第5話 裏切りには、誠実さを

 セクティは、残された屑の選別に勤しんでいた。どれも売値は付かない廃品の為、時折、無差別に出現する『穴』にでも放り込む他ないだろうなと、セクティは思っていた。それよりも、どうにか売値の付きそうな、いくつかの珍品の売り先を見つけねばならないのが、問題であった。そんな思案に暮れるセクティに、脳内で語りかける物が居た。ミラである。ミラは、イマに同調して参加したいナイへの反逆を問われ、黒丸対象者とされ、ナイによる半殺し精彩を受けたのだった。そして、半殺し制裁の始末の密命を受けたのが、3人の長女であるカコだった。カコは悩んだ。2人を助けたい。だが、ここで問われているのは、2人の生死ではない。カコの忠誠の有無だ。カコの選べる道は限りなく狭かった。だが、彼女は選び成し遂げた。『特異』であり、『奇跡』の道を。カコの選んだ道は、裏切らず、2人を生かす道。そうして、生まれたのが、1つの体に3重の魂を宿す 『秘密』の女神カコだった。カコは、名前を変えた。2人の魂を背負って歩く、そんな決意と共に。だが、イマは今だに覚醒せず。存在すらも不明である。


 ミラ:「イマ姉、なんで起きて来ないんだろうね?」

 セクティ:「知らないわよ。私が聞きたいくらいよ。そもそも、居ないかも知れないから、心配しているのよ」


 自由を尊ぶミラには、背負い込むカコの生き方は、理解できなかった。その態度には、嘲りと嘲笑も含まれているのだが、そのカコの生き方によって、生き延びている真実が、同じだけの敬意と感謝の源泉ともなっていた。


 ミラ:「カコ姉も苦労するねぇ。秘密の女神のカコ姉が、秘密に悶(もだ)えるてのも、シュールやね」

 セクティ:「死の神も死に怯えるのよ。私達とは義理の関係だけれど、お父上も『死』を恐れて、いつも逃げ回っているもの。世の中、そんなもんよ。『皮肉』の神は、皮肉に苛まれるの。この世は『矛盾』に満ちているわ」

 ミラ「ふ〜ん。それじゃあ、イマ姉待ちか。それで、あの子は、どうすんだ? もう目を覚ますんじゃない? そっちに行って良い?」


 カコの魂の配置は、3分画されており、カコの居住域をカコラディア、イマの居住域をイマラディア、ミラの居住域をミララディアと呼称し、3分割されていた。


 セクティ:「そうね。そろそろ、起きた頃かな? 見に行きましょう」


 セクティは、その時、まだ大池が健在であったころ、突如、上空に現れた階(きざはし)を通って、眩しい光に包まれた光の女神から、あるリトルゴッドの少年の救済を依頼されていた。色々と疑わしいところのある女神だったが、セクティは、これを了承する。セクティは、指示された洞窟へ趣き、下級のリトルゴッドであるダウンゴッドが群れる下層域の危険地帯から救い出す。助け出された時、『強奪』のボージャクや『詐欺』のサギルカスに身ぐるみを剥がれた少年は、酷い有り様だった。少年は、『理想』の女神である母エリから、渡されていた上位のリトルゴッドであるハイコードだけが持つホルスカードと純真無垢で汚れない逞しい魂の半分、高貴な生い立ちを物語るコードの編み込まれた衣服の3つを剥がされながらも、なんとか洞窟に、逃げ込んでいたのだ。少年の残されていた半分の魂は、まだ意識はあったが、危険な状態であったので、ミラの魂と同じ様にセクティの魂に一時的に保護されたのだ。少年の魂のが回復すれば、自分で自分の体を作れるだろう、とセクティは考えた。彼もハイコードなのだから。もちろん、手ほどきは必要だろう。だが、全ては体を治すことが、大事だとセクティは思った。少年の魂は、カコラディアの小さなベットに安置されたアバターに移されていた。ベッドには、ユニークで可愛らしい幼体の姿があった。目を覚まし立ての少年はキョロキョロと辺りを警戒している。カコラディアの天井から声が響く。


 セクティ:「少年よ、気分はどうかしら? 私は『秘密』の女神のセクティ。ここは安全ですよ。安心して下さい。貴方は、魂体(ソウルボディ)のままで、放り出されていた。あのまま、あそこに居たら、貴方は死んでいるところでしたよ。ここは私の魂の中、カコラディア。アバターに過ぎないけれど、体を作っておきました。この部屋の中なら自由に探索が出来ますよ。フェアリの姿だけど、気に入らなくても、しばらくは、我慢してね。無難に作ったつもりだけど、結局、私の趣味に落ち着いたのは許してね。しばらくは、自由に過ごしてね。貴方は体が、まだ回復していない。お勉強してもらうことがあるけど、それは体が治ってからにしましょうか。お名前を教えてくださるかしら?」


