第15話 勉強

 ユリ:「ラーハムは、ボクにとって、最高の友達なんだ。だって、上手く言葉が見つからない、そんな時も落ち着いた笑顔で、いつも聞き耳を立ててくれた。ラーハムとは、良くケンカをしたよ。でも、ホクは知っている。ラーハムが全力で戦えば、パピーやマピィより強かったのを。マピィは、ブラコン(兄に恋愛感情すら抱く精神疾患)なので、街に必要部品の買い出しに出かけた時に、男に声を掛けられても、襲われても、何されても、負けたことは無いからね。そんなマピィより強いラーハムの実力は頭拔けている。だけど、ボクとは五分(ごぶ)の力で戦ってくれた。気持ちの良いやつなんだ。友情は戦場で見つかるレアアイテムだと、お母様が言っていた。ラーハムは、ボクのレアアイテムなんだ。ボクは勉強の辛い時、他のことで詰まらないことがあった時も、ラーハムのところに行っていたよ。ラーハムは、いつも頷いてくれた。胸に支えが有る時も、ラーハムのところに行けば、胸の支えは取れたんだ。ラーハムは、ボクが、ボクの心の御医者さんだね、って言ったら、笑っていたよ。そんなラーハムも、片翼のことで落ち込むラーハムは、とても診て居られなかったよ。カラダは良くなっても、超えられないものってあるからね。ボクも習い事が嫌いで、良く逃げ出していたから、ラーハムはボクに似てると思ったんだ。それにラーハムのところに居るときは、お母様も怒りはしなかったからね。喜びもしなかったけど。ラーハムは、ボクの逃げ場に、成ってくれたんだ。そして、その日の辛さを爆発させてくれた。ラーハムの翼は、格好良いしね。翼に触らせてもらった時は嬉しかったな。最初は微笑む程度だった表情もだんだんと豊かになり、ボクに色々なことを教えてくれる様になったんだ。ラーハムはお母様に師事した。お母様を先生と呼ぶ様になったんだ。当初は客人として接していたお母様も、弟子となったお母様は厳しかった。何もそこまでと思うことも有ったよ。翻って、ボクはお母様から、甘やかされても居たんだなと、思い知らされたよ。ラーハムと同じ目線で、話が出来るようになった。あの頃は、ラーハムの声を聞くだけで心地が良かったよ。ラーハムに相づちを打って貰うだけで幸せだった。ラーハムが居ないと困るんだよ。今度はボクが誰かのラーハムに成るよ。心のラーハムにね。ラーハムは、笑ったんだ。ボクは釣られて笑ったよ。実は、上手く言葉が分からなかったけどね。これは取って置きの秘密さ。ボクは、いつかきっと、ラーハムの本当の名前を呼んで見せる。ラーハムは、ボクが助けた天使さん。いっぱいお話したなあ。ラーハムは、とても強いんだ。ボクはラーハムみたいに成りたいなあ~」

 セクティ:「なら早く勉強して、強くならないとね」

 ユリ:「ボクには、まだ希望がある。ラーハムが必ず迎えに来てくれる。先生、授業をお願いします」

 セクティ:(何と言う成長速度だろう。先程まで涙で濡れていた魂とは思えない。これは楽しみだわ。そして、不安でもある。制御する必要がある時、私に制御が出来るだろうか?)


 セクティは曖昧な不安を感じていた。そこに嵐が舞い来たる。ミラである。ミラが片付けに疲れて、ベッドに救いを求めた機を逃さず、セクティはミラのアバターのデチューンを実行したのだった。ミラが不満をぶつけてくる。


 ミラ:「片付けが、ひと段落したから、ひと眠りしてみたら、起きたら、体がちっちゃくなってるじゃねーか。カコ姉、何してくれてるんだよ!」

 セクティ:「貴方が寝るのを待っていたのですよ。作業は手早く終えさせて貰いました。サイズも小さくなったのだから、部屋の使用感は変わらないはずでしょ。むしろ、広いかも。大体、私の魂への負荷も考えて頂戴。貴方は、小物を作り過ぎるわ。協力して頂戴」


 これを言われると、ミラの心の中で、再び、居候問題が噴出する。


 ミラ:「ん〜、しゃーねーな。分かったよ! でも、これ以上は、駄目だからね。何かを変えるときは、ちゃんと相談してからにしてよね!」

 セクティ:「分かりました。じゃあ、仲直りしてくれる?」

 ミラ:「カコ姉は、全て敗北条件を勝利条件に変えて行くんだ。頷くしかないじゃん・・・」

 セクティ:「お褒め頂いまして、どうも」


 セクティは、ミラの皮肉に笑顔で答えた。


 セクティ:「本当はイマにも起きて欲しいけど、今はユリに勉強して欲しいことが、いっぱい有るから、イマのことは、いったん忘れましょう。忘れることも、思い出すことも、自在に出来て、初めて記憶の操作者と言えるのでは無いかしら? カナン達から見れば、私達こそが無限で無尽蔵と見えるのよ。今は、イマのことは一旦置きます。ユリ、貴方の勉強の支援をする為に。ラーハムさんが来る前に勉強して、ラーハムさんに褒めて貰えるようにならないとね」


