第45話 お風呂

「……こちらの世界はやはり色々技術が進んでいますね」


 風呂で体を洗いながらそんな事を考える。

 魔法なり闘気なりで体の汚れに関してはどうとでもなるとはいえ、こちらの世界のボディーソープやらシャンプーやらの技術は向こうよりだいぶ進んでいた。風呂場の設備ももちろんそうなのだが……こちらのほうが目についた。

 向こうにも石鹸はちゃんとあるし、高級なものには良い香りがついているものもある。


 だけど、流石に技術力が違った。

 お土産として持って帰ろうかとも思った。


「まあ、俺は素で最高にいい匂いですから?肌も髪も最強ですので、あんまり関係はないですけどね」


 その言葉は半分冗談であり、半分本気であった。


 腰まで髪が伸びているので洗うのがとても大変だが、そこは素のスペックが凄まじいので丁寧な仕事を高速で終えられた。とは言っても、流石にそれなりに時間はかかるが。


「しかし、一番風呂を譲ってくれるとは愚妹もなかなか良い提案をするではないですか」


 その裏にある魂胆には気づかないふりをしながら、入浴剤を入れて風呂に入る。


「向こうでは風呂に入るだけでメイドがついてこようとするから、断るのが面倒なんですよね。特に伯爵になってからは自覚が云々と……まあ、確かに自覚は足りないかもしれませんね。しかし、ふふ。溶けるように良い心地です」


 ノエルは表情を緩めながら楽しげに微笑んでいた。

 そんなときだった。


「……やっぱりですか」


 そうつぶやくと同時に、風呂場の扉がバタンと開いた。


「兄貴、背中流してよね。兄なんだからそれくらいはするべきだと思うわ」


 真っ裸になった風花が何も隠さずに仁王立ちしていた。


「今の俺は姉です。人違いですのでどうぞお引き取りください」


「ならお姉ちゃんって呼んであげるわ。うん、たしかに今の姿で兄貴はちょっとおかしいもんね。兄貴は兄貴だけど実際のところはお姉ちゃんだもん」


「はぁ。まあいいでしょう。かつてならばともかく、今は同性ですし問題もないですしね」


「ふふん、いい心がけね」




「……どこで覚えてきたのよ、そのテクニック」


「一応女として二年ほど……いえ、二十年以上生きているわけですから頭を洗ってあげるくらいはできますよ」


「なるほどね。……しかし、見れば見るほど綺麗な肌してるわね。吸い込まれそう……」


「今の俺は世界一の美少女ですからね。自慢の兄でしょう?」


「なーんかこの体になってからの兄貴、とにかく自信満々で腹立つんだけど。まあ、可愛いってのと自慢の姉ってのは認めてあげるわ」


「ふふん!」


「ドヤ顔かわいい……じゃなくて。なんか調子狂うわね。お姉ちゃんが兄貴なのは間違いないけど、やっばりちょっと前までとは色々違うわね。まあ、これはこれで悪くはないけどさ」


 風花は実に楽しそうに笑っていた。この瞬間を噛み締めているようにも見えた。


「(なんでこんなわかりやすいデレに気づかなかったんでしょうね、『オレ』は。鈍感気取ってるつもりはなかったのですが……)」


 心を読まずともわかる、妹のデレに対してかつての自分に不信感を抱いてしまっていた。

 気づかないのか、気づく気もないのか、気づく度胸もないのか!と罵倒したくなるような有り様だ。


 もっと早くから対処していればなんとかなった……かはわからないが、もう少しマシな対処法が思い浮かんだ気がする。


 無理やり遮断していたがまともに心を読んでみると、言葉にしがたいほどの歓喜で溢れていた。

 身の危険を感じて怖くなるほどに。


 だが……ここまで想われることが言うほど嫌ではないと思っている自分にも気づいた。


「(肉体は別なわけですから、魂はともかく血の繋がりはないのですよね。だからでしょうか?……でも、流石に実妹は駄目ですよね)」


 そう言いつつも、『妹として可愛い』という以上の感情が生まれつつあることに気づいていた。

 この気持ちは育てたくない。だけど、家族という温かさに『2000年ぶり』に触れて、少しだけ思考が緩んでいた。これも悪くないと、思いそうになってしまっていた。


 やはりノエルは『私』であり『オレ』でもある。どちらでもあるのだろう。

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