第13話 天使ラー・ハーム(2)

 ユリは、エリとの食卓を囲んでいた。料理を作るのはパピーで、マピィは給仕をしている。次々と出来た料理が並べられる。2人は人形なので食べる必要が無い。というか、魔力的なものはエリから供給されるから、食事は必要としないのだった。食事というのは、カナンに支払うコスト“糧(かて)"である。カナンは糧と引き換えに力を与えた。リトルゴッドとカナンは、時に敵対し、時に共存した。曖昧な関係なのである。ユリは給仕のマピィの顔をチラチラと見るが、いつものポーカーフェイスである。表情は読めない。ユリは、エリに男のことを聞いてみた。


 ユリ:「お母様、マピィが男の人を運んで来たと思うのだけけど、男の人、どうなりました? 助かりそうですか? ボク、一生懸命、話し掛けたんだ。大丈夫ですか? 元気出して下さい!って。でも、全然、目立った反応が無かったんだ。ボクは、心配なんだ。このまま死んじゃうんじゃないかな?・・・って。まさか、もう・・・?」


 エリは、矢継ぎ早にされる質問を、食事をしながら聞いていた。エリは、ユリの質問を落ち着いて聞いていたが、食事の手を止め、手に持った食器を置いて、淑女の作法に則って、丁寧に口を拭くと、慎重な面持ちで、ユリの質問に答えた。


 エリ:端的に言います。彼は、生きています。しかし、生きては居る、と言った感じ。まだ、余談は禁物の状態です」


 エリの第一声でユリに希望が叶った安堵の表情が現れたが、しかしと、続いた言葉により、再びその表情は暗いものと成ってしまった。エリは続ける。


 エリ:「彼は、天使です。リトルゴッドには直せないのよ。ユリ、リトルゴッドは、どんなリトルゴッドでも数字から成り立っているのは知っているわよね?」天使は数字ではないのよ。天使は、とてもとてもお偉い神様の息から、生まれると言います。だから、リトルゴッドの我々には治せないのよ」


 ユリ:「医者の資格もあるお母様にも治せないなんて、そんな!? あ!! そのヤーという神様なら、この男の人に一回ふぅって、息を吹き掛けて、治してくれないかな??」


 エリ:「貴方は、あの天使様をお連れする時に御宮の外に出ましたね?」

 ユリ:「いやだなあ、お母様、そうじゃ無きゃ、あの人を助けられなかったよ。」

 エリ:「そこでは、有りません。出るとき貴方は苦労したでしょう? 緊張したでしょう? でも、聞くところに依ると、貴方は順調に手続きを終え、何の問題もなく外出したと聞いています。貴方の心臓は壊れるのではと思うほど緊張したのでは無いですか? その感覚は正しい。予定された内部文書でもスムーズに行って、その程度。増してや、外交文書で最高権力者からの慈悲を得ようとするなど、有り得ません。通信の歳月だけで、天使様のお生命(いのち)は、尽きてしまうでしょう。彼の生きたい意志に懸けるしか無いのです。自分ことは、自分で治して頂くしか・・・」

 ユリ:「そんなあ・・・」


 ユリは、母から告げられた残酷な説明に肩を落とした。


 ユリ:「お母様、ボクね、最初にあの人を見て怖いと思ったんだ。ボク達とは、余りに様子が違ったから。でもね、背中の羽根が格好良いと思ったんだ。白い羽根は、美しかった。反応の無い体に呼び掛ける度に翼のことしか見れなくなって、良く見ると翼って、本当に良く出来ている。骨とは違う柔らかな軸が伸びて居り、そこに被膜が一本一本付いている。そして、軽い。被膜には微妙な角度も付いて居るんだよ。本当に芸術作品みたいだ」


 ユリは、エリに天使に対する思いを語った。エリは息子がこれほど情熱を傾ける相手なら、力になってやりたいが、こうまで組成が違うと成れば、出来ないものは出来ないのだ。知恵の力の範囲を超えている。その様なことは、天使フォルカス様より授けらるた『宇宙の情報』にも書かれて居なかった。宇宙では、天使は消耗品。死ねば換えれば終わるのだ。過る虚しさ・・・が、そこで閃き! そこまで考えたエリに1つの閃き。エリは、ユリに語って聞かせる。


