第13話 セレクション(第1週 各種素養試験)
「日本の核兵器保有について、どう思いますか?」
「……保有の有無は別として、非核三原則は『あるべきタイミング』で撤廃する外交カードとしても考えなければならないと思います」
質問の答えになっていない。
「具体的にお願いします」
「日本の地政学的リスクが高まったと同時に撤廃すれば、脅威を与えてきた相手に対する外交カードになるということです」
「日本が核保有に至ったと相手国に思わせる外交カード、ということですか?」
「その通りです」
リアリズムとしては可能なカードだろう。しかし——
「イスラエルも核兵器保有については曖昧政策を取っており、それを周辺諸国に対する牽制へと利用しています。しかし、徴兵制があり、人口も少なく国防意識の高いイスラエルと同様か、それ以上のリアリズム的判断が必要な外交を日本の議院内閣制でおこなえると思いますか?」
「……寸前では、不可能だと思います」
「では、それはアイデアリズムだと言うことですか?」
畳み掛ける境に対し、山田は沈黙してしまった。
隣で質疑応答を見守っていた新渡戸が、こっそり耳打ちしてきた。
「圧迫面接になってないか……?」
「あいつは質問に答えていない」
気付け、お前の政治的発想など訊いていないということに。
山田が口を開く前に、境は話を振り出しに戻すことにした。
どうやら「真田訓練生」は、「アイデアリズム」という単語に嫌悪的反応を示すらしい。典型的なリベラリストの特徴の一つだ。
「質問を日本の核兵器保有に戻します——どう思いますか?」
「保有した方が国際的な交渉テーブルには付けると思いますが、日本の政治家が危機管理できるかは分かりません」
「管理できるようになるには、何が必要だと思いますか?」
「……分かりません」
できれば日本の災害事情から考えて、地下式発射サイロの大陸間弾道ミサイル(ICBM)ではなく潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の方が核兵器運用に適しているなど踏み込んで欲しかったが、安全保障についてはまだ勉強不足らしい。
「国際連合について、どう思いますか?」
「機能しているようには思えません。中国がおこなっている隔離政策や、ロシアのウクライナ侵攻を止めることはできませんでした」
「今後はどうすれば良いですか?」
「地域コミュニティーでの連携を強化していく必要があります。日本でしたら、東南アジアが急成長していますし、そこに注力するべきだと思います」
まあ、及第点と言ったところか。
「今後の国内情勢について、どう思いますか?」
「経済的困窮者が増加し、今後は国内での反政府運動や暴動の気運が高まる恐れがあります」
奇しくも、血盟団のことが境の脳裏をよぎる。
「——日本の技術や資源について、どう思いますか?」
「日本のエネルギー自給率は一割で、対外依存度はほぼ一〇〇パーセントだということから考えても、積極的な保護や開発、政策支援が必要だと思います。技術と信頼がなければ、日本に国際的な価値はなく、価値がなくなればエネルギー供給を絶たれ、戦前の大アジア主義イデオロギーに回帰する恐れがあります」
「日本国憲法第九条改正条項について、どう思いますか?」
山田は目を閉じて、少し悩み始めた様子だった。
戦後から改正に至るまで、第九条の主な争点は二つの項目で成り立っていた。それは、
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
という「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」の三要素だ。元々はGHQの草案を翻訳したもので、「国権」は「国家権力」を指す言葉として解釈はされているが、「交戦権」が具体的に何を指すのかなど、改憲議論の争点になっていた。
それが現在では、
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
(2)前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
(2)国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
(3)国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
(4)前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
(5)国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
山田はまぶたと口を同時に開いた。
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