第35話 銅の賢者

「おや、客人でしたか。……ああ、極星将軍ノエル様ですね。……私はブロンズ。ブロンズ・シュバイクベルダー。これは失礼。どうかご容赦の程を」


 賢者殿……ブロンズ殿の屋敷を訪ね、本人が帰宅するのを待っていました。

 あれからすぐに会うための許可を得られたんですよ。

 興味を持たれたようです。

 出てきたのは物静かそうで、深い知性を感じさせられる瞳をした真っ白な服を着た女性。


 しかし、体は大きい。

 強いとは言えインドア派だからか、鈍りすぎと表現できるレベルで筋肉が衰えているので線は細く見えますが、身長は195は超えているでしょう。

 相当な美人さんなのもあってそうは見えませんが、オーク種らしいです。耳を見るとたしかにそうですね。尖っています。

 オークは一般的な魔族の中では力が特別強い代わりに知能があまり高くなく、また容姿もあまり良くない傾向にあるようなのですが、この方はその中における異端のようです。


 長い黒髪と豊満な胸も相まって、オークと言うよりちょっとエロティックな美人系八尺様的な印象が強いですね。


「ふふふ、オークとは思えませんか?」


「正直に言うと、少し驚きました」


「オークと言えど、知識を得、学問を学べばこれくらいにはなれるのですよ」


 そう言って微笑むブロンズ殿の目に少し危険な色が見えた気がしました。

 これは、少し厄介でしょうか?


「それで、私の力が必要と言うことでしたか」


「ええ、俺が目指す地平に至るにはブロンズ殿の力が必要です。どうか、御助力を」


「あなたが望む地平……。しかし、魔王は魔界を統一した後人間界をも統べようとしているようですが……これはどういうことで?」   


 薄く笑いながらブロンズ殿は問いかけてきました。


「あなたの理想は人と魔の融和。それはわかっています。そのために必要なものはわかりますか?」


「学問と知識でしょう。互いのことをよく知らぬから怖くなって、怖いからこそ憎しみ合って殺し合う。その愚かさを消し去ることこそが私の真の理想です」


 論法自体はたしかにそうだと納得するようなものでもあります。

 ですが……それでうまくいくとは思えないんですよね。


「学んだところで、互いの本質的なところを知ることはできるでしょうか?」


「互いに学ぶ気概さえあれば不可能ではありますまい」


「本当にそうでしょうか?……俺は愛する方々の本能的なところを知りたいと思い、魔族の本質……力への憧れを学びました。しかし、表面的にしか知れてはいません。それは私が魔族ではないから。彼女らの心の動き、その詳しいところがわかりません。それはある意味で全く知らないより質が悪いことではないでしょうか?」


「質が悪い?……妙なことをおっしゃる方だ。あなたは元人間で今も魔族ではないようですが、その愛する方々は魔族なのでしょう?それでも上手くやれているというのならば、私の仮説は証明されたと言って良いのでは?」


「ところがそうではありません。ヒトも魔族も、大体のところは似通っています。ですが、致命的に細かいズレがあるんですよ。……かつて同族を教化しようとして失敗したあなたならわかるのでは?『己と同族(オーク)は違う生き物なのだ』と感じたりはしませんでしたか?一見同じに見えることこそが最大の不幸なのです」


 同じような生き物なのにできることとできないことがある。

 思考が似通っているのに違うところがある。

 そういう細かい違いこそが種族間の諍いの根本的な原因の一つだと俺は思うんですよ。


 異端者は排除する。それは人間と魔族両方に共通する本能のようです。

 そういうところばかりが似通っても……ふふ。


 かつて人と魔が手を取り合って俺に立ち向かった時代を知っているからこそ語れる論理。

 ブロンズ殿の論理は所詮は理想論なんです。

 

「ふふ。不可能ということは、一応わかっているつもりなのですけどね。それでも足掻いていたのですが……やはり無理ですか」


 ブロンズ殿は憂うように扇で顔を隠していました。


「そう結論を急がないでください。まだ話は終わっていませんから。……先程語った論理も大きな要因の一つですが、それでも数百年程度の和平は結べるはずなんですよ。ズレが決定的に露わになるには最低でも十数年は必要です」


「それは、真で?」


「ええ。紛れもない真実です。ですが今までそんな事はありえなかった。……ではなぜ、人と魔は常に争い続けてきたのでしょうか?それは簡単……愚昧な神々に支配されているから。それに尽きます」


「神々?あれは空想上の存在のはずですが……」


「ところがそうではない。今も三柱の神々は天の玉座で俺達を見て笑っている。いや、我らの行いを見て身が脅かされるかもしれないと焦っているかも知れませんね……ふふふ」


「……ふむ。普段ならバカバカしいと一蹴するところですが、あなたのその瞳に免じて聞いて差し上げましょう」


 まともに聞く体制に入ってくれたので、神々の基本情報や彼らが宇宙に敷く法を語っていきます。

 ブロンズ殿はとても理解が早く、スルスルと内容を紐解いていきました。


「なるほど。次代の神が魔族の時代を望んでいるとは言え、今の狂った世の中よりはずっとマシというものです」


 ブロンズ殿は扇を見つめ、楽しそうに笑いました。

 ……とてもクールな感じですけど、こういうふうに笑うとギャップがあって可愛いですね。

 なんというか、『俺』は相当ギャップというものに弱い気がしてきました。

 ……それはともかく。

 まあ、クールなのは見せかけだけで、心の方はいつもホットなんでしょうね。

 

「種族融和という理想のためにも、魔王に神になってもらうほうが都合が良い。……わかりました。そういうことであれば、ノエル様の御為に働かせてもらいます。知らないことは学ばねばならない。どうやらノエル様は私の知らないことを多く知っているようですからね」


 そう言ってブロンズ殿は俺に向き直って微笑みを浮かべました。


 よし、引き入れられました!

 結構な奇人かつ、冷血に見せかけて熱血な方ですから扱いは大変になりそうですが……その智謀、役に立たせますからね?

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