 エリ:「ユリ、良いですか? 彼を助けるたった1つの方法があります。彼を助けたいですか?」


 しょんぼりとしていたユリに、輝きが灯る。ユリは、エリが返答を待つまでもなく、エリに答えを聞きたがる。


 ユリ:「助けたいよ! その方法を教えてよ。どんなことでもするよ!! お母様、何をすれば良いの

!?」

 エリ:「彼は心が弱っています。彼自身の心が弱っているのよ。彼を元気付けてやって。彼が生きる気力を持ち直せば、彼は生存するわ。行きなさい。居場所はマピィが知っている」

 ユリ:「はいっ!」


 ユリは、脱兎の如く駆け出すと、マピィを見付け、天使の居場所を聞いた。部屋を駆け出したユリを頼もしさを以て見送ると、傍に居るパピーに語り出した。


 エリ:「天使の存在は、我が家にとっても、アーディアにとっても危険な爆誕になるかも知れない」

 パピー「どういうことで、ございますか?」

 エリ:「あの天使は攻撃を受けて居た。詳しい経緯(いきさつ)は分からないが、天使は天使を攻撃しない。攻撃するのは、悪魔だけだ。攻撃されていると言うことは、恐らく、反逆者。・・・堕天使なのだろう。堕天使を匿(かくま)ったとなれば、外界の全てから黒円を突き付けられた様な物。アーディアの存続が危ぶまれる」

 パピー:「黒丸!! それは世界からの絶縁状!!」

 エリ:「そう、だから、彼の生死は私達の生死でも有るのよ。ユリは、優しい子。彼からは離れないでしょう。酷い様だけど、このまま死んでくれた方が、アーディアの将来、我が家の運命的には安全ではある。例えるなら、道で死に掛けて居た犬を助けましたが、それは死にました的な感じ。その犬が、黒丸で有ろうが、死んでしまったのなら、アーディアにも、我が家にも、全く影響が無い。一番厄介なパターンは、生き残りはするが戦力にも成らぬゴミ戦力である場合。この場合、私はあの男を間違い無く切る。だが、その場合、あの子は私を許さないだろう。それは、辛い、辛い、決断となるでしょう。私が守りたいもの。選び難いものを選ぶ選択。それを思うと、胸が張り裂ける思いがするのよ」


 パピーは、エリの心を推察し、その肩に手を掛けた。


 パピー:「エリ様・・・」

 エリ:「ありがとう、大丈夫よ。身内にも難敵が居る。エン公爵よ。出自不明の辺境から将の位を得た者。私の評価は低いが、あんな人間でも付き従うものは多い。数の多さを背景にやりたいことを進めるタイプ。そもそも、彼の議論には核がない。あるとすれば、自分の欲だけ。自分の利益に成るかどうか。己の利から始まる屁理屈のリトルゴッドを作ればあんな感じになるのでしょう。あの狡猾で偽善好きのあの男が、天使を引き渡さなければ、アーディアが危機だと騒いでいたのよ。勿論、撃退しましたけどね。あの男の言うことは、詭弁と偽善に満ちている。いつも煙で煙ッているようなリトルゴッド。誤魔化し、誤魔化し、誤魔化し! 今回のことだって何を目論んでのことなのか分から無い。そもそもなんで、私の功績も外見もあの男に劣るところは無いというのに、あの無能が私より位が上なのよ!」


