第5話 鋼の魔女

「住まいを探してちょうだい。しばらくここに定住する必要がありそうだから」

「え? えっと……」


 俺はエルフの女性の行動に首をかしげる。

 カウンターに置かれている銀のプレート、これは『銀の勇者の証』だ。


 宿屋で一週間、無料宿泊の特典が与えられる。

 それに加えて銀貨が一枚。ってことは……。


「えっと、二週間の宿泊でよろしかったですか?」

「いいえ。ここに泊まるのは一週間。銀貨は住まいを探してもらうための手数料ってところかしら」


 なるほど、つまりは前金制の不動産取引ってことだ。この世界に転生してきて、初めて前世の経験が役立つかもしれない!

 

「はい! 喜んで!! 勇者ということは目的はダンジョン攻略ですよね! であれば、ここから徒歩5分のヤコブさんの家にホームステイはいかがでしょう? ちょうど娘さんが結婚をして、一部屋空いているって言ってましたし」


 この関所街には、いわゆるアパートやマンションみたいな賃貸住宅はない。

 もちろん、州都みたいな大きな街ならきっとあるのだろうけれど、これといって名物もないこの街で、長期滞在をしようだなんて物好きはそうそういない。


 あるとしたら、俺のように住み込みで働く下働きの人間や、一軒家に曲がりする……いわゆるホームステイをするのがほとんどだ。でも、


「いいえ。できれば一軒家、それも借家ではなく購入を」

「購入……ですか? う、うーん、この街の付近に空き家はないですね……」

「距離は特に気にしていない。ここから5キロ以内であれば」

「はいはい。それなら、何件かありますよ」


 俺はふたつ返事で回答をするも、どこか違和感を覚える。

 ん? 5……キロ……??

 俺が首をかしげた時だ。


 カランコロンカラン


 宿屋の入り口から、男女ふたり組が現れた。

 派手派手な青のマントをヒラヒラとさせて、バスタードソードを背負った髪の毛をツンツンに尖らした男と、全身青のタイツに教会のシンボルをあしらえた前掛けをつけた女だ。


 奇抜なスタイルのふたりの男女は、銅製のプレートをこれ見よがしに見せつけている。『銅の勇者の証』だ。

 勇者の証は全部で3つ。

 1度でもダンジョン攻略に成功した冒険者に授けられるのが『銅の勇者の証』。

 5度以上、もしくは国から高難易クラスのダンジョンに認定されたダンジョン攻略に成功した冒険者に授けられるのが『銀の勇者の証』。

 そして災害クラスのダンジョンに認定されたダンジョンを攻略した英雄に授けられるのが『金の勇者の証』だ。

 もっともその上に『白銀の勇者の証』もあるんだけど、これは100年前に魔王を倒した『伝説の冒険者』だけに与えられた称号だ。


 銅のプレートを下げた男女は、俺、いや俺の前にいるエルフの女性を見つけると、大きな声で話し始めた。


「おやぁ。これはこれは、最近パーティーを解散した鋼の魔女さんじゃないですかー。解散理由はなんでしたっけ」

「うぷぷ。アタシ知ってるー。痴情のもつれってやつー? この女、武闘家との恋愛バトルに負けちゃったんだよねー」

「しかしなんだよな。パーティーを解散したってのに『勇者の証』をぶらさげる勇気は大したもんだよ」


 その時だった。エルフの女性は銀色の髪の毛を数本引き抜くと、銅の勇者の男女に投げつけた。

 髪の毛はまるで生きているかのように、ふたりの身体に巻きつくとギリギリとしばりあげ、ぶざまにしりもちをついた。


「ぐ! 貴様!!」

「不意打ちなんて卑怯よ!!」


 エルフの女性は、ふたりをガン無視して、俺に話かける。


「さ、物件探しに行きましょう」

「え? あ、はい……」


 俺はスタスタと宿の外に向かうエルフの少女を大慌てで追いかけながら、今更のことをたずねた。


「あ、あの、お名前は?」

「リサよ。あなたは?」

「エ、エラブっす!」

「そう、じゃ行きましょう。エラブ」

「は、はい! リサさん」


 リサはスタスタと歩いて、銅の勇者の男女の足元につくと、涼やかに話しかける。


「あまり動かない方がいいよ。鋼が肌に食い込んで肉が裂けちゃうから」

「わ、わかった!」

「大人しくしてますぅー」


 銅の勇者の2人組が血の気のひいた顔でうなづくのを確認すると、リサは宿を出ていく。


「おかみさん! 俺、ちょっと出かけてきます」


 俺は、おおいそぎでリサを追いかけ宿屋を飛び出た。

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