第27話 言わねばならぬ
「……ということがあったんですけど、どう思いますか?」
「ふむ。かつての己との邂逅か。なかなかに面白そうではないか。……ふふ、姫様がこうなったことには何か大きな裏、思惑があるのかもしれぬな」
今日見た夢のことを早速バアルに相談しました。
夢は夢、とはいえただの夢とも思えない。
あれがたとえ普通に夢でしかなかったとしても、少なくとも深層心理に溶け込んだかつての俺の具現化であるというのは確信しています。
ですが、思惑ですか。
考えなかったわけではありません。ゲーム世界に飛ばされる。ゲームキャラに憑依する。あるいは時間逆行して歴史上の人物として生まれ変わる。
それは前世における創作ジャンルとしてはそれなりの地位にありましたから。
一次創作、二次創作問わずに多くの物語が生成されていました。
そもそも、パーフェクト超人として生きるためには時間が足りなすぎたので、『オレ』はあまり読んだりはしませんでしたが、概要としては知っています。
それらの物語においては明確な理由付けをされていることは少なかったと思います。
……もっとも、あまり読んでいないと言ったようにサンプル数があまりにも少なすぎたというのは否めませんがね。
ですが、ここがゲームの世界だったり、水槽に脳だけ浮いてVRの世界に生きているわけではなく、本当に現実であると考えた場合……何かしらの理由はまずあるでしょうね。
それでもまず思い浮かぶのは偶然。唐突に死んで、たまたまこの世界に流れ着いて、『オレ』でも『私』でもなく『俺』となった。この手のジャンルとしては鉄板でしょう。
……そうであったのなら楽なのですけどね。少し考えづらいです。ないとは言い切れませんし、今でもそれなりに可能性はあるとは思っています。
ですけど、そうであればどうとでもなるので考えるべきはもっと悪い可能性。
次に思い浮かぶのは、神々が呼び出したという説。
『ノエル』という存在が為せたことを、『俺』へと変化させることでできなくする。
……考え難いですね。
神々にこんな真似はできないという思考はありません。力量的にはこれくらいはできてもまったくおかしくありません。現世への干渉が難しいという面はありますが、それでも『オレ』程度の矮小な魂を呼び出して定着させることは難しくないでしょう。
ここと地球が別の宇宙にあったとしても、それくらいはクリアできるはず。
ですが、同時に危険でもあります。
本来の歴史というものを知っている俺を選んだ理由がわかりません。
もっとひどいことになるかもしれません。彼らにとっての敗北条件は、単に殺されることもそうですけど……もう一つあるんですよ。
それは世界法則を破られること。
己らが破れなかったとしても、永遠に続く善悪の闘争の世界という理を壊されたら、奴らの望みはご破算のはずです。
勇者が最終的に勝って神の座を奪うのであれば、それは結局善悪の闘争において善が勝利したという結果は残るわけですからね。
奴らの心情については語られることが少なかったので、確実にありえないと言えるわけではありませんが……危険度で言えばそう変わらない、あるいは勝るんですよ。
となればおそらく違う。
ならば、別の誰かが呼び出したという可能性になるわけですが……思い浮かぶ人がいないんですよね。
かつての『私』ならばやれてもおかしくはありませんが、こんな事を画策した記憶はありませんし、記憶を隠しているにしても、夢の中で出会った『私』は楽しんでいながらも状況に少し困惑を見せていましたから。
本音をすべて話している様子ではなかったですが、この状況を引き起こしたのは『私』というわけでもなさそうです。
「まあ、あまり難しく考えるな。妾にも姫様にも良くわからんが、それでもその三者対談は役には立つだろう?」
「ふふ、まあそうですね。現状は考えたところでわかるものでもなさそうですし」
「というわけで、記憶をのぞかせてくれよ?どのような会話を繰り広げたかはすごーく気になっているのじゃ」
「え?……いや、待ってくれませんか?」
あの会話はあまり聞かれたくないのですが……。と言っている間にバアルの体は俺に溶け込みました。こうなってしまってはどうしようもありません。
諦めて記憶を読まれますかね。
『ふむふむ……なるほど、な』
「……?」
バアルの声が一瞬だけ少し怖くなったような気がしました。……本当に気の所為でしょうか?
バアルの声色の変化なんて俺が見逃すはずがないんですが。
『ふふ、声色の変化を見逃すはずないとは、実に嬉しいことを思ってくれるではないか。まあ、妾的には少し気に入らぬ事実もあったようじゃが、それも悪いと言い切れるものではない。気に入らないのと同時に嬉しくもある。良くやったぞ姫様っ』
「……それはどうも?」
あの会話の中に気に入らない事実があった?地雷になりそうですから、すぐにでも知りたいところですが……バアルが俺の心を読み取ることはできても逆はできないんですよね。
俺の方が取り込んだ側であるので序列としては上のはずなのに、なぜできないのでしょうか。
そう言えば、史実の陛下も『私』の記憶を見るのではなくて聞き出す形で知識を取り入れていましたね。
なんだか少し変ですね。……ちょっとだけ笑いそうになってしまいました。
『そうじゃな。……妾も、じゃな』
バアルはそう言うと、実体化して椅子に座りました。
「うむ、恥ずかしいのう。……じゃが、言わねばならぬ。そ、その……来週あたり、予定が特に入っていない日に……で、デートをしてくれぬか?」
バアルはさっきまでの超越者としての態度から一変して、初心な女の子のように頬を赤らめながらそんな事を言ってきました。
……心境の変化でもあったんでしょうか?何度か誘ったのに、バアルは人目が怖いと言って断ってきたのですがね。
ふふ、とっても可愛いですね。気持ちには応えねば。相棒のような存在ですし、元々いつかはそういう関係になりたいとも思っていましたから。曖昧にとぼけるような真似はしません。する意味もない。
「ええ、もちろんオーケーです。バアルが楽しめるようにがんばりますからね」
「ありがとう……じゃが、そうじゃない。すでに妾は姫様が楽しめるようなプランを考えているのじゃ。……その、乗ってくれるか?」
バアルは不安そうにそう問いかけてきました。
……そういえば、今までデートしてきた中で俺はどちらかというと、いえ、完全に主導権を握ってきましたね。プランもほぼすべて俺が考えてきました。
ですが、逆ですか……。
自分の中の男と女を都合良く使い分けると決めたのですから、今回は女の子として素直に楽しませてもらいますかね。
今どき……『今どき』? まあ、現代地球人としては遅れている発想なのかもしれませんが、そういうのもアリでしょう。
……都合良く使い分けることを知ったからこその提案でしょうか?いえ、最初から考えていたような口ぶりでしたし違うのでしょうね。
……わかりませんね。
ですが、この提案……なんだか凄くキュンキュンきますね。
不安そうに、でも明確に俺をリードしようとするバアルですか。
可愛いですし、頼りがい……はありませんけど、普段の知らない人がいるだけで怯えてしまうあの姿を考えるとちょっとかっこいいとすら思ってしまいます。
「では、上手にエスコートしてくださいね?」
「う、うむ……なんとか楽しませてみせるからの。楽しみにしているが良いっ!」
バアルは妖艶な美貌に似合わない、歯を見せた楽しげな笑顔を浮かべてからウインクをしてきました。
あー、やっぱりバアルは可愛いなぁ……。
今日この日、また一歩大きく距離を詰められた気がしました。
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