第25話 それは妾が望むもの
神話の時代、その始まり。
三柱の神々から流れ出した分霊の一体というのが妾の正体じゃ。
本物の神であるのは確かではあるが、宇宙に理を敷ける位置にはついていなかったし、なにより、あの三柱とはあまりにも大きな格の差があった。
姫様の知識から拝借して説明すると……あれらが『聖書の神』『全知全能の神』だとすると、妾や他の神々は自然現象を神格化した『自然神』に過ぎない。
宇宙のすべてに対して一自然現象では太刀打ちできないのは自明の理。
そして、生まれてから3万年が経った頃、神々は唐突に我らに対して『何も為すこともなく無様に死ね』と、そう命じた。
邪魔だったのだろう。奴らの心の深いところなんて全く知らぬ。
だが、人間と魔族……いや、善と悪による闘争の世界を生み出すためには、我らという灰色の存在は不要だった。それだけはわかっている。
我ら神々は、三柱の神々に反旗を翻した。
勝ち目はなかったが、一応は神である以上は種族としては同格だからな。簡単に支配されるほど脆弱でもなかった。
結果、我らは滅ぼされた。鎧袖一触、その言葉がふさわしいじゃろう。
奴らの生み出した最強の生命、ドラゴンの始祖一匹に全てが壊された。
仲間たちは皆死んだ。封印という形で生きていても、妾のように貶められているだろう。
妾は自然神の中では上等だったからな。なんとか手段を見つけ出して、封印される代わりに死なぬ方法を見つけた。
そして神木となって、世界を見守ることになった。
とは言っても、見守れる範囲は周囲数メートルだけ。なにか面白いことがあるわけでもなく、そのまま悠久の時が経った。
そんなある日、妾の体を囲むように村が出来た。
少しは楽しくなるかも知れない。そう思った。実際、退屈なのは変わらなかったが、それまでよりはマシだった。
だが、そんなある時、バカがバカをやらかした。
神木であった妾を見て何かを感じたのか、神として祭り上げだした。
最初は他の村人もそのバカを気味悪がったが、そいつの口車に乗せられ……そのうち、村全体が妾を祭り上げた。
ゆっくりと流れる河川の神であった実際の妾の姿とは全然被りもしない架空の神話を作り出し、戦と金属の神として崇めた。
神格も人格もまったく違うので腹は立ったが、妾を崇めること自体は殊勝だと思った。
なにかしてやれるわけではないが、見守ってやろうと思った。
時間が経つにつれ、村はおかしなことになった。
今思えば完全に邪神崇拝そのものだ。妾の神格もそれに影響されて、変質した。
今になってようやく、元の妾の神格に近いものに戻ることができたがな。
日々の食事として血なまぐさい供物を捧げられ、気味が悪いとは思ったが暇つぶしと思ってそれを食らう。
それによって、力が少し滾る感覚があった。
だから、与えられた供物を喰らい続けた。
自らの子や妻を生贄として差し出す奴らには呆れ果てたが、実際にその血や魂を食らっているのは妾だから人のことは言えん。
妾が望んだことではないとは言え、元凶であるのも間違いはないのじゃからな。
それから更に時間が経ったある日、妙な娘を見つけた。
ただの人間のはずだが、何かがおかしかった。
神格を持っているわけではないが、寒気を覚える感覚があった。
魂の格で言えば、妾以外の自然神よりはるかに強く、妾と比べてもさらに強い。三柱の神々よりは少しだけ格下だろうか。
だけど、三柱よりも『世界から逸脱』していた。
三柱は、法を敷く存在であるから世界を統べる存在だ。逸脱していると言っても、上から覆いかぶさる形。
だが、アレは『完全に外れていた』。神の祝福も呪いも届かない。
今も同じくらいおかしな存在だし、魂の格で言えばさらに跳ね上がっただろうが、世界から逸脱していると言う側面であれば、かつてが一番だろう。
その娘は、成長するにつれて力をつけた。
自然神のように圧倒的なものではなかったが、とても人間とは思えなかった。
ヒトだったその頃の彼女より強い人間もいただろう。人間界の強者の資料を調べた今なら歴史上に数十人は存在しているとわかっている。
それでも、異質さならば最大のものだ。