 ユリ:「はいっ!」


 ユリは張り切った。円(つぶら)な瞳は輝きを充たし、やる気と希望に満ちて居るようだった。


 セクティ:「まず、意思の五態について。意志、欲望、論理、情緒ですが、最後の情緒は、良い情緒と悪い情緒に分けることが出来ます。そこから更に六つの感情に分岐します。混ざり合ったりもしますから、その分岐は千変万化です。情緒は、歓喜、悲哀、憤怒、恐怖、安堵、驚愕です。歓喜、安堵、驚愕は、良い感情。悲哀、憤怒、恐怖は悪い感情です。しかし、歓喜でも、濁った歓喜は悪い感情、淀んだ安堵は悪い感情、粗雑な驚愕は悪い感情です。澄んだ悲哀は良い感情、切り裂く怒りは良い怒りは良い感情。静謐な恐怖は良い感情。感覚の楽快と痛苦。好みの好親、嫌疎、信頼、疑惑、愛恋、憎恨。意識の解悟、懊悩、感動、葛藤、希望、絶望があります。意志には、善意、悪意、愛意、敵意、誠意、殺意が有ります。欲望には、食欲、性欲、物欲が有ります。論理には、肯定と否定しか有りませんが、ここに仮定、条件、限定など、特殊な付属詞が付くことが有ります。これは沼と呼べるほど有りますので、ここでは割愛します」


 ユリ:「先生〜。意思とは何ですか?」

 セクティ:「私達の思考、そのものね。思惟と言っても良いかしら」

 ユリ:「先生〜。意志とは何ですか?」

 セクティ:「行動を決める精神力よ」

 ユリ:「先生〜。欲望とは何ですか?」

 セクティ:「人には、衝動が生まれるのだけど、その衝動の終着点よ」

 ユリ:「先生〜、論理とは何ですか」

 セクティ:「理屈によって導かれる帰結よ」

 ユリ:「先生〜:情緒とは何ですか?」

 セクティ:「意識を支配する流れです。先に、説明したけれど、良い情緒と悪い情緒が有ります。衝動も理屈も、これらを支配しようと争って居るのです」 

 ユリ:「先生、意志から説明して下さい」

 セクティ:「意志には、善意と悪意、愛意と敵意、誠意と殺意が有ります」

 ユリ:「それぞれに付いて説明して下さい」

セクティ:「善意とは、善かれと思ってやる信念の位置です。悪意はその逆で善意とは逆の位置に立つことです。この両立は有りません。愛意は執着の局地です。敵意は同じく愛意の対局に有り同じく愛意との両立は有りません。誠意は純心とも言えますが、善意の究極です。殺意前の2つと同じく誠意との両立は有り得ず、悪意の究極の形の現れです」

 ユリ:「ありがとうございました。欲望について、教えて下さい」

 セクティ:「食欲は、食事の為の衝動。空腹などと、密接な関係があります。欲は避けたり、嫌ったり、するものでは有りません。必要だから、備わっているのです。むしろ、正常な欲望を阻害する心の動きの方が生命にとって害悪であると言えます。性欲は、生命を繋ぐ衝動。溺れても、可愛ても、狂い易い衝動。物欲は、吝嗇と浪費の狭間で揺れる衝動です」

 ユリ:「先生〜、論理とは、何ですか?」

 セクティ:「論理には、端的に言って、肯定か否定しか有りません。理屈によって、肯定と否定は選択され、構築されます。肯定と否定は、様々に絡み合い、個々人の世界を構築しています。似通った人履いても、全く同じ人は、居ない筈だし、これからも出ないでしょう」 

 ユリ:「先生〜、情緒について教えて下さい」

 セクティ:「歓喜、悲哀、憤怒、恐怖、安堵、驚愕が基本感情です」

 セクティ:「楽快と痛苦、好親と嫌疎、信頼と疑惑、愛恋と憎恨が有ります。これらは対になっており、楽と痛、快と苦が、それぞれ対に、好と嫌、親と疎が、それぞれ対に、信と疑、頼と惑がそれぞれ対に、愛と憎い、恋と恨がそれぞれ対に成っています」

