出すのも楽しいことの1つだったんだ。忘れることを嫌がることは無かったんだ。根本的に記憶は失われない。忘れることも友達さ)


 ユリは、ニヤリと笑うと、コンに提案をする。


 ユリ:「どこまで、ボクの計画を、知って居るの? 手伝ってよ。ボク達は、もう友達だろう?」


 そう言って、ユリは愛くるしい笑顔を見せた。コンは、少し困惑気味だ。そうする内に、ユリは夢のワクワク空間に帰って来た。夢なのか、現実なのかも分からない、夢の中の夢の話。ユリは、そう感じていた。



 起き出したユリは、良い夢を見たとご機嫌だ。だが、セクティが居なかったので、セクティを探した。今は大沼に逆戻りした大池の横にあるレストルームに小さな少女が居るのを見付けた。カコちゃんだ。前に1度見たことが有る。セクティさーん、と言って近付くと、カコは目に涙を溜めていた。


 セクティ:「セクティの姿ばかりで居ると、次第に自分が誰だか分から無くなっちゃう。だから、時々、カコに戻ってしまうのよ。色々思い出されて、ちょっと感傷的になっちゃった」


 セクティは、聞きもしないのに、そう言った。ユリは、何も言わずに、セクティの隣りに座った。暫くして、ユリは、思い切って聞いてみた。


 ユリ:「今は、ちっこいセクティさんだから、カコちゃん、て呼んじゃ駄目ですか?」


 セクティは、少し驚いたようだが、どうぞ、と申出を受けた。それから、ユリはカコと色々なことを話し合った。ユリは、同年代の女の子の友達が出来たみたいで、嬉しかった。


 カコ:「私の幸せは、平和と共に、沼の掃除をすることよ。もう一度、池に戻したいな」


 その時のセクティさんは、アバターのカコちゃんの姿で、はにかみながら教えてくれたな。そして、これは、カコがセクティとなる前の話。カコはナイの城に呼ばれていた。


 カコ:「内々にお呼びに成られた御用は何でしょうか?」

 ナイ:「もう良い。済んだ。もう休むが良い」

 カコ:「はい、大沼の様子だけ見て参ります。油断を致しますと、また様々なカナンが湧きますもので」

 ナイ:「掃除など、ほどほどにするが良いぞ。そんなのに構っても、非生産的じゃ。やはり仕事とは生み出して、なんぼじゃ」

 カコ:「しかし、沼を池にまで回復させた喜びは、忘れられません。心が休まるのです。心の安らぎは、非生産的ですから、止めねばなりませんか?」

 ナイ:「おこと(そなた)と話すと、ほんに為になるのう。心の安らぎか。覚えて置こう。それに、沼の掃除。変わった趣味を見付けたものじゃ。まぁ、良いがほどほどにな。溺れるなよ」 


 ナイは、つらつらと思いを巡らせたが、気になることに行き当たり、礼をしてから、出ようとするセクティを呼び止めた。


 ナイ:「カコよ、まちゃれ。おことは、先程、池の掃除に心の負担は無いと言ったな? 心に負担が無いと言うのは、素晴らしいことじゃ。しかし、おことが言うのは、表面上ののことじゃ何故、内向きを好む様に成ったかを考えれば、そこには必ずトラウマがあるはずじゃ。そのトラウマは、おことの意識下で、おことを蝕(むしば)み続けるのじゃ。忘れて居るのかも知れん。目を背けて居るのかも知れん。だが、それは放って置くと、知らず心の重しに成って来る。フラッシュバックするのじゃ。それを見付けて解消せぬ内は、おことの空は拡がらぬぞよ。必ず、見つけるのじゃ。おことの空を」


 セクティは、改めて、深々と礼をしてから、去った。ナイは、薄く自嘲(じちょう)的に笑うと、薄く涙した。子を思う心が溢れ出て来たのだ。オルとイルへの嫉妬に狂って以来、こんな他人を思いやる心も無かったから。


 イマ:「僕は、イル様の理想である"全ての人に平等な青い空"を実現したい! 誰もが蔑まれること無く、朗らかに生きることが出来る世界だ」

 カコ:「止めなさい。母上の御耳に届いたら、皆んな、即死ものよ。イル様のことは毛嫌いされて居るのだから。私達は他の者と比べ、相当の恩義を母上には受けているの。大きな声で損なことを言っては駄目。私達は私達に出来ることをするの」


