メモ作成日時:3月6日 タイトル:内見-備忘録

柑橘

本文

 僕は引っ越し先を探していた。4月から3回生になって通うキャンパスが変わるのだ。家賃をなるべく抑えたいので多少のワケあり物件ならいいやと思い、不動屋さんにもそう伝えた。担当の男は少し考えこんだ後、10枚の資料を出してきた。なんかどれもとんでもない造形をしていたが、変な造形をしているだけあって家を丸ごと借りても家賃は極めて安くなり、まぁ案外実際は住めちゃうのかもと思った僕はとりあえず内見に行くことにした。


1. 星型の家

 十角形の家です、と紹介され想像したのは超有名ミステリー作品だったが、実際は十角形は十角形でも星型だった。星を一筆書きしたときに中央にできる五角形の部分がリビング、星の突き出ている部分に該当する5つの三角形の部分が部屋だったりキッチンだったり風呂だったりした。三角形の部分はなんせ先端が尖っているので実際は部屋の面積の75%くらいしか使えないよねという話を担当の男とリビングでしていると、急に剣呑な金属音が聞こえ、四方ならぬ五方から一斉に壁が迫ってきた。なんとか担当の男と力を合わせ脱出できたが、まぁここはやめとこうという結論になった。担当の男曰くこの家は「デススター」という名前らしく、さっきから色々と著作権的にも不味い家だなと僕は思った。


2. 円筒型の家

 円筒型の建造物ならいくつか知っているが、まさか底面の円が正面を向いている家があるとは思わなかった。まんまハムスターの回し車である。中に入ると照明は天井にはなく横の壁にあり、しかも床には矢印が書いてあって、嫌な予感を覚えるのとほぼ同時に床がゆっくりと回転し始めた。結局30分くらい走って回転は止んだけど、担当の男も僕も汗だくになっていた。運動は大事だけど家全体がルームランナーなのは勘弁してほしいしそもそも家具置けないよねということで、ここもやめとこうという結論になった。担当の男曰くこの家は「ランドリー」という名前らしく、もしかするとドラム型洗濯機を模しているのかもしれない。更に「走る」の「ラン(run)」もかかっているのかもしれないが、しょうもなさすぎるし、疲れすぎていて指摘する元気が出なかった。


3. 大家が多すぎる家

 見た目は普通の家なのだが、なんか登記がこじれにこじれた結果この建物の所有権を937人の所有権者が937分の1ずつ有しているらしい。従ってこの家に住むと家賃を937人に分割して支払う必要があるのだが、なんせ937が素数である。必然的に家賃も937の倍数となり、その額38417円。せめて一の位の数は0にならなかったのだろうか。しかも937人それぞれが別の銀行に口座を開設しているので、僕も今口座を持っている銀行以外の936個の銀行へと赴いて新たに936個の口座を新規開設する必要がある。やめとこうという結論になった。


4. ゲーミング家

 室内照明も室外に取り付けられた電飾も虹色に光る。光熱費は大家さんが持ってくれるらしいが、やめとこうという結論になった。


5. ランダムな家


 15部屋ある家です、と聞かされて想像するのは大きい豪邸だろう。実際はやけに広い平屋だった。正方形の平屋。正方形なのに、一番左に入り口がある。そこは対称性を意識して中央であれよと思いながら玄関に入ると、正面と右にドアがある。


□→


(注)

□:部屋

矢印:ドア(以降の図でも同様)


なんとなく右に進むことにした。するとまたドアがある。今度は(今入ってきたのを含めると)3つあった。


   ↑

  ←□→


はてどうしようと担当の男と悩んでいると急に機械音が鳴り響いた。何が起きているかは分からないが一旦玄関に引き返そうという話になり、玄関へ続く扉を開けようとするが、全然開かない。


   ↑

←×-□→


仕方がないので適当なドアを開いて違う部屋に進むと、進んだ先の部屋には入室に用いたものを含めると4つドアがあり、


  ↑

 ←□→

  ↓


そうこうしているうちにまた機械音が鳴り、すわ閉じ込められたかと四方のドアを開けるも今度はどれも素直に開き、それで部屋から部屋へ移動を続けて、この家の構造が判明した。

 この家はこうなっている。


■□□□

□□□□

□□□□

□□□□


(注)