 セクティ:「解悟と懊悩、感動と葛藤、希望と絶望が、それぞれ対とい関係になっています」

 ユリ:「セクティ先生、悩みや苦しみから、逃げるには、どうしたら良いですか?」

 セクティ:「ユリ、それはとても良い質問ですね。リトルゴッドの霊は、今までも、そのことで悩み続けてきました。しかし、変わること無く、リトルゴッドの魂は、同じ問いを繰り返すでしょう。如何にすれば、悩みや苦しみを避け、幸せに近付くことが出来るのか?とね」

 ミラ:「そんなの良い方法なんて考えてるだけ、時間を損しちゃうよ。どれだけ壁を築いたって、カナンの奴らは隙間を探して、入ってくるよ。あたしなら、でたとこ勝負でいくけどね考えるなんて、性に合わないし」

 セクティ:「貴方は貴方で問題有りそうね。ただ、理詰めでは、幸せに成れないていうのはあるかもね。物事は決断の連続。しかし、条件の出揃わないまま、決断を迫られるクソゲームード。直感と運が試されるシーンは、多く有りそうね」

 ユリ:「つまり、直感を磨けと? どう磨くんです?」

 セクティ:「場数と思い込みかな? 私は、統計分析派なんで、イケイケ派のミラさん、ユリ君の質問に答えて貰って良いですか?」

 ミラ:「えっ!? あたしが答えるの? (カコ姉のやつ、あたしに投げて、落しようとして・・・、しかし、ヤバいぞ。あたしが勝ってきたのは偶然だったのが、バレてしまう。ここは1つハッタリで凌ぐかか?) 運というのは、エーテルの流れが関係して居りまして、普段は見え難いエーテルも、日々精神を研ぎ澄ませることで、見える様になるのです。(適当だけど、凌げたかな?)」

 ユリ:「おー、エーテルが関係してたのか。エーテルと言えば、ボクは既にお母様に教えて貰ってるけど、エーテルはホルスとも関係が賦課金だよね。イル様は、消えて何処に行かれたのか?」


 ユリは以前から気になっていた、十悪(じゅうあく)について聞きて見た。


 ユリ:「セクティ先生、十悪というのの説明をして下さい」

 セクティ:「十悪というものがあります。頭と体から出る10 個の悪意のことです。これを5・5に分割し、5頭5体ということもあります。頭で考える悪は、・幻想を見ないで、現実を見て。・嘘はつかないで。・悪態はつかないで。・世辞に頼らないで。・偏見に偏らないで。これを5頭悪と言います。次に、体で成す悪は、・殺さないで。・盗まないで。・浮気しないで。ガツガツしないで。・激昂しないで。これを5体悪と言います」

 ユリ:「これでもかってくらい、無理そうな禁止事項を集めてきたね。無理だっちゅーの!」

 セクティ:「幸せと言うやつは、虚弱で我儘に出来ているのよ」

 ミラ:「幸せよ、腹筋と腕立てしろ」


 ミラは、ジト目で言った。


 セクティ:「心の注意点があります。心が陥り易い罠とも言えるかしら。心は汚(けが)れ、腐(くさ)れ、歪(ゆが)み、溺(おば)れます。それは悪であり、罪に行き着くので注意してね。人は、それを知りつつ罪に汚れる。人は満ち足りた時、腐れる。人は力に歪む。人は楽しみの中で、溺れる」


 セクティ:「心の罠を4つ。・嫉妬。・羨望。・激昂。・空虚。ああ、避けられないのか、我々は嫉妬し、羨望し、激昂し、空虚に果てることを・・・」

 

 セクティ:「不快、不安、不信、不審、不満、不平。日常に潜むカナンです」


 セクティ:「避けた方が良いもの。くさい、きたない。逃げないほうが良いもの。いたい、からい、つらい、しゃぼい。逃げて。あぶない」 

 ユリ:「くさいもきたないも普通に避けませんか??」

 セクティ:「そうは問屋が降ろさないってケースが見受けられるから、これはハッチリ言って、嫌がらせね。出くわさないことを祈ってね」

 ユリ:「いたい、からい、つらい、しょぼいから、なんで逃げちゃ駄目なんです?」

 セクティ:「まあ、大した意味は無いわよ。逃げちゃ駄目とか言っけるけれど、逃げないと駄目なことは有るだろうしね。まぁ、安易に逃げにくい頼らない様にしようってことでしょう」

 ユリ:「最後のは、なんかドストレートなんですが? これは・・・」

 セクティ:「あぶないときは、逃げないとね。これ、常識」

 ユリ:「あ、はぃ・・・。(これって、常識の勉強だったの?)」


 ユリは、思って居た。セクティさんて、時々、淡白になるよなあ。でも、そこが、また魅力的、と。頬を染めて、笑顔になった。


(第16話へ続く)

 


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