第8話 背後で蠢くもの

 セクティは、ミラが投げ出したユリを確認するために、ユリの元へ駆け出していた。ユリの乗っている幼年用のベッドは、もともとセクティが用意していた物で、品質は問題無い物だ。ふかふかのベッドだ。


 セクティ:「け、怪我は無い!??」


 ミラに投げ出された心理的ショックで茫然としていたユリは、見知らぬ美少女の身体検査を受けていた。敵意よりも善意と受け取ったので、ドギマギしながらも、なすが儘(まま)にされていた。懸命に怪我の有無を確認する少女にユリは釘付けとなった。


 ユリ:(可愛い・・・)


 少女の声は、母に似ていると思った。母を思い出す優しい声に、ユリの心は救われた。セクティの確認作業を傍観しながら、ユリは考えた。


 ユリ:(ミラさまは、魅力的だけど、なんか分からない人だったな。

先先に進んで、とても追いつけないよ、その点、この女の子は、落ち着いてて、本当にお母様みたいに優しいな)


 セクティは、懸命に身体検査をする。セクティは的確に確認作業をし、重要部分を手短に見終える。ひとしきり確認を終えると、安堵した様にユリに語りかけた。


 セクティ:「ふぅ・・・、外傷は無いようね。痛いところは無い?? ミラったら、乱暴なのだから・・・(ぶつぶつ)」


 膨れた顔も可愛いなと思いつつ、ユリは思い切って聞いてみた。ミラが言っていた、自分から動けと言う台詞を思い出したからだった。


 ユリ:「あの、始めまして。ボクはユリです。ユリセウ・パスプ・ウルクと言います。君は誰ですか?」

 セクティ:「あ、今、アバターだったわね。ごめんなさい。私、セクティよ。アバターと言うのは、権化体(ごんげたい)という支配下なら発現させられる自分の疑似体(ぎじたい)のことよ。今は妹のミラが貴方に、無礼を働いた上に、投げ出す暴挙に出てしまい、申し訳ありません。謝罪させて下さい。後は頼んだですからね。勝手なことをと思ったけど、貴方の怪我は貴方にとっては重大時ですからね。確認に来たのです。外見は大丈夫、貴方は痛いところは、無いかな?」

 

 ユリはドギマギした。ミラの大人の魅力も良かったけれど、幼体のこの子の魅力も捨てがたいと思ったのだ。


 セクティ:「どうかした?」


 セクティは、ユリの頬が紅潮していることに気が付いた。頬を付けて確認する。顔が近くに来て密着する。ユリは母には感じなかった胸の高鳴りを感じ、セクティを突き放した。


 ユリ:「ロアーーーーーっ!!」

 セクティ:「きゃあ!!」


 ユリがセクティを突き飛ばした拍子にセクティはバランスを崩して転けた。意外と力は強かった。


 ユリ:「ごめんなさい、ごめんなさい」


 何故、そんなことをしたのか、ユリにも分からなかった。ユリは理由の説明も出来ず謝った。ユリの態度から、自分の行動が原因なのだと察したセクティは、ユリに謝った。


 セクティ:「ごめんなさい。私は興味が出ると周りが見えなくなることがあるのよね。貴方は、異性にまだ耐性が無いのでしたね。気が付くのが遅れて、ごめんなさい(ロアーー!とは、衝動を禁欲と結びつける時に、上位者が叫ぶと聞いたな)」


 ユリは、その時、悪いのは理由も無く突き飛ばした、自分の方であるはずなのに、自分を気遣ってくれて謝るセクティに、更に申し訳ない気持ちで満たされた。


 ユリ:「ボクは、おっちょこちょいだから、気を付けなさいって、良くお母様に注意されていたんだ。これは、きっとボクがおっちょこちょいで・・・」


 自分を責めるユリにセクティは、憐れみを感じ深考(しんこう)する。


 セクティ:(自分1人が責任を負おうとすれば、その重荷を私ごと背負おうとするだろう。幼くして、何と言う責任感。この様な魂を作り上げたユリの母親とは、どんな人物なのだろう?)