 セクティが傷付いた魂をアバターに移すとき、魂を詳しく見た。多くの傷が確認できた。最も大きな傷は、体の1/3ほどを抉(えぐ)り取る大きな傷だ。魂の奇形を成している。そして、良く見ると小さな傷も無数に付けられているのが見えた。この幼い魂は、どれほどの過酷に出会ったのだろうか。それを思うとセクティの胸は張り裂ける想いがした。だが、魂は、あくまで透きとおり、温かだ。『理想』の女神によって、大切に養育されて来たのが伺(うかが)えた。セクティは、溢れる涙を止めることが出来なかった。


 セクティ:(こんなに傷付いて・・・、可哀想。どれほどの『困窮』と『粗雑』に傷付けられて来たのだろう? それを思うと、さらに涙は止まらなかった。しかし、それとは反して、なんて透明なのだろう、この魂は!と驚愕させられる。恐れや疑いで汚れていない。とても良く見えるわ。でも、それが逆に私を不安にさせる。悲しみの色が濃すぎる。青は、黒に染まり易いのだ。恐怖と裏切りに出会って、溢れた黒が、固着化し始めている。この様な澄んだ魂では、この先生きていけない。必ず食い物にされた挙げ句に、怒りは方向性を失い巻き添えを作って死ぬ。結局、世界アーディアでは、騙された者は敗者なのだ。知力で劣れば、代償を支払わされる。それが、アー様の仕組んだシステム。弱肉強食は、ロア様の掟でもある。させない!! この澄んだ魂を、間違った闇に落としたくない!) 


 セクティは、コードとして生まれ、戦いしか知らなかった幼少期の自分。ただ、最後まで勝ち残った。そして、ナイに娘と言われるまでになった。勝利に喜びも感じることも無くなった日々の背後で、敗北に塗れて行った戦友達が居た。そんな戦友達のことを思い出す。こんな私に託すと言っていた。何を託され、今、ここで何をするべきなのかを知っている訳じゃではない。しかし、思う。この子は救って見せる。この子は、あの時の、自分たちだと」


 ユリ:「もう、放っといてよ! 優しいことを言っても、ホクを騙すつもりなんでしょ! もう騙されたくないんだ! お母様でさえ、ホクを裏切ってたんだ! もう何も信用出来ない。信用したくないんだ!」


 セクティ:「これは酷く傷付いて居るわね。酷い裏切りにあったよう。裏切りに会わずに生きていくことは、難しいわ。この子には、たとえ、裏切られても、ヘコ垂れない心の芯の強さを持ってもらいたい。裏切りは、知力と打算で行える。でも、心の正しさ逞しさは、それとは別のものが試される」

 ミラ:「それは、何?」

 セクティ「『誠実』さよ」

 ミラ:「『誠実』さ!?」

 セクティ:「彼は今、誠実さに飢えて居る。騙され続けた者のは、他者のと関係を断つ。1人に成りたがるのよ。しかし、いつまでも1人では居られないわ。淋しいから。人は淋しがりやで、愛されたがりなのよ」

 ミラ:「じゃあ、その『誠実』さてので、あの坊や『壁』を解いて見せてよ」

 セクティ:「『誠実』さは、押し付けることはできない。ただ、『誠実』であるだけ。『誠実』さを感じるのは、相手側だから」


 ミラ:「かぁ、まどろっこしいなあ」

 セクティ:「しばらく、彼は1人にして置きましょうか。焦らず、腐らず、諦めずよ。貴方にも、言っておくべきことがあるから、カコラディアまで来て。私達は、最大の庇護者だあった、女皇ナイの敵になることを選んだ。バレたら、即、死。弁明も許されることなく、死。それらはミラ、貴方は経験済みでしょう。私達は、一蓮托生、・・・グループよ。1人の勘違いやミスで、全体がピンチになるのは避けたいのよ。知ってることや、予想が出来ることもあるでしょうけど、1度、皆んなで確認し合いましょう。丁度、カコラディアに来てくれているし、そのまま居て」


 カコラディアに併設されている寝室から、ユリの絶叫が耳について離れないフェアリのチックが、眠そうな目を擦りながら、もそもそと起き出して来た」


チック:「騒々しいですね~。寝られやしない」


 チック、タック、テータの3匹は、沼の掃除が終わって、仮眠を取っていた。フェアリとは、リトルゴッドの補助的役割をする。発生の起源は謎で、アーでも、ヒーでも、セファーでも、無いとされる肉体を持たなかったチック達は、セクティが作ったアバターに、憑依して居る。四則演算や分数、小数点やルートも彼らの領域である。セクティが、まだカコと言っていた時に、カコがアーディアで地面を物色しながら歩いている時に、見つけたフェアリだった。チックとタックは同じ場所で、テータは少し離れた場所で見つけた。フェアリの私的所有などは認められて居なかったが、ユーザー登録がされていなかったこと、友達が欲しかったことの2つがセクティ(当時のカコ)にフェアリの不法所持を促した理由だった。表向きフェアリの不法所持は、禁止されて居たが、下位優位性を保ちたい劣化ハイコード達の間では、有能フェアリの不法所持は常識であり、上位の優位を築きたいだけのザル法となっていた。チックは、カコラディアの天井に向かって話しかける。