 エリは、らしく無く激昂し、机を叩いた。


 パピー:「エリ様、不激昂でございます」


 パピーが落ち着いた調子で自制を促す。


 エリ:「分かってるわよ」


 エリは、恥ずかしさと苛立ちが残った感じに挟まれながら、テーブルに膝を付いて、指で、机を素早く叩いた。


 エリ:「さっき天使の存在が爆弾だと言ったけれど、矛盾するけれど、マピィが連れ帰ったのは、悪いことばかりではないと思って居るの。むしろ、ファインプレイ。良くぞ、戦利品として登録した。そう思ってる。これは密入国の盲点。天使は、我が家の戦利品として登録されている。だから、我が方の戦利品を取り上げるなら、同じ理由なら、そちらの戦利品であっても没収されても良いものと考えて宜しいか?と切り替えしたやったわ。そしたら、エンの奴、途端に尻込みして、引き渡しの件は、私に1任してきたわ。アーディアのことを考えるなら、断固として天使を取り上げるべき。そして、送還すべき! しかし、そうしなかった。何故か? それは、未来に手に入れるであろう巨大な戦利品を手放したく無かったのよ。彼が想定する巨大な利益・・・、何を意味するのか、煙っていて姿が見えない。フォルカス様から譲り受けた宇宙の情報を盾に確信をチラ付かせれば、議会は私に味方してくれる。向こうが手放した権利だし、戦利品の所属は、こちらの自由でしょう。あの男は、結局、自分第一の嘘つきなのよ。良い気味だったわ。マピィに感謝しないとね。急いで居たから、検閲の手間の無い戦利品として、直搬入(ちょくはんにゅう)したのだろうけど、今回は私達に運が向いた。まだ、難関はいくつかあるけど、ひとまずは・・・って、ところね」


 エリは、力を抜いて背もたれに体を預けた。エリの気性は、もともと荒いのだ。今でこそ淑女然としているが、女傑として名を馳せた時期もある。戦乙女の気質が、今だ、失われて居ない片鱗を見た気がして、パピーは嬉しかった。


 ユリはマピィに導かれ、部屋に入ると天使は、そこに居た。傷付いた片翼の天使だ。目は虚ろで表情も死んでいる。生きているのが、不思議なくらいだ。


 ユリ:初めまして、ボク、ユリです。本名は、ユリセウ・パスプ・ウルクです。長いから、ユリで良いよ。凄いね、ボク、天使さんて、初めて見たよ。草の中に隠れて居たのかな?なんて思ったりね。あはは。でも、ボクに見つかったのは幸運だよ。あそこに、あのまま、居たら、死んじゃってたよ」


 ユリは、虚ろながらも生きている天使を見て安心し、関係のない四方山(よもやま)話を天使にし続けた。全て天使に元気になって欲しいという心使いからだった。天使は、少年の話には、全く興味がなかった。お気楽で、些細なことに不満を漏らす、そんな人生に何の価値が有るのかと。全く不公平だ。生まれたときから、最低の生活を強いられた、自分の運命とは何だったのか? その理不尽に一矢報いられるなら、どんな苦労でもしてやるのに。この子供をくびり殺せば、それが成し遂げられると言うなら、それをしよう。だが、なんの気力も湧かないのだ。詰まらない、何もかもが詰まらない。ユリの言う四方山話に見切りを付けた、ラー・ハームは呟(つぶや)いた。


 ラー・ハーム:「本当に余計なことをしてくれた・・・」

 ユリ:「え?」


 意外な天使の言葉に、ユリは言葉を失ってしまった。硬直しているユリに、ラー・ハームは、言葉を重ねる。


 ラー・ハーム:「本当に余計なことをしてくれたって、言ったんだよ。あのまま、死んでしまいたかった。良い死に場所だと思ったのに。絶望し、死に逝く者には、ピッタリの場所だったんだ・・・、それを・・・、それを。俺には、死に場所すら与えられないのか。不公平た、何故、俺だけが差別される・・・」

 ユリ「駄目だよ、そんなに簡単に死にたいだなんて言っては。生命は平等、生命は公平なものだよ」

ラー・ハーム:「は!? 笑わせるな、生命が平等だと!? そんな平等では無い命なら、沢山見て来たさ。そして、今の俺が、絶賛差別のどん底の男さ。笑えよ! こんなどん底で、子供に説教を垂れられている。情けない、いっそ、お前が俺を殺してくれ・・・」


 力無く、そう言ったラー・ハームだったが、少年が自分を殺す気配が無いのを察すると、やおら剣を取出し、自らの首を斬ろうとした。


 ユリ:「駄目!!」


 ユリは、ラー・ハームの体の上に被さり、これを阻止した。本当に死ぬ気が有るのであれば、子供の体ごと自分の首を跳ねることも出来たのであろうが、ユリの否定の言葉でラー・ハームの心は容易に打ち砕かれてしまっていた。ラー・ハームは剣を投げ捨てた。


 ラー・ハーム:(何故、この子供は、俺の生命を救おうとして、自らの生命を危険にさらし、惜しげもなく、その生命を差し出せるのか?? 理解不能! 理解不能!! リトルゴッドと言うものは、こう言うものなのか? 全く分から無い。天使には分からない考え方だ。俺は天使失格だ! だから、翼も無くしてしまった。翼が2枚無くては、飛べはしない。飛べないのなら、もう1枚の翼なんて要らない!)


