第12話 セレクション(第1週 各種素養試験)

 境は腕時計で課業時間が終了していることを確認しつつ、次の訓練生の書類を眺めた。新渡戸は椅子から立ち上がり、軽く唸り声を上げ、大きく伸びをして身体を回し始める。

「——ところで、面接の順番は何で決めたんだ?」

「早く終わりそうな順だ——次は二分後からだ。トイレに行くなら今の内にしてくれ」

「やっとラストか……他のクラスは終わったところもあるらしいぞ? まあ、勝連組——とは言えないから『K組』か。あいつらがいるから仕方ないけどな……やっぱり、民族主義の機運が高まっているな」

「国全体が貧困化すると、国民は右傾化する」

「歴史は繰り返すってか」

「そうならないために面接している。民間と同じだ。『問題意識』を持って『建設的な意見』を『理路整然』と『言語化』できるかどうかが求められている。問題意識だけでは愚痴であり、建設的な意見だけではネット上のコピーアンドペーストで事足りる。理路整然だけではパートタイマーであり、言語化できても文章に落とし込めなければ、オフィサーとして報告書にまとめられない」

「自分の経験や知識も含めて、血肉化した言葉なら満点だろう?」

「そんな人材は、もっとやりがいのある仕事や一流の会社やポストで動いていることだろう。正解があるとすれば、これからの自分の職業となるスパイ行為への影響に全て繋げれば良い。現段階では健全な愛国心に辿り着けなくとも、教育中に気付けば問題ない」

「技術は伝えられても、信念を教えることはできないな——時間か」

 ノックがあった。

「どうぞ」

 境の言葉に反応し、入室してきたのは7番「真田」訓練生。もとい山田太郎。迷わず着席すると、落ち着いた様子で室内を眺めてから、境に視線を合わせてきた。

 本教育において早々に退場するか、否か……

「——勝連での件は、指導部の間で周知の事実となっているので遠慮なく話してください」

「はい」

「一応、自己PRと、ご自身の長所と短所を簡潔にお願いします」

「私は半導体メーカーに三年務めていたので、他国の諜報員がどのような技術を欲しているかを予測でき、防諜の分野において役に立つと考えています。長所は元々エンジニアだったので、完成度を高めていくような細かい作業が得意です。短所は七割追及のところを、より完成度を求めようとしてしまう部分ですが、これは私自身をそういった部署に配置しないか、完成度を求める仕事だけ振れば良いと考えています」

 新渡戸の目線が、手元の用紙から山田へと切り替わったのを横目で捉えつつ、「何か特技はありますか?」と境は質問。

「……記憶力は良い方だと思います」

「それを証明することはできますか?」

「勝連にあなたが来た時から、『目立たず、非攻撃的な人間』を追求し、『国益とは何か』とずっと考えていました」

 境自身、自分が発した言葉を全て覚えているわけではない。が、それなりに真剣に備えてきたのだろう。

「……分かりました。最後に訊ねようと思います。第二次世界大戦におけるアジア太平洋戦争において、日本の敗戦理由は何だと思いますか?」

「『短期的アイデアリズムの国益』を追い求めてしまったからだと思います」

 本質を突いてくるじゃないか。

「具体的にお願いします」

「地政学的に、日本はランドパワーを追い求めるべきはありませんでした。島国としてのシーパワーに回帰し、アイデアリズムではなくリアリズムとして経済合理性を主とした政策を取れば、米国の挑発に乗らずに済んだと思います」

「挑発に乗らなければ、敗戦することもなかったということですか?」

「はい、『中国大陸とインドシナから撤退する』という米国からの交渉文書であるハル・ノートに調印し、戦線や軍事の拡張に使用していた戦費を国内での資源開発や社会福祉、技術投資や医療、教育に使用していれば、長期的に見て現在の日本がより大きく発展し、対外依存度が低下していた可能性もあります」

 それは理想論(アイデアリズム)寄りだな。

「戦前の日本は治安維持法などで自由主義的な思想や言論が弾圧されていました。また、急速な軍国主義が進み、軍部の独走が続いていました。そのような方針変換は当時のリアリズムとして考えられますか?」

「考えられませんが、二回の核攻撃を受け、国民と国土に甚大な被害を与えることはなかったと思います」

 境は迷ったのち、用紙の(リベラル)に黒で丸を付けた。

「天皇は必要だと思いますか?」

「王族は外交カードとなるので、維持すべきだと思います」

「具体的にはどのように運用しますか?」

 山田は顎に手を当てて、一語一句確かめるように返答してきた。

「……国家元首クラスの閣僚が外遊している際や持ち場を離れられない時に、来日してきた政府高官や要人を国内で接待させる、などです。そうすれば、機嫌を損なわせることもなく、今後の交渉を進めることができると思います。他国への皇室訪問は国際親善になりますし、意外な情報を収集できる場合もあると思います」

 天皇崇拝者が聞いたら物申すであろう言い草だが、間違いなくリアリズムだ。アイデアリズムで言えば、王(キング)は数あれど皇帝(エンペラー)は世界で唯一、日本の天皇家しか残っていない。人類史においては、その貴重性から残すべき家系といったところか。

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