第5話
木野は舞衣の手首を掴み、階段を降りた。
「まだ、痛みはあるのか?」
「動くと…」
舞衣は抵抗することなく、連れられていく。会社の外に出ると、木野は待っているタクシーに目を向けた。
「行けるか?」
主語のない問いに舞衣は何もこたえなかった。だが、嫌がりもしなかった。無言の肯定だと決めつけ、タクシーに乗り込む。10分程度走ると七色にライトアップされた建物が見えた。HOTEL Rainbowと書いてある。
「ここにするぞ」
舞衣は小さく頷いた。
幸運にも部屋は一つだけ空いていた。
一階の101号室。受付のすぐ横の部屋だった。もらった鍵で中に入る。木野は土足で部屋へ入った。そのままソファに座り、辺りをを見渡す。部屋は思ったより広く、綺麗だった。
舞衣がおずおずと部屋に入ってくる。手には靴があった。
「なんで、靴持ってるんだよ」
「えっと…木野さんが脱いでないから。何が正解かわからなくて」
舞衣はその場に靴を置いた。怯えた顔が加虐芯を疼かせる。
「こっちに来い」
舞衣はすぐに木野の足下に座った。瞬間、安堵した表情を見せる。主に居場所を与えられた奴隷は実に幸せそうだ。
「顔、見せろ」
見上げた顔は童顔で無垢だった。さも何もしらないような顔をする。どうして、こんな表情ができるのだろう。もういい歳した女なのに。身体に無数の痣があるとは思えない。
木野は舞衣の髪を撫でた。思ったよりも指通りが良い。
「脱げ」
「えっ…」
聞こえてるだろうに。
しかし、躊躇し戸惑う姿を見るのも悪くない。舞衣はもじもじと身体を揺らした。
「つけられた痣を見せろ」
「でも…」
舞衣の頬を叩いた。
「俺を焦らすな」
舞衣の顔は嬉しそうに紅潮した。
こいつはマゾだ。
舞衣はTシャツの裾を持った。そのまま上にあげていく。白い肌に紫の痣が見えた。腰、腹、胸。服で隠れている部分は大分色がついている。
不覚にも夢中で見入った。
男の匂いがする身体。
「引いてますか?」
舞衣が気まずそうに聞く。
「いや、むしろ興奮してる」
木野は舞衣の手を自身の固くなった恥部に持っていった。
「よかったです」と舞衣が笑う。
「どうやってつけられたんだ?」
「噛まれて…」
ほとんど瞬発的だった。
感情にまかせ、舞衣をベッドに押し倒す。うつ伏せの舞衣に被さり、腰にある一番青黒い痣を思い切り噛んだ。認めざるおえない金髪への悋気を舞衣の身体につけていく。
舞衣は叫んだ。耳を塞ぎたいほどうるさい。よっぽど痛いのだろう。背中が反っている。
それで、いい。
まだ痛みの残る痣に、さらなる痛みを上書きしていった。男の匂いが消えるように。
「痛いか?」
舞衣の息は上がっていた。首元を触ると熱くなっている。じんわり、汗もかいていた。
舞衣は木野に抱きついた。
「痛くて、気持ちいいです」
「首元も噛みたくなってくるな」
「つけてください」
「駄目だろ」
舞衣の髪を引っ張り、後ろに引いた。
「髪が長かったら、首元にもつけてもらえますか?」
「じゃぁ、伸ばすしかないな」
「はい」
木野は仰向けで寝る舞衣の両足を抱え、広げた。枕元に置いてあるゴムを取ろうと腕を伸ばす。
「ピル飲んでいるので大丈夫ですよ」
「金髪に言われて飲みはじめたのか?」
「そういう理由じゃなくて。私、生理痛がひどくて。あの人には言ってないですよ。だから、生でしたことはないです。初めてです」
〝初めて〟という言葉に過敏に反応してしまった。
直に入れるのは気持ちがいい。
本能で身体が動ける。この女に理性や気遣いは必要ない。容赦なく奥まで突いた。腕におさまり、鳴いている女の前髪を掴む。木野は顔を横に向ける癖がある舞衣の顔を正面に正した。
思ったよりもタイプの顔をしているかもしれない。目や鼻などのパーツは全て小ぶりだが、バランスは良い。目が大きいだけで可愛いと勘違いしているブスな女より何倍もましだ。スタイルも悪くない。凹凸は少ないが、つきすぎた脂肪もない。胸も標準だがある。
こいつは、自分を着飾ることをしらないのだろうか。似合わない服や化粧がどれだけ自らの価値を下げているのか。
「お前は裸が一番いいな」
「褒められていますか?」
「あぁ」
火照った頬と潤んだ瞳が笑みを湛える。
この顔をみないのはもったいない。虚ろな目は自身の癖に浸っている証拠だ。数ミリ動けば互いの唇が触れる距離で聞いた。
「お前は誰のだ?」
「木野さんのです」
「あぁ、それでいい」
情けないがすぐに果てた。
二人でベッドに寝転んだ。
舞衣がはにかみながら、身体をくっつける。腕枕の形になった。
「あの男で満足なのか?」
「悲しくなるときもありますけど…いないよりは」
あの金髪にひどい扱いをされてるのだろう。M女なら、何をしてもいいと勘違いしている自称Sはごまんといる。あの男が女を支配出来るとは思えない。
「もっと、いい奴いるだろう」
