第17話 勉強3

 歴史


 セクティ:「聞いて、ユリ。貴方はアーディアに帰る前に学んで於かなければ、成らないことが有る。そそれは、貴方は自分の利益を第1とせず、全体の利益を考えて選択をしなければ成らないこと。利益の全てを差し出せなどとは言わないけれど。独占は駄目。個人の力は、小さい。しかし、世界は、その小さな力が集って出来ているのです。1人、1人、が勝手な行動を取れば、世界は行くべき方向を失って、最後は分裂してしまうでしょう。分裂するのか、統合するのかは、貴方次第なのよ? だから、ユリ。私が話すことを、しっかり聞いて覚えてね」


 セクティ:「まずは、世界の構造から。ここまでも、触れたところもあるけれど、ここではもう少し詳しく深く掘り下げますね。それぞれの世界には、事情というものが有るのよ」


 絡み合い膠着している今の世界を懸念し、嘆いているように見えた。


 この世界アーディアは、開闢(かいびゃく)神アー様が、お造りになりました。アーは意識です。世界とも言える。アーは、4原神(しげんしん)をお造りになりました。衝動のロア、理屈のオル、悪い感情のナイ、良い感情のイルです。ロアは、欲望を集めて一派を作りました。オルは、論理を集めて一派を作りました。ナイは、重い感情の情念を集めて一派を作りました。イルは、軽い感情の情想を集めて一派を作りました。4元神は、仲が良く家族の様に暮らしておりました。意識には、幸福が住んでいました。平和が有りました。祝福されていました。しかし、平和は、長く続かないものなのでしょうか? ナイは美しかった。ただ、残念だった。性格が残念だった。センスが残念だった。料理が残念だった。ナイは美しかったが、兎に角、残念だったのだ。評判は頗(すこぶ)る悪く、最低の女神と言う、ありがたくない評判を貰ったしまった。アーは、後にやっつけでゴメンと言い訳した。自分の悪評を漏らした者は、悉(ことごと)く、ナイの嫌がらせの対象になった。そんなナイだったが、ナイも恋をして居た。オルは、紳士は小神だったので、オルに心惹かれたのだ。オルは、ナイにもイルにも親切に振る舞った。高潔な雰囲気はナイには、ドンピシャだった。そして、事件は起きた。ナイは、飛び切りの化粧をしてみた。しかし、これが最悪だった。目元を強調したアイシャドーは、そのこと自体が既に悲劇であり、頬紅を譜塗りたくった姿は喜劇であり、はみ出した口紅は血を吐くように見え、それはホラーであった。周りは反応することに躊躇した。その酷さに、オルは思わず逃げ出した。ロアは奔放な性格だったので、腹が捩れるほど笑い転げた。だから、ナイは、ロアを獣として見下し、毛嫌いした。女性は、雌としか思わないロアが、ナイに近づいた時も、ロアを張り倒して逃げたことすらあった。ナイは、同じ女性のイルが嫌いだった。イルは、ナイを姉と慕ったがナイにとって、イルは他人だった。そもそも、何故、お前が歳を若く偽ろうとするのか!? 嫌なヤツ! 揚げ足を取るように、常にそんな感じだった。2人とも美人ではあったが、似ては居なかった。そして、学問も戦闘も料理も競技も、全てイルは優秀だった。憎い。一歩たりともイルの前に抜け出せぬ自分が居る。自分が姉であれば、もっと勝って居なければ、ならないではないか? コイツは他人だ。私は認めない。私が負けているなど許される筈がない。そのように、ナイは自分で自分を傷つけた。こうして傷付いたナイは、世界を裂(さ)いて引き籠(こも)ってしまった。そうして、1人、隔絶地から、全てを俯瞰(ふかん)する者となった。末っ子とも言えるイルは、完璧で美しい女神だった。透き通る白い肌は、見るものを笑顔にさせ、前向きな言葉、暖かい言葉は、聞く者に好意を抱かせた。ナイはイルを憎んだ。恨んだ。殺意を抱(いだ)いた。これを見て、アーは思った。どないもこないも、なりゃしまへんわ、堪忍(かんにん)してーな、と。ナイの居ないアーディアでの楽しげな歌声が、ナイの心を更に蝕(むしば)んだ。ナイは思う。私は居なくても良い存在なのだと。ここで問題が起こった。イルを奪い合ったロアとオルの間で戦いが起こったのだ。ナイは喜悦(きえつ)した。このことに突け込み争いを助長した。誤解(ごかい)の種をバラ撒(ま)いた。どちらも死んでしまえと、哄笑(こうしょう)した。悪意と殺意は、ナイの下に集まった。亀裂(きれつ)は、さらに深まった。悪いことは重なるものだ。