娘は最初は妾を信仰していた。形としてはおかしなものではあったが、確かにアレは信仰じゃ。
力のせいかおかげか、邪宗門の聖女として祭り上げられていた。
だが、いつしかそれが気に食わなくなったらしい。
娘の力によって勢力を拡大した邪宗門を邪魔に思った人間勢力、魔王勢力がことごとく村を滅ぼそうと画策した。
彼女はそれらすべてを軽々と打ち払った。
そして、いずれは妾のことを冷めた目で見るようになった。
だが、それでも別に良かった。
彼女によって滅ぼされた者たちの屍や魂を喰らう事によって、復活はどんどん近づいていったのがわかっていたから。
ちゃんと役に立つならば信仰などしなくて良い。
……そう、思っていたのだがなぁ。
ある日、大量の供物を食らったときだった。
妾はついに肉体を取り戻した。権能の力も漲っていた。
『ふむ、汝らが妾を呼んだのか。なかなか見上げた志じゃ。じゃが……ちと、供物が足りんの。この村ごと滅ぼして我が血肉と化してやろうぞ』
役には立ってくれたし、信仰してくれたのはありがたかったが、自らの子や妻まで容赦なく生贄として捧げるその心はあまりにも醜すぎたから、せめて食らってやって、『河川の神』として浄化してやろうと思った。
奴らが崇めた『戦と金属の神』としてではないが、こういう趣向も悪くはなかろうと思ったから。
『そうですか、良かったですね。しかし私のほうが強い』
『な、な……ぁっっ!!』
だが、『貶められた』という事実を軽視しすぎた。
あまりにも久しぶりに力の巡りを感じたゆえ、全盛期のままだと勘違いしたのが悪かったのだろう。
相手があの娘……姫様ではなければどうとでもなっていたとも思う。
だけど、現実としては『ただの並外れた人間』に調伏され、魂も権能もすべて取り込まれた。
そして、その魂の中を理解した。
いや、まともに理解はできなかった。ただ知っただけ。
まあ、そんなものはどうでもいいのだがな。
妾は姫様の中で、姫様が織りなす常軌を逸した演劇を眺め続けた。
妾にとってはあまりにも刺激的すぎた。自分は関われないとは言え楽しかったし、最高にイカれていて、ドラマチックな運命すらも粉砕するその物語に心を掴まれた。
物語のラストを飾る、魔王の力を一時的に借り受けたかつての勇者との決戦は今思い出すだけでも興奮してしまう。
結果として、姫様は敗れた。
また2000年もの孤独の中を過ごすことになった。あまりにも濃密な期間を過ごしたせいで、たった2000年があまりにも長く感じた。
妾の時間間隔は超強力な魔族と同等といったところだろう。かつてはともかく、貶められた今となってはその程度。
2000年を孤独に生きるには心もとない。だけど、それだけではなかった。
濃密で楽しい時間を知って、感覚が狂ったからこそ妾は苦しんだのだ。
事実として、2000年がちっぽけに感じる時間を『退屈で辛い』、その程度の感想で切り抜けてきたのだから合っていると思う。
かつて神として生きた3万年よりも遥かに大きな経験だ。
そんなある日、ついこの間のこと。
姫様が久しぶりに覚醒した。
だが、何かが違う。復活した瞬間に、かつてよりはるかに膨れ上がった魂の波動と、わけのわからない妙な記憶、人格の変化を知った。
何が起きたのか、理解は出来なかった。
姫様自身、これという明確な答えは出せていない。
だが、わかることもあった。
姫様は三柱の神々の理を凌駕する『魂の熱量』を得、それを行使するための知識を得たということ。
それでいて、あの頃から根本は変わっていない。
魂は変化した。かつてより強大になった。だが、かつての形を失ってはいない。人格も同じようなことが言えた。
異世界に住んでいたという男の記憶を得て、人格は変化していた。あまり残虐ではなくなったし、愛という概念を獲得した。
だが、かつての色を失ってはいない。変わらず姫様は姫様のままだ。
小娘だった頃から姫様を見守り続け、取り込まれてからは魂の隅々まで理解している。ただ知っただけのあの頃とは違って、あの濃密な劇を見届けて、その後の2000年を共に過ごしていたから一番の理解者であるという自負がある。
そんな妾が『同一人物』だと断言するのだから、間違いはない。