 イマ:「姉貴は、お母さんに忠実すぎるよ。イマ様は、正しい」


 イマとのそんな会話があってから、しばらくして、セクティは、けたたましい招集警報と共に、女皇府へ呼び集められた。


 カコ:「母上、これは一体!?」

 ナイ:「見よ! イマとミラが反逆を企てた。この傍女に!だ!!」


 ナイは、死の嫡子『即死』のヤムに嫁して以来、自分のことは、「傍女(そばめ)」と言っていた。これはナイ自身が夫に対して立場を弁(わきま)えた貞淑な妻であること、一般に対しては、高位者が背後に居ること、反抗は即死であることを巧妙に言い表して居た。その聡明なナイが激昂し、目は座っている。セクティに向き直ると急激に冷徹な目に置き換わる。


 ナイ:「お前は裏切ら無いだろう?」


 カコのあご下に長い爪を押し立てて、威圧するナイ。


 カコ:「2人の反逆に証拠は有るのでしょうか?」


 平伏し、ナイに聞く、カコ。


 ナイ:「傍女が直々内偵した。意義が、お有り?」

 セクティ:「いいえ、素晴らしい成果です。何の疑い様も、ございません。後は、こちらで処分して置きます。お任せ下さい」


 ナイに全てを見られたのだ。2人とも。なんてことをしたのだ。カコは震えた。裁判もなされない、直行で死刑だ。でも、2人は私の妹妹。なんとか助けたい。カコは必死で考える。半死の2人を見やり、カコはナイの前に傅(かしず)く


 ナイ:「おことは、どうする? 傍女に歯向かうかえ?」


 そう言って、ナイはカコを冷たく見下す。


 カコ:「いいえ、飛んでも有りません。証拠は完璧。反逆は重罪。ならば、極刑も当然と判断致します。私には、母上を裏切る理由が、ございません」


 その言葉を聞いて、ナイは喜悦に酔った様だった。


 ナイ:「そうか、そうか、流石、傍女の可愛いカコ」


 目は、この上なくデレ目と成っている。だが、即座に鬼の形相と成り、言った。


 ナイ:「蹴れ!!」


 カコは、ゆっくり立ち上がると、2人をそれぞれ蹴った。瀕死の2人の嗚咽が響く。


 イマ:「うっ!」

 ミラ:「うっ!」

 カコ:「あとは、お任せ下さい」


 ナイは、声を発したが、体も動かせない衰弱状態の2人への、その非情なカコの仕打ちを確認すると、満足したように、後は任せたと言って、そこを退いた。ナイの気配は去った。ナイが、まだ内偵を掛けているとしたら、私にそれを察知することは、出来ないだろう。今もどこかで見て居るかも知れない。不審な行動は取れない。2人を匿(かくま)うとして、それがバレれば、災厄は私達だけでは収まらない。怒り狂ったナイの激昂の為に、世界は災厄の業火に焼かれるだろう。秘密はいつかバレるもの。それは、私が1番知って居る。だから、半端な隠し方は出来ない。カコは、意を決した様うに液体がすると、クリオネの様になって、幾本もの触手を伸ばし、2人を掴むと食べた。


 セクティ「カコは、二人と共に死んだ。そして、2人は生きている、私の中で。これより私は、カコでは無い。私は、セクティだ」


 セクティの表情は、悲しむと言うより、決意に満ちていた。


 ここはナイの居城。


 ナイ:「傍女は、あの男を許さない。傍女が、あの男に拒絶された訳では無い。私があの男を『拒絶』したのだ。だから、世界は分かたれたのだ。絶対拒絶の強い心が、私に力を与えたのだ。あの男を許さない、などと言う、軽い気持ちでは無い。絶っっっっっっっっっっ対に、許さない!だ!!」


 そう言った女神の目は、いつにも増して血走っていた。1人の男を愛しながら、その愛を得られず、その男を憎み続ける不幸な女性が、そこに居た。そして、センスが無いのも事実だった。これも不幸。


 秘密は、バレたのだ。密告だ。ナイは激しく恐れ、悲しみ、そして、怒った。愛深き分だけ、憎しみを吐き出した。世界は、業火に包まれた。セクティの中のカコは恐れ、失神した。その時を捉え、イマが覚醒する。セクティの髪の毛は、金色となり、イマは、ナイに対する反逆を開始する。イルの希望を叶える為に。


(第21話ㇸ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る