第11話 セレクション(第1週 各種素養試験)

 少し緊張しているのか、言葉の繋がりが若干、怪しかった。しかし、誰かに言わされている訳でも、媚びを売っている訳でもない。自分の言葉で思いを口にしていた。それは素晴らしいことであり、志望動機をいくら噛もうが、特に評価には関係ない。境は質問を進めることにした。

「自己PRと、ご自身の長所と短所を簡潔にお願いします」

「はい、自分は他の訓練生に比べ、リーダーシップがあると自負しています。また、長所は一つのことに集中することができ、短所はそれによって周りが見えなくなることです」

 何というか……少しレベルが落ちたな。

「リーダーシップを証明する実績はありますか? また、短所を克服する努力は何かされていますか?」

「はい、リーダーシップは部隊で小隊長をやっているという実績と、短所はそうならないように……周囲に注意を払うようにしています」

 尻すぼみの回答に、新渡戸が食らいつく。

「『他の訓練生に比べて』、という意味ではなくて、元の職場でのリーダーシップがあるということですか?」

「……はい、そうです。訂正します」

 まあ、ここまでの質問はジャブのようなものだ。特に気にすることはない。

 境はその言葉を伝えるように、「何か特技はありますか?」と挽回のチャンスを与えた。

「特技は、ラグビーなどもやっていたので、体力はあります」

 ……その回答は準備不足だな。

「分かりました」

 境は隣の新渡戸が鼻で笑い出す前に、本格的な思想調査に移ることにした。

「第二次世界大戦におけるアジア太平洋戦争において、日本の敗戦理由は何だと思いますか?」

「それは、情報を甘く見ていたことだと思います」

 ——確かに、大きく外れてはいないが。

「具体的にお願いします」

「はい。まず、アメリカの戦力を甘く見ていたのと、早期に決着させれば、そのまま終戦させることができると考えていた点があります。もっと長期的に考えていれば、日本軍の戦力を充分に準備して、開戦に臨むことができました」

「——情報収集を怠っていなければ、米国に勝利することは可能だった、ということですか?」

「はい」

 大きく頷いた鈴木訓練生に対し、新渡戸のペンを持つ手が何度か動く。境もペンを持ちながら、次の質問に移る。

「……日本はなぜ米国と開戦し、枢軸国側として戦線を拡大したのか説明をお願いします」

「はい、日本は欧米列強の国々に植民地化されたアジア各国を解放するための大東亜戦争を遂行するために、日本の石油資源を絶ったアメリカと開戦しました」

「開戦を回避することは可能だったと思いますか?」

「いえ、アメリカの要求は呑めるものではなかったのと、アジアの解放のために、開戦は避けられなかったと思います」

「……分かりました。次の質問に移ります」

 まさか、ここまでテンプレートのような回答が来るのは久しぶりかも知れない……

 境は、各項目の下にある(大アジア主義者)に丸を付けた。

 今後の質問では、もう少しリアリズムに則った、具体的な意見が聞きたいものだが……

 しかし、問いを投げ掛ける度に、鈴木訓練生は期待に応えてはくれなかった。おかげで、予想以上に面接時間が間延びした。むしろ、彼の大アジア思想は、今回の教育中に柔軟な発想を取り入れることすら不可能なレベルにまで凝り固まっていると、境には見受けられた。共に教育を受ける訓練生に悪影響を及ぼす可能性を考慮する必要もあった。

「……では、第二次世界大戦をアジア各国の開放を目的とした戦争と位置付けます。時代は進み、現代や未来の国益を考えなければなりません。日本はアジア各国を開放する戦争に負けました。今後はそれをどう生かしますか? 現代と未来の国益を論点にお答えください」

「なぜ負けたか、考えます」

「考えて、具体的にどうしますか?」

「今度は勝てるようにします」

「何にですか?」

「アメリカとか、中国とかです」

 沈黙が訪れた。

 最後に、横に居た新渡戸がアイコンタクトを取ってきたので、境は取り敢えず頷き、任せた。

「――教育終了後についてですが、今いる職場を完全に離れることになります。それについては、職場やご家族の理解は得られていますか?」

「大丈夫です」

 言うことは言った、という満足気な空挺隊員に、境は感情の無い声で伝達する。

「お疲れ様でした、以上で面接は終わります。クラスに戻ったら、南訓練生に一三三〇からドアをノックして、面接を始めるということだけ伝えてください。面接で何を訊ねられたかは、伏せておいてください。ありがとうございました」

「失礼します」

 行儀良く退出していく鈴木訓練生。境は最後の記入欄に、「短期的アイデアリズム・典型的な大アジア主義者」と書き込み、天井を仰ぎながら目元の張りを指で解した。

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