おかしな娘だとは思っていた。狂っているとも思っていた。だが、ここまで純粋に外れているとは思わなかった。
それが妙に嬉しくて……妾は姫様に声をかけ、表舞台に出る決意をした。
以前ほどのハチャメチャさはなくなった。ストーリーの爽快感も薄れた。少し退屈だとも言える。
だけど、共に生きるのならば新生した姫様とのほうが楽しいと断言できる。
だから妾は、世界でただ一人、妾の孤独を埋めてくれる『姫様』という存在を幸せにしたいと思った。
他の者と会話するのも新鮮なものがあって楽しい。侮られていると感じた時は苛つくが、それでも孤独は薄れる。人と関わるのは大変ではあるが楽しい。
だけど、埋められはしない。穴の空いた桶に水は貯まらない。それをなんとかできるのは姫様だけ。
色々理屈を並び立てたし、感じるものもある。
だけど結局のところ、妾は姫様と共にいれればそれで良いのだろう。
恋人になれたら当然嬉しいし、狂喜乱舞するだろう。
だけど、共にいれる限りそうでなくても良い。
姫様が他の誰とくっつこうが、親友となろうが、大切に思おうが、正直なところあまり興味はない。
それで姫様が不幸になると思ったならば、無理矢理にでも排除するかもしれぬが、幸せになれると思ったならば、祝福するだろう。
ふふ、妾が姫様のトクベツであるから驕っているだけなのかな?自信がなくなってきたのう。
だが、少なくとも心の表面ではそう思っている。
姫様が幸せになれるという前提条件を満たしている上で、そこを邪魔する者が現れぬ限り……心底どうでもいい。
魔王はいくら姫様に惚れていて大切に思っていても、それ以上に理想を追うだろう。
理想を実現するためには妾という存在は必須だからな。真に色ボケ魔王にでも変身しない限り、引き離したりはせんだろう。
姫様と妾を引き離すということは、つまりどちらかを殺すことにほかならないからの。
妾を殺す方向性になるだろうな。だが、妾を殺したところで姫様の中で、意思のみとなった妾が復活するだけじゃ。いついかなる時も共にいるのだ。そちらのほうが不愉快じゃろう?意思だけだから、利用もできなくなる。最悪の展開じゃな。
敵ではない。互いに利用し合えばいいだけじゃ。姫様をものにしたいのならば、企みに乗ってやって良い。姫様の側もまんざらでもないようじゃからな。
メタトロンは……何を考えているのか、妾にはさっぱりわからん。社会の常識を持たない妾が悪いというわけではないだろう。他の者でもわからんと思う。
互いに想い合っているのだけはわかるが……危険なものは感じないから良い。
引き離したりはしないだろう。
……妾と少しだけ似た雰囲気も感じるから、彼女もきっとスタンスは近いのだと、そう思い込んでいるだけかも知れないな。
不愉快かもしれんが、妾と姫様は不可分ゆえ諦めてくれ。
ただ、アーリデだけは少し危機感を覚えてしまう。
二人は親友のような関係性のようだが、いずれ妾だけに許されている『相棒』というポジションを奪うのではないかと少しだけ想像してしまう。
ポジションとして、親友と相棒はかなり似ているからの。
だが……そうなったとしても、応援するかもしれぬな。
アーリデはイイヤツじゃから。
初動から姫様を守るような行動を取った者は、こやつ以外にはいないのじゃ。
両親でさえも、最初は姫様を利用しようとしていたのだから。
結果としては姫様の在り方に魅了されたが、やつらは敵に他ならぬ。
それに、妾に対しても敵意というかライバル心を持っているはずなのに、純粋に優しく接してくれた。気持ちの良い娘じゃ。
きっと、姫様に幸せをもたらしてくれるだろう。
もし二人が相棒になったら……祝福せざるを得ないじゃろうな。
親友兼恋人という立場を狙うのならば、それでも言祝ごう。
その時は、妾は妾で姫様と新たな関係を築けばよい。
もっと良い関係を築けるかもしれぬ。もしかしたら、夫婦にすらなれるかもしれない。
想像しただけで頬がゆるむ。どのような甘い言葉をかけてくれるのじゃろうな。
逆に、ただの友人に成り下がるかもしれぬ。だが、共にあれるならそれで良い。
緩やかに流れる河川という『不変』の概念である妾は、変化というものを好まない。
