第44話 凡庸

「……とんでもない体験してきたんだねぇ。というか今の憂くんって半分はノエルって人なんだよね。うわぁ、なんか複雑だなぁ」


「昨日までライバルだと思っていた人間が次の日にはこうも様変わりしていたら複雑ですよね。なんで愚妹はああも簡単に受け入れたのか……」


 苦笑いを浮かべながらそう呟いたノエルに対し、少女は真面目な表情を浮かべて返した。


「……妹ちゃんの気持ちくらいそろそろ気付いてあげなよ。受け入れる受け入れないは別として、ここまでの鈍感は流石に見ていて可哀想になるからね」


「それに関しては戻ってきてすぐに気付いてしまいましたよ。気づかないほうが幸せだったような気がします」


 そう言ってノエルは頭を悩ませるような表情を浮かべた。


 会話を交わしていくなか、ノエルの言葉に学年二位の少女・長浜(ながはま)三菜(みつな)は訝しげな表情を浮かべた。

 たしかに風花は隠しているはずなのにちょっと接しただけでわかるくらいのブラコンだから、それに気づいてしまったら兄としては複雑な気持ちになるかもしれないが……そこまで思い詰めるようなことか?とも思った。

 憂なら軽くなんとかしそうだと思っていたから。


 頭の回転が鈍くなったとは言っていたが、それでも今なら己以上の異能を使えるようだからどうにでもできそうだが……。


 それは三菜が風花のブラコンのレベルをよく知らないから考えられたことであった。

 ノエルの瞳は見抜かなくて良いところまで見抜いてしまう。

 風花に関しては特にそうだ。魂の兄妹、あるいは姉妹だからこそあそこまで思考がわかってしまうのだろう。


 たしかに風花は可愛い女の子だし、己の寿命に合わせて魔法なり権能なりで大きく命を引き伸ばすことは可能だけど、実の妹を恋人にする趣味は流石になかった。

 しかし、あの様子では断ったところでどこまでも想い続けてくるだろう。

 そこが困りどころなのだ。

 

 洗脳のような手段は取りたくないし、そもそも想いや信仰が強すぎて打ち消されるだろう。

 魂の強力さで言えばかつての憂にやや及ばない程度だ。特殊なチカラも持たない。

 だけど、想いに関しては凄まじいものがあった。


 関係の長さで言えば、実質的なところでいえばバアルより上なのだから募るものもあるのだろう。

 一体どうすれば良いのか……。


「まあ、それは良いんですよ。で、妖魔ってのを詳しく教えてくれませんか?あなたが使っているチカラや、彼らが使うチカラを私も取り入れたいと思っているんです」


 だけどそれについて考えるのは今ではない。

 話を変えることにした。今聞きたいのはこちらだから。 


「妖魔の力を取り入れるのはやめといたほうが良いと思うけど……とりあえず話しとくと、妖魔っていうのは大昔から存在していた怪物なんだよ。本能のまま動いている奴らもいれば、組織だって動いている奴らもいて、大半が悪事を行っている。それぞれの国にそれぞれの形で伝わっていて、それらに対抗する術者たちの名前も国や地域によって違ったりする。私が陰陽師を名乗っているのは、この国を守ってきた存在が陰陽師だからなの」


「なるほど。この世界も案外ファンタジーだったというわけですか」


「ま、そうかもね」

 

「……一つお願いがあります。陰陽術を教えてもらえませんか?向こうでの戦いに役に立つかもしれないのでね。どうしても知っておきたいんですよ。どうか、お願いできませんか?」