「意外といないんですよ。なんだかんだ男の人は優しいですから。ビンタなんて出来ないですよ。普通は」
舞衣の頬に触れようとした瞬間、舞衣の顔が強ばった。
「叩かれると思ったか?」
舞衣が頷く。
「俺にしろ」
真衣の目が大きく見開いた。
「俺がお前に主従関係を教えてやる。あいつとは終わりにしろ」
まだ、ぽかんと阿呆な顔をしている。
「携帯を貸せ」
「携帯ですか?」
さすがに躊躇しているが、関係ない。
「早くしろ」
きつく言うと、舞衣はしぶしぶバッグから携帯を取りだした。
「ロックかけてないのか」
「すいません」
あまりの無防備に溜め息がでた。
大丈夫なのか。こいつは。
携帯をいじると、舞衣は不安そうにこっちを見た。そりゃそうだ。自分の携帯を強引に取られ、中を見られているのだから。
木野はラインを開いた。見覚えのある顔が目に止まる。中年太りで坊主の眼鏡。派遣会社の米田だ。タップして、トークを開く。
〝次はいつ逢える?〟
〝また、逢いたい〟
〝舞衣って呼んでもいいかな?〟
鳥肌がたった。知っている奴のこういうラインは見たくない。
「米田って、派遣会社の奴だよな」
舞衣の顔が引きつる。
「お前は、こんな奴ともやってるのか」
怒りを通り越し、気分が滅入った。
「だって…」
「なんだ?」
「だって、Sだって言うから」
呆れた。この女は本当に馬鹿だ。
睨むと舞衣は「違いましたけど」と残念そうにこたえた。
「もう、逢うなよ」
「はい。あっ、でも」
「なんだ?」
「そしたら、会社変えられちゃうかもしれないです」
「は?」
「STVって人気の会社だし。私が入れたのも米田さんと関係があったからだし。いきなり、断ったら…」
それは困る。
こんな誰とでもやる女は、俺の手元に置いとかなければならない。
頻繁にやりとりしているであろう一番上の人物に目を向けた。
「下村拓也は彼氏か?」
真衣が携帯を奪おうと手を掴んできた。力が強い。本気でやめて欲しいのがわかる。
「それより、金髪が見つからない」
「ラインでは連絡取り合ってないです。スイーツって知ってますか?」
「知っている」
「木野さんも持ってるんですか?」
「持ってる」
舞衣は「一緒だ」と嬉しそうに腕を絡めてきた。自然と一緒に携帯を見るかたちになる。スイーツのアプリであるショートケーキのアイコンを開いた。プロフィール名が愛となっている。
「愛さんて言うんですか。本名は」
「違います。愛が偽名です」
真衣は口を尖らせた。
連絡をとっている奴は一人しかいないようだ。十字架のネックレスがマグカップに掲げてあるアイコン。名前はカタカナでリョウと書いてある。
「本名じゃなさそうだな」
「だと思います」
トークを開いた。真衣が見せまいと抵抗する。「さすがに、これはやばいです。ダメです」
騒いでいるが、構わずスクロールしていく。ろくな会話がない。本当にいいように扱われていたのがわかる。こんな時間に呼び出されてよく行くなと思う。くだらない内容に、見るのをやめようとしたとき、卑猥な写真がでてきた。会話を見る限り、社内のトイレで撮ったものだ。
「お前は、会社で何をしているんだ」
真衣を睨む。
「すいません」
「お前の汚いマンコを見て喜ぶ奴もいるんだな」
真衣は黙って下を向いた。
「コイツに〝ご主人様ができたから、もう逢えない〟と送れ」
「え…」
「俺がお前の全てを管理してやる。だから、早く送れ」
「管理って、例えば?体重とか、トイレの回数とか?」
「そうゆうのも管理だよな」
真衣に携帯を返した。
「今ですか?」
「今に決まってるだろ」
真衣は文字を打ちながら、こっちを向いた。瞳が許しをこうむっている。
〝ほんとうに送るんですか?〟
〝早く送れ〟
目でこたえた。
「送りました」
すぐに携帯が鳴る。
―了解。死ね くそビッチ―
やはりくだらない男だ。
「よかったな。別れられて」
「なんかショックなんですけど」
真衣は携帯を見ながら、青ざめている。
「こんな奴のためにショックを受けるな」
真衣から携帯を取り、金髪をブロックにした。
木野はベッドから離れ、ソファに座った。足下に舞衣を座らせる。正座をし、主の顔を見つめさせる。
「お前は俺の奴隷だろ?」
「はい」
木野は真衣の頬に優しくふれ、そして、叩いた。突然の衝撃に真衣がよろめく。
「お前が欲しかったものを俺は与えてやる」
真衣は叩かれた頬を抑えながら、木野を目でつかんだ。
「いいか、お前の存在意義は全て俺のためにある。お前は俺に仕えるために存在するんだ」
木野は手を振り上げた。真衣がビクッと身構える。その反応にそそられた。
俺の一挙一動で過敏に反応する真衣に、サディズムが刺激される。
やっと、見つけた俺の奴隷。
もう一生、離しはしない。
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