折悪しく、開闢神アーは、終焉神ヒーの来襲を感じ取った。アーとヒーが出会う時、全ては終わる。対消滅(ついしょうめつ)。それがアーの直感だ。ヒーを懐柔する為に、ナイは死の御曹司『即死』のヤムに嫁がされた。親の命令である。拒絶は出来なかった。これには暗躍(あんやく)したナイに対する制裁と厄介払いを兼ねていた。ナイは激しく悲しみ、また恨んだ。だが、ナイは即死のヤムから愛された。ヤムは、闇の力の真理を明かした。ナイの力は増大した。闇の力の後ろ楯を得たのだ。世界は、数字と文字とで出来ている。概念であり、言葉である。ナイは、暗い笑みを湛えた。ナイのアーディアの民全てに対する怨恨は、世界の全てに対する呪詛となって、アーディアを蝕むことになる。ナイは、数字を自分の子供として育て上げ、アーディアの霊を刈り取ってやろうと暗い笑みを灯し続けた。その日から、全ては変わった。ロアは、アーの作ったリトルゴッド達に血を授け、息子、娘と称した。血は力であった。血を受けた者たちは、精強であった。と同時に、呪いであった。血は、掟を含んでいた。知を受け継ぐ者は、血に縛られた。力を求める者たちは、皆んな、血を求めた。地に有るリトルゴッドは、皆んな、血に溺れた。そうして、互いに殺し合い、血をロアに捧げる様になった。イルは、心優しい女神である。イルは、争いを憎んだ。イルの願いは、皆んな仲良く健全にである。ちなみにナイは、オルによって拗(こじ)れている。私を見限ったオル。貴方だけは、貴方だけは許さない。ぜっっっっったいに! ぷるるるるる、ガチャリ、ハイ、ナイです。あ、オル! 明日?うん、空いてるけど、何?今晩、付き合って欲しいって? 嫌だ、私、今は結婚してるし〜。(つまり、チョロい)。話が逸(そ)れたが、イルの願いは、完全平和である。しかし、願いは果たされなかった。ロアが暗躍したからだ。ロアは、自分の衝動に素直だ、そういうリトルゴッドだ。端的に言って、ヤ素クザだ。弱肉強食。それが掟、絶対法則となった。だが、それを「良し」と市内しない者が居た。オルである。リトルゴッド達に語り掛けた。求められるべきは、弱肉強食では無く。信賞必罰こそ求められる法では無いか?と。この呼び掛けにロアの子たちは、分派した。2手に分かれたのだ。争いは争いを生み、その終わりは見えないほどだった。イルは打開策を練った。そして、犠牲と代償、報酬の効果を持つ、ホルスを生み出した。相手の労力をホルスで支払い、ホルスは欲しいものと交換する。物と物の間を良く取り持った。争いを回避する手段として使って貰う為に、事と事の間も取り持った。この頃はまだ無いが、裁判が始まると、心と心も取り持った。最初は上手く機能した。ロアが、オルの物を勝手にしやがれ使い毀損(きそん)しても、ロアはイルの定めたホルスをオルに支払うことで、関係は変わらず、続いて行った。ホルスの使い勝手に溺れたロアは、詐欺(さぎ)に手を出した。誠実が問われるホルスの取り扱いに於いて、あってはなら無い、不誠実を混ぜた。巧妙に騙して、大量のホルスをオルからせ占めたのだ。ホルスは力を失った。悪行の代名詞と成ってしまった。イルの願い果てた。イルは悲しみ。その胸は裂けた。そして、世界を満たすエーテルとして、イルは離散した。ナイは、その結果に満足した。美しいイルの消失に会っても、笑うナイはリトルゴッド達の非難の的となった。ナイラディアは、全てが偽物の世界である。残念美人であるナイは、センスに於いても残念だった。ナイは、自分の世界が不評であることも心得ている。だから、いつしかアーの世界を完全コピーする様になった。いわゆる完コピである。セクティは、プロキシである。元はと言えば、単なる数字。カウントであった。カウントは、集まりコードとなるが、使えるコードなのか、使えないコードなのかは、ナイが決める。極めて、恣意的に、独断的に。コード同士は、争いの中に入れられた。兄弟とも仲間とも言える者たちとの終わりのない戦い。別け隔てなく、兄弟とも信じた者たちとの、自らの存在を掛けた戦い。負けた者は、血も無く、また有り触れた数字へと帰って行った。ナイは、強者を求めて居た。物理でも魔術でも。イルが争いを好まないで居れば居るほど、ナイは戦いに、のめり込んだ。2人が正反対なのでは無い。ナイの一方的な感情だった。ナイの戦争好きは選ばれたものだった。他ならぬ、ナイ自身によって。ナイは、自分自身で選び、かつ、その選択をイルに委ねていた。