 そう思ったラー・ハームは、弱く虚ろだった姿を捨て去って、すっくと立ち上がり、、またもどこからか剣を取り出し、1枚残った翼を傷付けた。天使は苦痛の声を漏らした。ユリは、ラー・ハームに組み付き、叫んだ!


 ユリ:「止めて! 何で翼を斬ろうとするの、 大切な翼じゃない。切ったら痛いし、もったいないよ」


 ラー・ハーム「何が勿体ないものか。お前は片翼で飛んでいる鳥を見たことが有るのか?」


 ユリ:「無いけど・・・」

 ラー・ハーム:「ほら、見ろ、良い加減なことは言うものじゃない」

 ユリ:「でも、天使さんの翼は綺麗だよ」

 ラー・ハーム「子供の癖に何が分かる。俺は天使に幻滅した。俺は、信じる仲間も故郷も無くしてしまった。信じる物が無くなってしまったんだ!」


 ラー・ハームは、自分が抱える絶望を吐露した。それは真黒な吐瀉物だった。しかし、ユリは、そんな吐瀉物は跳ね除けた! 強固な防水コーティングが施されて居るかのように!!


 ユリ:「分からないよ! 子供だからね!! でも、天使さんは、ボクを既に助けている! 無駄な生命なんて無いんだ! 天使さんが、居なければ、ボクは困ってた! もう助けてくれているんだよ。マピィが、ここに来た時に教えてくれたよ。ボクが無くした、化粧品の紙袋。持っていたのは、天使さんだって。ずっと御礼が言いたくて、言い出せる時を探していたんだ。それが・・・こんな言い合いに成ってしまって、ボクは・・・悲しいよ」


 ユリは、ずっと言いたかった感謝の気持ちを伝えたが、もっと温かいムードで言うつもりだったので、当てが外れて、シクシクと泣いた。ラー・ハームは、知らないことで感謝されている様で、不思議な気持ちに成っていた。


 ラー・ハーム「俺が持っていた紙袋?? なんのことだ? あー、そうか、子供が来るちょっと前に姿を消したカナン達が何かをえっちらおっちら運んでたっけ? カナンの奴らのにやけ面を見てたら、腹が立って追っ払ったんだったかな? 何かを落とした気はするが、見て居ないから知らない。俺は、にやけたカナンが嫌だっただけだ」


 天使は、自傷にもやる気を無くしその場に倒れ込んだ。ラー・ハームは、幻視を見た。虚無がラー・ハームを飲み込もうとしている。好きにするが良い。自分には、この虚しさすら心地良い・・・。そう思って居ると、駄目だよ!と誰かが胸を叩く。リトルゴッドの少年だ。何故、この子は俺に執着してくれる? こんな何の価値も無い俺に。お前とは、さっき喧嘩をしたばかりじゃないか。分かったら、さっさと向こうに行け・・・


 ラー・ハームが、そう思った時、もう1つの幻視がラー・ハームを襲う。ユリの背後に迫る多くの邪悪リトルゴッド、・・・そして、カナン、エンジェル。幻視は告げている。この子を守れと。ハッと我に返ったラー・ハームは、ユリがこちらを心配気に見守っているのを見上げた。ラー・ハームは、少年の名前を聞いた。


 ラー・ハーム:「・・・お前、名前は?」

 ユリ:「ホントの名前は長いから、ユリで良いよ!」

 ラー・ハーム:「ラー・ハームだ」

 

 2人はお互いの顔を確認し、微笑みあった。ユリは、ラー・ハームの名前が覚え切れなくて、良く間違えた。


 ユリ:「ボクの初めてのお友達になってくれますか?」

ラー・ハーム:「ああ、良いよ」


 ユリは、初めての友達に嬉しさを爆発させた。しかし、名前が覚え切れなくて間違えた。


 ユリ:「ラウラムさん?」


 ユリは、なんか違うなあ?と言った感じで顎に手を添えるが、ラー・ハームは、訂正することはせずに、ただ微笑するのだった。


(第14話に続く)

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