 チック:「セクティ様〜。ミラ様が来られてから、部屋の場所が狭くなっちゃって、あの2人とは場所の取り合いで揉めちゃうし、大変なんですよ」

 ミラ:「なんだと、チック! 良い度胸してるじゃないか!!」

 チック:「ミラ様、なんでここに!? いつもはお部屋に籠もり切りなのに」

 ミラ:「カコ姉と一緒にそこの子を助けて来たんだよ。カコ姉が用があるから、帰らずに、ここで待ってるんだ。それはそうと、あたしの所為で、部屋が狭いとは、どういう料簡だ!?」

 チック:「はわわわ。すいません、すいません。居られるとは思わなかったので。つい本音が・・・」

 ミラ:「その本音が問題だっつーの!」

 セクティ:「まぁまぁ、ミラ、私が謝ります。チックは、貴方に不満がある訳ではないのよ。これは私の責任。部屋が狭くなったのは、私の所為なのだから。部屋問題は、私が処断します。少し時間を下さい。チック、他の2人も読んで来て。うすうすは気が付いていると思うけど、状況の確認をしておこうと思うから」


 セクティの声がカコラディアの天井から響く。


 チック:「はいっ」


 チックに呼ばれたフェアリ達がチックに導かれて出てくる。タックとテータだ。横列に並ぶ。


 セクティ「皆んな、集まったわね。ミラもこっちに。ミラは、直接、お母様と対峙してるから、想像つくだろうと思うけど、イマとミラは、黒丸に指定されています」


 黒丸、それは絶縁状。ナイの治めるナイラディアに於いては、どのような惨劇に巻き込まれようと、無罪のみならず、栄誉が与えられるという、絶許指名手配状、通称、・・・黒丸」


 チック:「ひぃ~、黒丸だあ! お巡りさん、ここです!!」

 ミラ:「お? チック、お前良い度胸してるじゃないか、訴えるなら、それでも良いが、お前たちだって、非合法のフェアリなんだぜ? つんけんしないで、仲良くやって行こうぜ」


 そう言って、ミラはチックの肩に手を回した。 


セクティ:「チック、タック、テータ聞いて。私が母上に反逆して居るの居るのは、バレて居ません。私が母上を裏切る形になったのは、イマとミラ、2人の命を守りたかったから。だけど、ステルス状態だけど、黒丸なのは事実と言えるわ。どこでどんな感じに黒丸なのが発覚するか分からない。イマとミラを黒丸指定したのは、母上の秘書である私です。むしろ、何もしないと、それが疑われる要因に成りかねない。母上の秘書の立場が目くらましになっている間はバレはしない。でも、緊張感は無くさないでね。常に危険な状態であることには変わらないから。各自、軽率な行動には注意して。フェアリの3人は、これから母上から体も送られるみたいだし、力の使いすぎには、注意するのよ。私に同行するときは、小さな体を上げるから、それを使ってね。

 ミラ:「なんだよ、お前ら体もらうのかよ。良いな」

 チック:「ふふん、日ごろのお勤めの成果でし」

 タック「あげないよ」


 タックが、サラッとミラを煽る。


 ミラ:「なんだと!? 寄こせ、オラ!!」

 セクティ:「こらこら、皆んな。ミラ、貴方は黒丸状態のまま、1人で歩けるつもりなの? 私と一緒に居た方が良いでしょう? 当面、身体のことは、諦めることね」

 ミラ:「くそう、黒丸かあ〜。さすがに1人は心理的にキツいな」


 ミラは、セクティに現実を突き付けられて、ヘコむ。

 セクティ:「情報提供は、こんなところかしら? あとは・・・、ちょっと待ってね」


 と天から響く声。次の瞬間、カコの魂の全体が揺れた。


 ミラ:「わっ、わっ、なんだよー! なにしたんだよ〜??」

 セクティ:「部屋の配置を変えました。1/3づつだった部屋の配分を、カコラディアを3/5、イマラディアを1/5、ミララディアを1/5に変更しました」


 チック:「わ~い、広くなった〜」


 チックは、喜んでいる。


 ミラ:「ちょっと待てよ~。てことは、あたしの部屋、狭くなっちまったんじゃねーかよ」

 セクティ:「文句言わないの。イマとミラは、1人のなんたから、あの広さは取り過ぎよ。こっちは大所帯なんだから、遠慮して。気分が悪くなったら、貴方は個室に戻れるだけ、自由でしょ。普段はこっちに居ることだし」


 そう言いながら出てきたのは、セクティのアバターだ。小さな少女タイプだ。


 セクティ:「直接話せた方が便利と思って作ってみたの。無駄に大きいと負荷も掛かるから、子供にしたわ」


 チック:「子供の姿も素敵です!」

 タック:「うむうむ」

 

 気の合ったチックとタックはハイタッチをし合った。


 テータ:「さっきまで肘が当たったののうのと、喧嘩してたのに、現金なものね。仲が良いのやら、悪いのやら・・・」 


 そう言って、冷めた目線を送るテータが居た。


(第6話へ続く)

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