第49話 ウサギと宿屋

 ウサギも泣けるんだという事と、寂しくても悲しくても死なないという事を体感したその日。


 目の前には、オレの命の恩人であろうヒーラーのシャリエがいる。


「ウサギさんっ! お腹減ったでしょっ? もうごはん食べても平気かなっ?」


 そして目の前に差し出されるのは、熱望してやまなかった人間たちの食事――。


 ではなく。


「お馬さんから分けてもらったんだよっ!」


 お皿に乗っかっているのは、馬の飼葉であった‥‥‥。



◇ ◇ ◇ ◇


 はむはむ。


 うん、目の前に干し草を出されたときはちょいと絶望的な気分にもなったものだが、食ってみたらそれなりに食える。


 これはマメ科の干し草かな? 


 まあ、森の美味い草(薬草)と比べれば味は落ちるが、なんというか、マメっぽい香りが鼻から抜けていくのがどことなく日本を思い出させる。


 この香りは、砂糖の入ってない『きな粉』って感じかな? お餅食いたい。



 ん? お餅?


 今食ったのは、マメ科の干し草と思われる。


 となれば、イネ科の干し草もあるのではないだろうか?


 となればとなれば。


 この異世界にもイネが存在してコメも存在するのではなかろうか!



 そんなことを思いついてしまったら、もうオレの心は止められない。


 夢にまで見ていた人間の街。


 今、オレはそこに居るのだ。



 もう、街の中の様子を見たくて見たくてたまらない。


 そう考えたら、オレの身体は無意識のうちに動きはじめ、前足はたしたし、後ろ足は豊満なハムストリングスが今にも爆発しそうなほどにぴくぴく動いている! 



「ウサギさん? どうしたのっ? もしかしてトイレっ?」


 ちがいます!



◇ ◇ ◇ ◇

 

 落ち着きのなくなったオレの事を、トイレに行きたいのだと思ったシャリエがオレを慌てて抱え、宿の部屋から出て一階の食堂と思しき場所に連れていく。


「おお、ウサギ君! 目が覚めたんだね!」


 そこで出迎えてくれるのは『煌めきの狩猟団』の面々。


 声をかけてくれたのはイケメンリーダーのガルヌさんだな。



「ウサギさん、トイレだってっ!」


 だから違うってば。


 まあでも、この異世界の人間のトイレ事情というのも見て見たいから、下手に逆らわず連れていってもらいましょうか。


 って思っていたら普通に屋外の建物の裏に連れていかれてしまいました。


 どうせオレはウサギだよ!




◇ ◇ ◇ ◇


 で、せっかくだからと用を足して宿屋の食堂に戻ってくると、オレはテーブルの上に乗せられ、目の前には大量の干し草が乗っていた。


「ウサ公殿! たらふく食ってくれ!」


 ドワーフのロバルツさんがまたまた草を勧めてくる。


 いや、草以外の物が食いたいんだが?


 なにか意思を伝達できるものがないか周囲を見回すと、宿から客への連絡事項とか、宿の客同士の伝言板に用いられている大き目の黒板みたいなものが目に入る。


 チョーク? 白墨? のようなもので字を書いて使用する感じだ。



 こういうものが庶民の宿にあるという事は、この異世界は識字率は高いほうなのだろうなとあたりを付ける。


 まあ、これはオレにとって朗報だろう。


 だって、ウサギマウスでは人語を話せないから、人間達と意思疎通を図ろうとするならばどうしても筆談になる。


 筆談というのは当然ながら相手方も文字を理解することが出来なくては成立しないからな。



 で、オレはこの中で一番オレの意思をくみ取ってくれそうなシャリエの方を向き、前足で黒板? の方を指さし‥‥‥まだ指が一本一本独立して動かせねえから前足全体で黒板の方を指し示す。


「ウサギさんどうしたのっ? ん? 伝言ボード? ボードがどうかしたの‥‥‥あっ! そうかっ! そういえばウサギさんは字が書けたんだったねっ! 何か書きたいことがあるのねっ!」


 よし、察してくれた。



 シャリエはオレを抱き上げ、伝言ボードの前まで移動。うん、やわっこい感覚が素敵です。どこがとかは言わないが。


 ボードの前で、チョークを両手で挟んで持とうとして、ありゃ、チョークが砕け散ってしまったな。オレのSTR結構上がっているんだな。


 宿の女将がこっちを睨んでいる。チョークもただじゃないからな。


 オレは最大限申し訳ないような表情をウサギフェイスに張り付け、チョークのお替りを貰う。


 ウサギが文字を書くなんて微塵も思っていない宿の女将からすれば、なんでみすみすウサギが壊して遊ぶためにチョークを与えなければいけないんだとひと悶着あったのだが、そこはチョーク代は『煌めきの狩猟団』が支払うという事で落ち着いた。


 もしかして、異世界のチョークってお高いのかな?



 で、今度はちゃんと手加減してチョークを両前足で挟み込み、シャリエに抱っこされたままでボードに書き込む。



  『ぱん すーぷ』




「「「「「!!!!!!!!!」」」」」


 ウサギが文字を書くのを見た宿屋の女将やほかの客たちが声にならないどよめきを見せる。



「はっはっは! ウサ公殿はパンとスープをご所望なのじゃな! こりゃあいい! 女将! パンとスープをウサ公殿にたくさん出してくれい!」


 うん、ロバルツさん、注文ありがとう。 








 

  ーーーーーーーー


 この度は、『うさぎ転生~角ウサギに転生した元日本人は、日本食食べたさに兎獣人への進化を目指す~』を呼んでいただき誠にありがとうございます!


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