竜と契約者
マルレから竜と契約について説明を受けた。
契約した者は
遠い昔には自由に外へ出ることもできたのだが、竜を蔑ろにした者のせいで国が滅びかけたことがあり、竜と契約した者は厳しく管理されることになった。
「最近ですと、十二年前です。
この話はわたしもよく覚えている。なぜなら、わたしの両親が死んだのは長く続いた雨のせいだからだ。
両親が亡くなる前、わたしは
途中、長雨のせいでぬかるんだ道に車輪がとられ、横転した馬車は高い土手の下に落ちた。わたしは奇跡的に助かったが、両親は帰らぬ人となった。父はわたしを守るように抱いていたらしい。
「厳しく管理されているのに、逃げ出そうとなんてできるのですか?」
「それが、屋敷に出入りしていた男性というのが、
マルレは眉間に皺を寄せ、領主家の人間として恥ずべき行為だと非難した。
「ですが、
現在の屋敷の責任者はマルレであり、わたしが
食材や調理器具などの調達は屋敷を通しておこなわれる。必要な物がある時には、領域の門の近くにある鐘を鳴らして屋敷から人を呼び、用件を伝える。
家族に会いに行くことはできないが、マルレの立ち会いのもと、屋敷内で会えるように手配してもらえるらしい。手紙についてもマルレによる内容の確認がなされる。徹底的な管理体制だ。
「わたくしが全力でお支えします。あなたが
マルレの真剣な眼差しに心がときめいてしまう。プロポーズの言葉みたいだと思った瞬間に頬が熱くなるのを感じた。しかし、領主家の責務だもの優しくしてくれるのは当たり前か、と現実的に考え直す。
そうか、もう恋なんてできなくなるんだ。と、少し寂しい気持ちになった。
わたしには夢があった。素敵な人と出会って、恋をして、いつか二人で小さな食堂を始める。そして、伯父と伯母のような家族を作りたい。
「ええと、逃げようとした
恋をした
「・・・・・・何も口にせず、衰弱して亡くなられたそうです」
マルレの言葉にわたしは絶句した。
「恋した相手が処刑された悲しみに耐えられなかったのでしょう。
重たい空気に包まれたような気がした。
「
当時の記憶は事故の衝撃で曖昧になっている。あの雨はどれくらい続いたのだっただろうか。
「ああ、全ての
マルレの問いに答えられなかった。王国が竜の加護を受けているという話は物語の中だけのことだと思っていたし、契約の話なんて聞いたこともなかった。
「知らないのも当然です。王族や領主家以外の人間が知る話ではありませんからね」
マルレによると、
現在の
「あの、
「契約は死ぬまで続きます。
先代の
「次の料理人が早く見つかることを願っておられました。コリネさまから聞く
「最初はコリネさんの料理に近いものを作るのがいいですね。レシピは残されていますか?」
「レシピは屋敷で保管しています。ですが、コリネさまの料理を再現する必要はありません」
ずっと食べてきた味から始める必要がないとはどういうことなのだろう。
「竜は亡くなった
竜は
「コリネさんの時はどのような風が?」
わたしの質問に、マルレは幸せそうな笑みを浮かべた。
「思わず涙が溢れてしまうほどの、心が温まる感謝に満ちた風でした」
なお、
「
屋敷に多くの記録が残されていて、わたしも自由に読むことができる。コリネさんも
わたしが屋敷で目にした肖像画は、歴代の
「コリネさんが亡くなられてから、
お腹を空かせた
「料理を振る舞った候補者は、あなたを含めて四名です。それ以外は召し上がっていないはずです」
「えっ? 一か月もの間に、それだけですか・・・・・・」
これまでに百人ほどが訪れ、領域に入れた者は三十人、春竜さまが姿を見せたのは四人だという。そして、やっと契約に結びついたのがわたしだ。
「基本的に竜は大地のエネルギーを取り込んで生きることができるので、食べなくても死ぬことはありません。ですが、エネルギーを取られた大地は痩せていき、作物の収穫量が減ります。ですから、一刻も早く料理人が必要なのです」
「でも、中に入ることができた候補者に食べ物を運ばせるとか、そういうことはできなかったのですか?」
「
弱々しく細い体の
「いけないっ! わたし、戻らなくちゃ! 早く何か食べさせてあげないと!」
わたしは勢いよく立ち上がった。竜だとか、契約だとか、言っている場合ではなかった。早くあの少女にお腹いっぱい食べさせてあげたい。
「一度にこの量は持って行けませんよ」
「すみません。嬉しくって、つい」
と、マルレは顔を綻ばせる。今日という日を待ち望んでいたことが伝わってきた。
「契約が終わって、
わたしの言葉にマルレは首を横に振る。
「いいえ、その必要はありません。祖父の話ですと、契約が完了すると王国全土に祝福の優しい風が吹くのだそうです」
そして、マルレは「楽しみにしています」と言い、わたしを送り出した。
急いで家に戻ると、
「戻ってきてくれたのね! わあ、食べ物がいっぱい! 次は何を作ってくれるの?」
「あの、その前に契約をしたいのですが」
「あっ、そうだった! 先に契約をしなくっちゃ!」
いつの間にか、わたしの服が
「はい、これで契約完了。だから、早く次の料理を食べさせて」
手を引いてわたしを急かす。
「そんなに焦らせないでくださいよ。これからいくらでも作ってさしあげます。だって、わたしは
こうして、わたしの新しい生活が幕を開けた。
春竜さまの料理人 紗久間 馨 @sakuma_kaoru
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