■:何もないスペース 部屋からこのスペースへは出られない

□:部屋 隣接した部屋同士は基本的に行き来できる

 これが、一定時間ごとに、こうなったり


□□□□

□□□□

□□□□

■□□□


こうなったり


□□□□

□□□□

□□□□

□□■□


する。分かりやすく各部屋に記号を振って図解すると、元々こうだったのが


■🄼🄽🄾

🄸🄹🄺🄻

🄴🄵🄶🄷

🄰🄱🄲🄳


(注)

🄰:玄関


こうなったり


🄸🄼🄽🄾

🄴🄹🄺🄻

🄰🄵🄶🄷

■🄱🄲🄳


(注)

この状態でBの部屋にいる人は玄関Aへと進むことはできないし、■のある方向のドアは開けられない。僕たちが最初出られなくなったのはこれが原因だ。


こうなったり


🄸🄼🄽🄾

🄴🄹🄺🄻

🄰🄵🄶🄷

🄱🄲■🄳


する。

 子供の頃こういうスライドパズルありましたよね、分かります揃えるとキャラクターの柄が出てくるやつ持ってました、とか他愛のない話をしながら部屋に番号を振り部屋の移動が30秒に1回完全にランダムに行われることを突き止め、結局家から脱出するのに1時間かかった。やめとこうという結論になった。


6. 沈んでいる家

 大きい水槽がある。それこそ水族館にしかないような巨大で立方体の水槽がある。その水槽の中にひとまわり小さな金庫のようなものが固定されている。固定されているので、完全に水面下にあるが底には付いていないという状態になる。あれが部屋らしい。どうやって入るんだ。上から入ると当然部屋に水が入る。となると……下から? 潜って?

 担当の男曰くこの家は「シンキング・ハウス」という名前らしい。think(考える)とsink(沈む)をかけているのが即座に分かり、やめとこうという結論になった。水槽から魚が釣れたので、それを近所の方のキッチンをお借りして焼いて昼食にした。


7. スイッチの家

 ドアを開けると床も壁もなにもかもがびっしりスイッチで敷き詰められていた。試しに一番手前のやつをこわごわ押すと、大音量でトルコ行進曲が流れてきた。やめとこうという結論になった。


8. ツリーハウス

 去年の土砂崩れの影響で土台の木ごと45°傾いていた。やめとこうという結論になった。


9. マジックミラー張りの家

 全面鏡張りの家か、遊園地にそういうのあるよねと思いながら家に入ると、家の中から外が見える。鏡は鏡でもマジックミラーだった。当然廊下もキッチンも全部マジックミラー張りになっていて、どれも外から内は見えず、内から外は見える構造になっていた。つまり家の中からは家の外が見え、各部屋の中からも外の廊下が見えるが、その逆は然りではない。部屋で寝転がるとなんと天井もマジックミラーになっていて、2階の部屋の天井もマジックミラーになっているので、必然的に青空が見える。これは素敵で良いなと思ったのだが、一緒に隣で寝転がっていた担当の男曰く床から土台から梁まで全部マジックミラーで作られているせいで耐震基準を全く満たしておらず、震度1の地震で倒壊するらしい。泣く泣くやめとこうという結論になった。


10. クラインの家

 玄関に入る。そのまま廊下を進み、階段を上がって2階へ。2階を上がったところにはサンダルが備え付けられていたのでそれを履き、そのまま廊下を進み、部屋に入り、クローゼットを開けるとそこは玄関前だった。どういう仕組みかは分からないが、この家は外部と内部の区別がつかず外と内が連続して繋がっているらしい。このような構造を3次元空間内で構築するのは極めて難しく、この家はとある有名建築家の手によって初めて実現されたうんぬんかんぬんで、と熱弁し始めた担当の男をさえぎり、僕は「ならどうしてこんなに家賃が安いんですか」と聞いた。担当の男は「防犯面に問題があるからですね」と答えた。確かにクローゼットから玄関前に出れるなら、逆に玄関前からクローゼットにも入れる。やめとこうという結論になった。


 結局、そこそこの家賃のそこそこ良いアパートを借りることにした。自分の住むところに関してお金をケチるべきではないなと強く思った。

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メモ作成日時:3月6日 タイトル:内見-備忘録 柑橘 @sudachi_1106

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