第36話 私室

「フフ、ついに自分から来てくれたな」


「自分の中でもそれなりに覚悟というものができましたので」


「ふむ、覚悟……?」


 今日は陛下のところに遊びに来ました。

 誘われましたからね。行かないわけにはいきません。それに、責任を取るとも決めましたので。今日すぐにどうこうするというわけではありませんが、もう周りの目などは気にしません。


 陛下の私服はかっこいい系のようです。陛下はどちらかというと男性よりも女性にモテそうな感じの容姿ですからね。似合っています。

 それでいて、可愛らしさもちゃんとあるといいますか……。なかなかイイ趣味だと思います。

 本音をいうと色々着せ替えたいんですけどね。陛下の容姿の傾向的に、イロイロとやりたいファッションがあるんですよ。

 こんなふうにカッコいい感じだったり、逆にイメージと真逆のふわふわで可愛い感じだったり……。


 まあ、まだ臣下ですのでそこまではできませんがね。

 

 部屋のほうは質がいい調度品が並びつつも落ち着いた雰囲気です。

 難しそうな本が並んでいたりはしますが、豪奢な感じではありませんね。


「まあ良い。……しかし、先生を私の部屋に呼ぶなどというのは少し恥ずかしいな」


「部屋に招くというのは自分から言いだしたのではありませんか?」


「そうだが……大臣共に無理に押されたというのが正しいかな。私の部屋なんて見てもつまらないだろう。服のセンスだって、お前の趣味には合わなそうだ」


 あの方々はそんなことろまでフォローしてくださっているんですね。

 お節介焼きとか言うレベルじゃないですね……。

 しかし、自分等にとってのアイドルを他のヤツに取られるのを応援するってなかなかに凄まじい決断な気がします。

 まあ、今はそれは考えないようにしましょうか。


「臣として……そして同志として、お部屋にお呼ばれしただけで嬉しいものですよ。それに、そのファッションのセンスもけっして嫌いではありません。むしろ好きですよ。かっこよくてかわいいなんて素晴らしいじゃないですか」


「そ、そうか……。そこまで言ってくれるか……ふふ」


 陛下は照れ笑いを浮かべながら、嬉しそうにしていました。

 ……ここまでタジタジな陛下を見るのは初めてですね。

 普段は凛としてて毅然とした態度を取っている陛下のこのお姿は……なんというか、滾りますね。


「しかし、今日はよく褒めてくれるな。普段はのらりくらりと躱すのに」


「覚悟を決めたということです」


「……また『覚悟』か。先生が大臣共と何かを謀っているのは知っているつもりだが、それは……そういうことなのか?」


「さあ。今はまだ言えないとだけ言っておきます。態度で察していただければ嬉しいです」


「そうか……。では期待しておくぞ。王としてこれで良いのかという疑問は残るが、先生や奴らなら悪いようにはしまい」


 そこまで話して、軽い雑談へと移りました。

 その中での話の一つ。


「……そういえば、ブロンズ・シュバイクベルダーを配下として引き入れたようだな」


「ええ、彼女の頭脳は対神々、また対ドラゴンを見据える上で重要になるかと」


「ドラゴン、か。普通のドラゴン程度ならば、今はともかく将来的には対策などいるまい。となれば……奴らの王のことか?」


「そうなりますね。彼女がもし勇者の味方になったらと考えると寒気がします」


「それをブロンズならばなんとかできると?やつは頭の堅い理想論者だぞ。役に立つとは思えない」


 陛下はブロンズ殿を嫌っているようですね。

 まあ、陛下の理想的には好きになれるはずもないですので仕方ありませんけど。


「毒と薬も使いよう。彼女の頭脳自体は賢者と呼ばれるだけあって素晴らしく優れているのでね。あとは明確な最終目標を提示して差し上げれば道中の悲劇は多少は呑み込めましょう。幸い、彼女自身が己の理論の限界に気づいていましたから、そこの説得は容易でした」


「……素晴らしいな。奴すらも説得したか。さすがは先生だ」


 嬉しそうに笑いながら褒められました。

 ……なんか、普段より親密な距離感と言うか、そのせいか陛下が普段以上に可愛く見えてしまいます。


「大した説得はしていないのですけどね。しかし、神々のことに関しても、既に我らが思い至っていないところまでたどり着いていますよ。それ自体は大して役に立つ情報ではありませんが……どうでしょう?」


 ブロンズ殿がたどり着いたその情報自体にはとりあえず価値がないと判断しました。

 しかし、この短時間でそこまでたどり着いてくれたのなら、将来的にはまともに役に立つ情報を多数引き出してくれるのは確実。

 ……その果てに、俺が生まれた理由も知れたらなと思っているのは内緒です。

 転生というか憑依と言うか、魂の合一であろうあの現象、そして俺の真実を教えるかはいまだに悩んでいますしね。


「お手柄だ。……ふむ、そうだ。先生にはなにか、日頃の礼をせねばならんな。なにか、欲しいものはあるか?」


 日頃の礼、ですか。

 欲しいものといえば色々あるのですが……ううむ、これは流石に『今はまだ』早すぎますかね?

 ですが、大した費用がかかるものでもない。


 ……どうしましょうか。まあ、もっと簡単な願いを言いましょう。

 早く迫りすぎても問題があります。


「では……良くやったと肩を叩いて激励してください。今望むものはそれだけです」


「……それだけでいいのか?お前はなんというか、無欲なのだな。領地も兵も欲しがらない。爵位だけで満足してくれた。あまりにも得難い配下だ。……ならば」


 陛下がズイっと立ち上がって、俺の方へと歩いてきました。

 そして……肩を叩くのかと思ったら、ひしっと抱きしめられてしまいました。


 え、え……?私室でのこととはいえ、ここまでしてよろしいんですかね……?


「あ、う……」


 顔が真っ赤になっています。凄くいい匂いがしますし、陛下の体温を感じて凄くドキドキしてしまいます。

 権能が混じり合う感覚もあって、第七感的な部分におけるつながりも感じてしまいます。


 こ、これは刺激が強い……。


「よくやった。お前はやはり、最高の先生だ。……無論、これは特別なのだからな?」


 ……今日は楽しすぎて、いつもの面会より早く時間が過ぎ去った気がします。

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