第33話 左右の大臣、その怒り

「少しよろしいか?」


 部屋を出ると同時に、左大臣のハルブルーネ殿が話しかけてきました。

 陛下に侍る二人の側近のうちの一人。

 見た目は……謀略を練っていそうな感じの痩せこけた男性です。

 ですが、権能の力を感じますね。……ふむ、陛下は既にそこまで至ったんですね。


 育てば未来のメタトロン殿と同格、左右合わせて凌ぐ力を得るわけですけど、特に強そうな感じはしません。

 ……いや、少し違和感が。なるほど。魔界とは言えそういう方もいるんですね。


「ええ、よろしいですよ。なんでしょうか?」


「いや、貴殿と陛下の会話が漏れ聞こえましてな。少し忠告をせねばと思いまして」


「忠告……?まあ、何を言いたいかはわかっているつもりですが、聞いておきましょう」


 俺の言葉に対し、ハルブルーネ殿はギロリと睨みつけて権能による圧を押し付けてきました。

 チカラとしてはまだ大したことはないですね。しかし……怒りは本物のようです。


「……やはりわかっておられないようだ。別にそれを咎めようとしているわけではないのですよ。そうなったらそうなったで困る問題も出てきますが、それは私が内々に処理しますから」


 となると……?本格的にわかりませんね。

 それではないとすると、単純に君臣の距離が近すぎるということへの忠告でもないらしいですから。


「私はですね、あまり陛下を弄ばれるなという話をしたいのです」


「弄んでいるつもりはないのですが……」


「その気にさせたのならば何かしらの責任を取るべきです。受け入れるにせよ、スッパリと断るにせよ……そうは思いませんか?なのに、貴殿はのらりくらりと躱わしている。それが気に食わないのです」


 ……正論ですね。ですが、簡単に受け入れられる問題でもありませんし、断われば断わるで問題が出てきます。

 陛下に愛されているというのは流石にわかっていますよ。

 それをうまいこと断りきれない自分の弱さも。


『私』ならば『そんなことは知りません。ただ覇道を進まれるのが陛下に相応しい道です』とでも突き放していたでしょう。

『オレ』ならばなにか良い断り方の言い訳を思いついていたでしょう。


 でも、俺にはどちらもありません。

 それに、前者のような態度を取れば何かしら大きな問題となる予感がするんですよ。


 野望と愛を天秤にかければ、野望が勝るでしょう。しかし、愛も簡単に捨てられるものではないようですから、両方を取るために……そんなの望んでいません。

 傾国の美女になんてなるもんじゃないですね。最低なことばかりしていますよ、俺は。


 ですが、そんな考えとは裏腹に、次にハルブルーネ殿が発した言葉は全くの予想外でした。


「私とコアセリス……右大臣にとっては陛下はアイドルなんですよ。私たちでは及びもつかない野望を胸に秘め、邁進する素晴らしいお方……そんな陛下を陰ながらお支えするのが我らの努め。そんな輝かしい日々の中に貴殿は現れた。いたずらに陛下の御心を乱し、あまつさえ責任さえ取りやしない……どう心の整理をつければよいかすらわからないんですよ。陛下は口を開けば貴殿のことばかり話すというのに……。問題は我らがさっさと解決しますから、早く責任を取ってきてください!陛下のほうが煮えきらない態度をとるのならば、法の番人として我らが許可しますので無理矢理押し倒しても結構です!さあ!」


 ……とんでもないことをものすごい早口でまくしたてられました。

 左右の大臣の協力ですか。……なかなかに避けがたい。

 しかし、受け入れるわけにはいけませんね。

 陛下を囲うことができない以上、この間恋人になったばかりのアーリデ殿とももう別れなくてはならないことになるのですから。

 バアルもメタトロン殿も、ベタ惚れされている自信はあります。


 流石に切り捨てられはしません。

 

「……?ああ、なにか勘違いをされているようだ。別に貴殿が陛下を囲っても問題はありませんよ。いえ、ありはするのですが……我らが無理矢理収めます」


 と思ったらまさかの新事実。

 囲っても問題ない……?


「ま、魔王という権威に傷がつくのでは……?」


「付きますね。しかし、陛下の幸福には変えられません。内々に収めますよ。これでも我らはそれなりに長い年月を陛下の懐刀として働いていましたから、それができる手腕や人脈、権力はあります」


 一旦深呼吸しましょう。すー、はー……え、本当にアリなんですか?アリ、みたいですね……。

 ……ですが、それでも気が進みません。


「臣下としては、陛下を囲うことになるのは流石に恐れ多いと言いますか……忠誠を誓ったのは事実なわけですので、それなのにそのようなとんでもないことをするというのは……」


「陛下と貴殿は同志でもあるのでしょう!?それならば一応は同格!あまり深いことは考えず、我らにまかせてください。面倒なことはすべて我らが処理します」


 ……そこまで押し切られては断ることもできませんね。

 どうせ、陛下すら知らないうちに外堀は埋められているのでしょう。

 今更逃げることはできません。覚悟は決めましょう。

 

「……わかりました。その方向性で……いえ、将来的には確実にそうなれるように頑張ります。しかし、まだ絶望的なほどに立場が足りません。侯爵位、それに加えて大きな官職。あるいは誰もが認めざるを得ない圧倒的な実績が必要になります。それらが得られなかったとして、魔界が平定された頃ならば良いかもしれません。ともかく、そのうちどれかを得られた時……しっかりと責任は取らせてもらいましょう」

 

「……今すぐではないというのは気に入らないところですが、仕方ありませんね。今更の問題ではありますが、道理でもあります。ですが、どうか約束は破られませんよう……。コホン、すみません。取り乱しました」


 左大臣殿はメガネをスチャッとさせながら、クールに振る舞ってそう言いました。


 ……大変なことになりましたね。

 不可能だからと最初から諦めていたことが可能になったというのは喜ばしい。

 ですが、臣下として本当にそんな事をして良いものなのか……。


 ……次会う時はもう少しきらびやかな衣装を着ていきましょうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る