第32話 力ではなく理

「ふふ、やはりお前は面白いな。そのような視点があるか……いや、やはりノエルは私の先生だ。魔界統一戦線においても有用な視点を示してくれた」


「それはどうも。むしろ気づいていないのが不思議なくらいでしたから」


「ふん、滑稽だったかな?ははは」


 五芒星が出陣してから一ヶ月ほど。いつものように陛下と会話を楽しんでいました。

 この時間は中々に楽しい。

 一応は忠誠を誓ったお方が、ちゃんと聡明であるのだと再確認できるのが嬉しいんです。


 俺が成り代わったほうが良いと思えるような、才のない方では仕えるのも億劫ですから。

 それに、史実の陛下より聡明なのも良いですね。


 たしかに人間を恨んでいるし憎んでもいるけど、それで目が曇っているわけでもない。

 そしてなにより、俺の助言を求めてくれる。必要としてくれる。信頼してくれる。

 ……仕え甲斐があります。


「……そういえば、お前に聞いたことはなかったな。お前が神となったとしたら、世界に敷きたい法はあるのか?私の同志、あるいは尽くす神格として神になることがあるかもしれないだろう?」


 たしかに、言われてみれば不思議ですね。なぜこのような事を問われもしなかったのか。

 ……考えたこともなかったような。

 ですが、神々を上回るには力だけではなく『理』も必要となります。

 明確なビジョンがなければ神は真に神足り得ない。


 ……そうですね。まず一つ、思いついたものがありました。

 一応言いますが、それは俺が神として皆に示す地平としては相応しくない。それ以前に俺の気質とも噛み合ってはいない。破綻するのは目に見えています。

 だから、もう一つの理か別のルートをその後に示しましょうか。

  

「……愛子たちが泣かずに住む世界、ですかね。俺の世界で生まれ育った子らがいたずらに傷つくことがなく、平凡に生まれ育って平凡に死ぬ。貧富や力の有無に差はあれど、決して大きな差にはならずに、だからこそ大きな不満も抱かない。誰もがそれなりに幸せで、小さな不満はいくらかあっても大きな不幸はない世界。それが俺の示したかった地平です」


「……なるほど。そう来るとは思わなかった。理想郷と言うにはいささかビターな気はするが、一つの理想論ではある。優しくもあり苛烈でもある先生からは少し想像がつかない地平ではあるが……示し『たかった』?そこが気になるな。教えてくれないか?」


「俺の本質とは噛み合わないな、と思ったんですよ。平穏で平凡な日常というのは素晴らしいことです。ですが、俺は戦い続けたいですし、力や魅力も示したいですから。誰もが大して変わらない世界なんてつまらないなとも思いまして。いつか壊してしまうかも知れない……そう思ったらやめておいたほうが良いなと思ったんです」


「理想を抱きながらも、それは自分では叶えられない。叶えられても壊してしまうだけ、か」


「ええ、ですから……俺は別の理想を考えました。それは、理を敷かないという理です。人々の成長をただ見守り続けるだけ……その世を乱す存在が現れたときのみ俺の力をヒーローのような存在に与え、世を直してもらう。ただそれだけの平凡な世界です」


「妙な世界を考えるものだな。それでは私の理に駆逐されるだけだと思うが?」


「それならそれで良いんですよ。陛下やバアルの理に抱かれた世界をただ見守り続けられればそれで良い。陛下を守る盾や剣として存在するだけです。今の俺には大した理想はありません。神々を打ち倒し、世界の守護者になることだけが望みなんです。いつか、変わってしまうかもしれませんけどね」


 いずれどうなるか……それはまだわかりません。

 ですが、なにか決定的な変化が訪れた時まではこの理想を貫かせてもらいます。


「そうか。あくまで私を立ててくれるのはとても嬉しいよ。……そうだな。では、ただの一人の人間として望むことはあるか?神々だの、世界に敷く理だのという大きな概念ではなくだな」


 一人の人間として?

 妙なことを聞くものですね。目の前の陛下は変わらず理想に燃えているというのに、おかしな質問です。


「……俺のこの力を世界に示したい、それくらいですかね?あとは……愛する人たちと笑い合って幸せに過ごしたい。それくらいです」


 もう一つだけ、一度でいいから地球に帰ってみたい。『オレ』の家族や友人に幸せに生きていると伝えたいというのはありますが……コレはこの二つほど大きな目標ではありません。

 力を得れば、軽く叶う目標でもありますし。


「……私は、その愛する人の中に入れるのかな?」


「敬愛する陛下ですから。当然入っておりますよ」


「いや、そうではなく……まあ、今はまだいいか。私の順番は最後で良い」


 最後?……本当に何を言っているのかわかりませんし不穏な気配がします。

 心の何処かでは望む結果でありつつも、同時に強く拒否したい結果を生みそうでもある……良くわかりませんね。まさか……?

 いや、流石にないですよね。でも、俺が結果を残すまでの他の方々の陛下への評判を聞く限りでは……考えないようにしましょうか。


「それは良いとして。……この服、どうだ?似合っているかな?」

 

 服?……たしかに、普段着ている系統と少し違いますね。

 やや露出が多いと言うか、結構エッチな感じです。

 ですが、臣下としてはそういう目で見てはいけません。

 意識してしまうと目で追ってしまいそうになりますが、それをなんとか意志の力で断ち切ります。


「とてもお似合いだと思いますよ。陛下の美しさが際立ちます」


「そうか。それは良かった。……ええと、なんだ。もっとお前の方から遊びに来てもよいのだぞ?……そのための権利はあるのだし。それとも、私といるのは嫌か?」


 かなりグラッと来ましたが、臣下としての鋼の意志で耐えます。なんとか耐えます。

 危なかったですね……思わず、口説き文句を言ってしまいそうになりました。

 今この瞬間にも頬がゆるみそうになるのを抑えて、なんとか言葉を返します。


「では、たまにはこちらから参りましょう。……臣下の分を超えない程度に、更に仲良くさせてもらいたいと思います」


「ふふん……。しかし、臣下の分を超えない程度に、か。まあ今はそれで良い。では、ちゃんと遊びに来るのだぞ?」


 距離感が近すぎて色々言われそうな気はしましたが……断ることなんてできませんし、仕方ないですよね?

 正直、決定的な失敗に近づいた気しかしません。

 

 そこまでわかっていても逃げるという手を取れないのは、『オレ』に比べて『俺』が愚かであり、『私』に比べて『俺』が甘すぎるせいです。

 もっとちょうどいい塩梅になりたかったですね。


 『私』としての苛烈さは多少意識するだけで塩梅良しとなるのかもしれませんが、知能についてはどうにもなりませんからね。

 例え権能を働かせたとしても、体が元気だから脳がちゃんと働くとかその程度の強化にしかなりません。

 切実に『オレ』としての知能が欲しいですよ。脳が明らかに働いてないんですもん。

 糖分をもっと取ったらマシになりますかね?……それこそバカの思考ですよね。


 このような阿呆な思考は表に出さず、薄い笑みを浮かべながら『魔王の間』を去りました。

 

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