 俄然、ユリの母親に対する興味を掻き立てられたセクティは、ユリに尋ねた。


 セクティ:「ユリ、貴方のお母様について、聞かせて貰って良いかしら?」


 ユリは単純だ。話の方向がエリの話題となると、元気を取り戻し、溌溂と、これに答えた。


 ユリ:「ボクのお母様は、エリ。いつも御付きのパペットとマペットを連れているよ。2人は、お母様が作った人形だよ。でも、人形とは思えないくらい、口達者で働き者だよ。兄のパペットは、ボクやお母様は、パピーと呼びます。妹のマペットは、マピィと呼ぶよ。2人は料理が上手なんだ。ボクはまだ飲んだことが無いから、分からないけど、お酒の選定なんかも、上手いらしい。掃除と洗濯はお母様の仕事。お母様は、綺麗にするのが、好きみたい。パピーとマピィは、とても仲の良い兄妹で、喧嘩をしているところを見たことが無いよ。ボクが信頼している友達さ」


 ユリは、その後も3人での思い出を、とうとうと語り続けた。しかし、セクティが欲しい情報は、そういう話では無かった。この何の罪もない純粋無垢な魂が巻き込まれた『嫉妬』と『打算』の陰謀。ナイの娘として認められた卓越した能力。それは・・・


  "他人の殺意を嗅ぎ分ける力"


 それがセクティの本体、カコの能力であった。それがビンビンとセクティの感覚を刺激しているのだ。セクティは思った。ユリの報告だけでは、ユリが巻き込まれた災難が、小さな偶発的事故なのか、大きな必然的陰謀なのかは分からない。むしろ、報告を信じるなら、前者といった感じ。しかし、感覚は背後に潜むダークマターの存在を示唆している。ダークマターで有るがゆえに、知覚することは出来ない。セクティには、もう1つ確信があった。それはユリ救出を依頼してきた、眩しさを引き連れた謎の女神ハーの存在。Xゴッドと目される、その女神は、Xゴッドであると推定された。Xゴッドが依頼をしてきたユリ失踪に、他のXゴッドが絡んでいないとは、セクティには、どうしても思えなかった。如何なる力の作用によって、私の前に現れたのか? 小事(しょうじ)にはXゴッドを動かす力は無いと思う。その確信が、セクティの中にある弱い、吹けば飛ぶような論理だった。


   "だが、確かめたい"

  "背後で蠢く物の正体を"


 そんな青白い炎がセクティは、灯るのを心の内に感じていた。


 セクティ:「ユリ、貴方が溌溂と養育されたことは良く分かったわ。でも、それでは、私の知りたいことが分からないの。だから、貴方のコードを解析剳せて欲しいの。貴方の許可が欲しいのよ。ワタシを信用してくれる?」


 この小さな魂の周りには、一体、何重の未知の力が渦を巻いているのだろう? 自分に力さえあれば、それを今にでも、一蹴して、その闇を払い、この澄み切った魂に青い空をプレゼント出来るのだけど。そんなことを思わせる不思議な魂だ。だが、ここでユリに拒絶されれば、出掛かりは途絶える。リトルゴッド達が、見えない大きな力で踏み潰される幻覚を見た。意を決して、もう一度、セクティは聞いた。


 セクティ「貴方のコードを調べさせて欲しいの」


 ユリ:「ミラさんの言った通りだ。望まなくても、厄介事はやって来る。この選択は、大事なことなんだね? セクティさんが、檢べるなら、信用します。裏切られても、ミラさんが言った、裏切られる喜びには近づけるかな?」


 ユリはセクティを真っ直ぐに

 見つめ思いを込めて、言った。 


    ユリ:「良いよ」


 セクティは、手を翳(かざ)して、ユリのコードを読む。ユリのアバターにコードが浮かび上がる。


 本名:ユリセウ・パスプ・ウルク

   ソウルスペック:125


     リック:『夢想』


      父親:テュー

     母親:エリアーデ


 セクティ:(なんですって!? ソウルスペックが125ですって!?? 伝説の英雄と言われたアルス様が、ソウルスペック:106と聞いたことがある。これはスピード・パワー値だろうから、技巧力や忍耐力、思考力、魔法力なんかは、別途判定と育成になるのだろえけど、これは破格の逸材。光の女神が躍起になるのも分かる。それにリックが『夢想』と言うのは、どういうことなの?? 願いを形に変えてしまうリックだと言うの? 私が先ほど、この子から了承を得られないと想像したときの不安の正体。それが、これなのだわ。夢想が潰(つい)える。これほど残酷な言葉は無い。まさに一歩、手前。ユリは、踏み出してくれた。私の調査が成功することに、自分でも自分の才能に自信が持てぬものだ。それを相手に託し、処分を相手に委ねる。まさに俎板(まないた)の上の鯉。ユリは乗った、俎板に。私は託された訳だ。ユリを育て、お客様に差し出す、板前として。演じましょう、板前を・・・)


 初めての役割りを求められた役者の様に、セクティは服の紐をキュッと締めた。最近は、些(いささ)か温(ぬる)い生活を続けていたので、久しぶりに胸の高鳴りを感じるセクティが、そこに居た。


(第9話へ、続く)




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