 ナイ:「アンタ、どっち選ぶの?」

 イル:「こっち」

 ナイ:「じゃ、私はこっち(この時は結婚前だったので、私が自称)」


 万事そんな風だった。イルは争いを好まないのは知っている。イルは争いを好まないなら、私は好きにならないと駄目じゃない。もっと強いコードは無いの!?


 ナイ・・・セクティの生みの親であり、義母。ナイラディアの女皇にして、絶対権力者(ルーラー)。ナイは、残酷な女神である。敵対者は絶対に許さない。許したことがない。そんな狭隘(きょうあい)な性格だ。自身に忠実なカコという存在から上げられる、『秘密』の情報を駆使して、アーディアを背後から操ろうとして居る。


 ナイは、意外にも自分では暴力を振るわない。他人にさせる。共犯者を作るのだ。そうやって、いざという時は、壁にする、囮にする、武器にする、ティッシュにする。使い方は、その時次第。使い捨てればよいのだ。ナイは、対象に近付き、そっと囁く。この囁きこそがナイの力だ。心の部分で最も弱い『弱点』に軽く息を吹き掛けるだけで、対象は揺らぎ、自信を失った。そして、導かれるように、操られた。そして、その力に安定感を与えるもの。それは、夫たる『即死』の外神ヤムだった。外神は『終焉』のヒーの息子、娘達で、品数は膨大で把握し切れて居ない。死、病、老、傷は、人生のどこにでも姿を変えて、存在して居る。闇の力を背景に得られた『懼鬱(くうつ)』を、ナイは闇に送り続けた。マッチポンプである。闇の無限とその知恵は、今日もリトルゴッドの『懼鬱』を作り続けるのだった。


 怪物・・・モンスタやゴーストの分類は分からないことが多い。以前は、外神であるヒーの1族と見做されていたが、最近の研究では、疑問を投げ掛けられるようになった。つまり、『未詳(みしょう)』である。一般的なリトルゴッドであるなら、自己の範囲と言う物は、自分、親族、地域、国家、世界と拡大し、愛の範囲もこれに準じる物なのだが、これが全く出鱈目で予測が付かないのだ。自分だけっ!とか、極端な例は、寧(むし)ろ通常であろう。優先順もバラバラであり、安易な決めつけは危険である。問題は、その圧倒的な攻撃力である。一般レベルのコモンゴッドは、戦いを避けるのが賢明であろう。それ故の怪物である。彼らの思考は独特で読み辛く、友好的な者も居るかも知れない。しかし、統計的には信用は危険と考えます。つまり、良く分からないのです。良く分からないものに、命を預ける訳にも行かないでしょう? そう言うことです。怪物たちを生む力。それは力の歪みです。力の歪みは、水面に歪みを生みます。そこに贔屓(ひいき)が現れます。贔屓は羨望を生み、羨望は不満となって高く積み上がり、やがて恨みとなって崩れ落ちるのです。しかし、それ無くて池や沼は生きているとは言えません。通常の水面の揺らぎは、あるのが普通。悩ましい部分ですね。贔屓は、歪みと腐れを生みます。そして、それに溺れれば、人は汚れに落ちるのです。その圧倒的な力の驕(おご)りが、沼の怪物たちを生みます。世界は堕落するのです。ナイの思い通りになるのです。だが、時々、道に迷った怪物が、私の沼に辿り着くことがあります。怪物たちは、歪みに乗じて生まれる者達だからです。処された怪物たちがどうなっているかは、分かりません。未詳なのです。どこから来て、何処に帰るのか分からぬ未詳の存在。それがカナンを始めとする怪物です。


 セクティは、滔々(とうとう)と語って来た物語にひと段落を付けると、手に持った黒いファイルをパタンと閉じ、右手に持った白い指し棒を添えて、クルンと横方向に1回転すると、いつもの黒衣の姿に戻った。