 願いに対し、三菜は微妙そうな表情を浮かべる。


「向こうでの戦い、か。向こうには妖魔はいないんだよね?役に立つ陰陽術もあるにはあるけど、キミの言うところの魔法や権能のほうがずっと使い勝手は良いと思うよ」


「一つ使えるチカラの種類が増えるというだけで大きなアドバンテージになると思っています。それに、俺ならばもっと上の領域に高められる自信もありますしね」


 これは単なる自信の発露ではなかった。

 力を解析してみたところ、陰陽術というものは己と極端に相性が良いのだと感じ取っていた。

 使い方さえ変えれば、ドラゴンの王のあの少女にも通じるかもしれない。そう感じざるを得なかった。


「そう。まあ、キミにそうやってお願いされたら断るわけにもいかないけどさ。あんなになりたいって焦がれた憂くんが私に懇願してるってのは凄くそそると言うか……」


 そこまで聞いて、この子はやはり歪んでいるのだと感じた。

 だからこそ焦がれたのだ。こういう風になりたいのだと。

 周りから見たらそうでもないようだが、近衛憂という少年はどこまで行っても凡庸だ。なのに、一番になることを求められ続けてきた。

 なので特別になりたいと願った。

 ノエルとなってから己の美貌を誇るようになったのも、特別性があるからというのが影響しているのかもしれない。


「じゃあ、基礎の基礎だけ教えるから、あとは本を読んで覚えてほしいな。キミなら行けるでしょ。……異世界に本って持っていけるの?」


「ありがとうございます!ええ、本も持って帰れますね。いやあ、ありがたい。良いライバルを持ったものですよ、本当に」


「……ふふん、まあね?今の私は今のキミよりずっと頭が良いから!施してあげるのは強者の特権だもんね」


「あなたが強者かはともかく、頭脳で負けているのは事実ですし何も言い返せませんね。……では異空間を作り出しますので、そこで練習させてもらいましょう。お願いしますね?」


「異空間なんて作れるんだ……陰陽術なんて本当にいる?」


 そうして、その後は陰陽術の基礎を習って終わった。


「いやあ、筋が良すぎるよ。凄いね。基礎を教えるだけでここまで肉薄されるとは思わなかった。……やっぱりムカつくなぁ。それでこそ憂くんといえばそうなんだけど、才能に溢れすぎていて妬ましいよ。その座にいるのは私のはずだったのに」


「俺だって、あなたが羨ましくて仕方なかったですよ。一度頂点に立ってしまえば、追い越されるのを待つだけ。あなたはかつての俺をも超える才を持っていたから、怖くて怖くて泣きそうになりながら生きていましたもの」


「わっ。そこまで評価してくれてたんだ……えへへ。……じゃなくて!憂くんでもそんな不安になることなんてあったんだね。物語のスーパーマン、手の届かない星のように思ってたから意外だな」


「俺だってかつては人間でしたからね。どこまでいっても凡人でしたよ。今となっては人間を超えて、真の神になろうとしているわけですけどね。それでもかつてはあなたのような天にも届く才を持ってはいなかった。『天才』と一口で言っても、あなたが『天に届くほどの才能』ならかつての俺は『天から与えられた才能』に過ぎません。どちらが格上かは明瞭です」


「……キミの口から自分を軽視する言葉が出てくるとムカつくんだけど?最後まで本気のキミに敵わなかった私の立場はどうなるのさ」

 

「ふふ、すみません。謙遜も自虐も趣味ではないのですけどね。ここにいてあなたと話しているとつい思い出してしまいます。……うん、今が幸せだから万象一切何もかもどうでも良いんです。もう少し楽しい話をしましょうね。えへ、すみません」


 この世界で生きた『オレ』にも、2000年前の『私』にも、もはや戻る気はない。

 今が幸せだから。

 この世界にも愛着のようなものはあるが、あくまでも己が生きる世界はあちらの世界。

 100年分ほど、人間の寿命ほど……あり得たかもしれない人生の分はこちらの世界で過ごすのも楽しいだろうが、それが終わったらもうこちらには戻ってこないだろう。


「……えへ、て。完全に女の子になってるじゃん。どうしよう、性癖歪みそうなんだけど?てかもう歪んじゃったよ。どうしてくれんの?」


「さあ?まあ、存分に見惚れるくらいは許してあげますよ」


「……そこらへん、昔から変わってないなぁ。余計に歪みそうだよ」


 この傍若無人さは、どちらかと言うと『私』由来ではなく『オレ』由来のものだった。

 一部の人に対しては冗談めかしながらこうやって振る舞っていたのだ。


 そうして今までなら話せなかったようなトークもしてから、家に帰った。

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