第4話 銀髪のエルフ

 宿屋見習いの朝は早い。まだ周囲が薄暗い中、物置部屋を飛び起きる。

 バラとモンが転移執務室のおねーさんに懲役6ヶ月の刑を喰らってはや3ヶ月。宿屋見習いの俺には、朝食作りの手伝いの前にやる新しい仕事ができていた。


 バラとモンの世話だ。

 俺は、宿屋の隣にある馬小屋へと足を運ぶ。本来はお客さんの馬を繋いで置くための施設なんだけれども、スペースが十分にあるから間借りをさせてもらっている。


「おはよう! バラ、モン!!」

「んもー!」

「めぇー!」

「ひひーん!」


 バラとモン、でもってお客さんの馬が俺に返事をする。

 朝ご飯の催促だ。


「まだだ。さきに馬小屋の掃除があるから!」


 俺は、バラとモン、でもってお客さんの馬の糞尿を掃除すると、桶に入れて外に出す。(そうしておくと堆肥屋さんが片付けてくれる)


 掃除を済ませると、馬小屋にうずだかく積まれた干草を大量にかかえてバラとモンと客さんの馬の前に置く。


「んもー♪」

「めぇー♪」

「ひひーん♪」


 3匹は大喜びで干草にかぶりつく。

 さて、この間に俺はバラとモンのミルクをしぼっちまおう。


 最初は元おっさんのミルクって気持ち悪いかも……って思っていたんだけれども、いざ飲んでみると、しぼりたての美味さにやみつきになってしまった。

 お客さんにも好評で、今やうちの名物だ。


「さて、急いで朝食の準備をしないと!」


 俺は、バラとモンのミルクが、なみなみと入った木桶を両手に持って、宿の厨房へと駆け出した。




 宿の近くにダンジョンができて、もう半年経つけれども、ダンジョンは未だ未攻略のままだった。

 飲んだくれている冒険者の話を聞く限り、どうやらダンジョンはかなり深く、うろつくモンスターも階層をおうごとに凶悪になっているらしい。


 確かに、もう何ヶ月も家賃を滞納したまま、それっきる姿を見せなくなった冒険者も多い。きっと、ダンジョンに救うモンスターにやられてしまったのだろう。


 そんな物騒なダンジョン、普通なら立ち寄りたくないものだけれども、ダンジョンに挑戦する冒険者は後をたたない。


 なぜか。


 攻略をしたときのリターンが膨大だからだ。ダンジョンの攻略、つまり最下層にいるボスを退治した冒険者は、国から『勇者』の称号が与えられる。

 そして、勇者になることで得られる恩恵がベラボーなのだ。


 勇者になると、後進の冒険者希望者に、戦闘術や魔法の手解きをする私塾を開くことができ、それで一生くいっぱぐれなく生活できる。

 冒険者志望なんて所詮はその日暮らしのならず者。そんな輩が『勇者』になりさえすれば、安定した職につけるのだ。


 冒険者を続けるにしても、勇者の待遇は破格だ。

 本来であればめっちゃ手続きのかかる属国への越境がフリーパスになるし、全国の街や村で、あらゆる商店で日用品や消耗品を無料でもらえる特典がつく。


 そして当然、宿屋に泊まるのにも特典がつく。

 それは……ん?

 なんだろう。ホールがさわがしい?


「おい、あれ! 勇者じゃないか?」

「本当だ! 最難の災難と呼ばれた『最果てのダンジョン』を制圧した!」

「まちがいない! 『鋼の魔女』だ!!」


 俺はざわついている方を見た。

 『鋼の魔女』と呼ばれた女性はホールの隅で静かに食事をしている。


 歳の頃は17、8歳くらい。いや、あのとがった耳は……エルフ!?

 本当にいたんだ!!

 俺は改めて異世界に転生したことを痛感する。


 身長は、155センチくらい? 白いノースリブのワンピースに、それよりも白く透き通るような肌。そしてキラキラと輝く銀色の瞳と、同じ色の銀髪がとにかく目をひいた。地面に擦りそうなくらい長い髪を、繊細な細工の施された漆を塗られた木製の髪留めで前にたらしている。


 年齢は俺と同じくらい? 14、5歳くらいにしか見えない。だけどもそこはエルフだ。きっと、とんでもない高齢なんだろう。


 エルフの女性は静かに席を立つと、俺の方に向かって歩いてくる。そうして首にかけている銀色のプレート型アクセサリを外すと、カウンターの上にパチリと置いた。


「銀の勇者の証よ。一週間泊めさせてもらう権利を行使するわ。あと……」


 そう言うと、エルフの女性は薄い胸元から銀貨を一枚取り出して、カウンターの上にパチリと置いた。


「住まいを探してちょうだい。しばらくここに定住する必要がありそうだから」

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