 セクティ:「疲れたでしょう。少し休憩しましょうか」


 セクティは、そう切り出すと、どこからかバスケットを取り出し、中を開けた。中にはサンドイッチ的な何かが入っており、とても美味しそうだ。


 セクティ:「母上は、家事全般は、残念な女性(ひと)なので、教えて貰ったことは無いけれど、こう言うことは、ファイタの時には、役が回って来る物なのよね。その時に教えて貰いました。ガミガミ言われながらね。親切心からで無く、自身の手間を省く為の利己心からだったけど、その時、腐らずに一生懸命に学んでおいて良かったわ。今、ユリ、貴方に食べて貰えるのだから。召し上がれ」


 セクティの勧めも有り、ユリはその1つを取って食べた。


ユリ:「美味しい! 素材はお母様の超豪華なサンドとは違うけど、普通の素材で、こんなの食べられないよ! 美味しいです」


 その後もユリはセクティのサンド的な物を次から次へとパクついて行く。セクティが嬉しそうに見守る中、ユリはそれをパクパクと食べ続ける。


 セクティ:「良いとこの肥えた御口に会いましたようで、大変安堵しております。ここでは素材を集めるのも大変なのよ。ユリの口に合うか心配だったのだけど、気に入って貰えたみたいで良かったわ。ありがとう」

 

 カコラディアでは、チックが涎(よだれ)を垂らし、タックは直立して居るがワナワナして居り、テータが手に持ったファイルで目を覆い、視覚にサンドが入らないように隠して、必死に絶えて居る。


 チック:「セクティ様〜。早く食べて下さいよ~。わたしたちもパクパクしたいです〜」 


 チックは、待ち切れずセクティを促す。


 セクティ:「ふふ、ユリが食べているのよ。それが落ち着くまで、ちょっと待ってね。この分だと全部食べてしまうかも!? そうなったら替えは無いし、私も困るわ。もう少し待って。ねっ」


 そうカコラディアの上部スピーカーから、フェアリ達に伝える。


 チック:「あ〜、ユリ様、全部食べないで〜、お腹に貯まる訳では無いけれど、美味しいサンドを食べたいのです〜。セクティ様のサンド〜」

 タック:「オイラの味覚で、バッチリ伝えてやる。だから、どっしり待て、どっしりとだ」

 テータ:「でも、貴方、ぷるぷる震えっ放しじゃない。何なのその震えは」

 タック:「馬鹿野郎! セクティ様のウマウマサンドだぞ! 全身のギアを最大に高めて居るだけだ」

 チック:「わたしはもう駄目です。ぶひゅるるる〜」


 萎(しぽ)んだ風船の様にチックがダウンする。


 テータ:「あ、チック、しっかり!」


 サンドが見えないファイルの角度を維持したまま、テータはチックを介護する。タックは、ぷるぷる継続中だ。そんなことがカコラディアで行われていることに、全く無関心のセクティは、ユリにジュース的なものを勧める。


 セクティ:「慌てないでね。まだ沢山有るから。これもどうぞ」

 ユリ:「ありがとうございます。ん、ん、げほげほ」


 ユリは慌てて食べたので、噎(む)せ返った。


 セクティ:「これで押し流して」


 ユリはセクティに勧められた、ジュース的なもので、サンドを押し流す。


 ユリ:「ぷはっ、苦しかった。急いじゃ駄目ですね。えへへ、あんまり美味しかったから」

 セクティ:「ちゃんと噛んで食べないと駄目でしょ」


 ユリの食べっぷりが落ち着いたのを見て、セクティはサンドを1つ摘んで口に入れた。


 タック:「来ましたーーーー! これは美味い!!」

 テータ:「やっぱり、セクティ様のサンドは美味しいわよね」


 タックとテータは、お互いのサンド論などを、ぶつけ合って居る。だが、起き上がらないチックに気が付いたタックが、チックをコツコツと小突く。


 タック:「おい、チック、もうセクティ様はサンドを食べて為さるぞ。返事しろ、チック」


 そうして、再度、つつく。


 チック:「死者は美味しい思いは出来ないのです。もぐもぐ」

 タック:「なんだよ、バツが悪くて、起きて来れなかったのか。アホくさ、心配して損した」

 テータ:「こ〜言うのも、仲が良いって言うんですかね?」


 テータは、関係の複雑怪奇な玄妙を見た気がして、暖かくも、冷たい幽玄の地に入り込んだ気がしていた。


(第18話へ続く)

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