祀り上げられることで得た、『戦と金属の神』としての神格に影響されたりもしたが、それは心底不愉快じゃ。
だからこそ、大きすぎる『進化』を経ても『変わらなかった』姫様を更に好ましく思ったのだから。
だけど……少し、自分から変わってみたくなった。
『正義はかならず勝つ』なんていう、王道の物語を散々にかき回していたトリックスターである姫様をずーっと見てきたせいで影響されたのかもしれん。
歩みの幅は狭いかもしれぬが、気分は悪くない。
変化しようと思うと胸がゾワゾワするし、気持ちが悪くなる。だが、その気持ちが嫌なだけではない。嬉しくもあるのじゃ。
終わりまで姫様と共にいられるという結末だけは『不変』のまま、より良い結果を掴み取れるように少しは変わってみるべきじゃ。
神々への恨みは正直なところ、ほとんどないのじゃがな。
姫様に騙ったアレは、信じてもらうための芝居に過ぎん。思うところがないとは言わぬが、姫様と会えたこの未来を掴み取るためには必須の出来事だったのだから感謝すらしている。
もし、この先三柱を超える力を手に入れて、そのまま過去に戻る羽目になったとしても、もう一度姫様と出会うという未来を掴み取るためだけに、そこまでの道のりは全く同じ道を選ぶじゃろう。
あの戦いの結果をどうするかだけは悩むところじゃな。
妾が勝利して、妾だけのものとして最上の結果を掴むか。わざと負けて、今の姫様と出会ってから新たな未来を掴むか。
神木となって数万年じゃ効かない孤独の時間を今の心持ちのまま過ごすのは辛いじゃろうが、何度繰り返しても妾はそうする。
他人と関わるのが下手くそなのに、多くを見通す姫様の目を今でも騙せているのは、単純に『誰よりもノエルという少女のことを良く知っているから』。
姫様限定の特効じゃから騙せているというのもある。
だが、自らの手で物語を動かしてみるのも悪くない。
自らの活躍によって、神々の予定調和を打ち破ってみたくなった。
見守るのはもう終わりだ。……そうだな、表舞台に出たというのに自覚が足りなかった。
そうなると、姫様に少しプレゼントしてみるべきかな。
今の時点で自然神だった頃の三割ほどの力は手に入れている。おそらくできるじゃろう。できなかったとしても、遠からずかつての力は上回れるはずじゃ。だから、どのみちできるようにはなる。
じゃが、チカラは足りていてもそれをするためには姫様のことをもっと理解せねばならぬからなぁ。
妾が知らぬ部分まで蘇らせることもできるが、あまりにも知らなすぎるとどうしようもない。
……そうじゃな。戦場じゃ。戦場でならば姫様の事をもっと知れるかもしれん。
抑圧された部分があることまでは知っている。それがどういうものかという概要もな。だけど、そこがさらけ出されれば更に深いところを知れる。
そうじゃな。戦場から帰ってきたとき、妾の『流水の理』によって蘇らせてやろう。
所詮は一時的なものに過ぎぬし、心の中だけだ。だが……己の真実を知ることはできる。
姫様ならば、きっと妾では気付けないところまで気づいてくれるだろう。
一度だけでは足りぬじゃろうな。何度か繰り返さねば。
神々以外の何者かの作為を感じるのでな。
異なる宇宙に干渉できる者となると、相当限られる。ただの偶然なんてことはないじゃろう。
それは姫様を手助けしているように見えるが、実態がわからぬ。
頭が良いわけではない……いや、阿呆だ。馬鹿な妾ではいくら考えてもわからぬから、自分で気づいてもらう他あるまい。
姫様も特別頭が良い訳ではないが、妾とは違って馬鹿ではないし、自分のことは自分が一番理解できるはずじゃ。
妾のほうが姫様のことを理解している現状がおかしいのじゃ。
そうじゃな。二人ですべてを転覆しよう。いや、二人じゃない。魔王、メタトロン、アーリデ、そして勇者……駄目じゃな、これでも足りない。もっとたくさんだ。
この星のあらゆる者らかな……いや、違う。
そうだ、この宇宙全ての存在の支持を集め、すべての想いを束ねてシナリオを打破しようではないか。
総意こそが正義なのだ。ならば、正義が勝つことを求めている奴らにとっては最高の終わり方じゃろう?
皮肉が効きすぎているかな。それとも、奴らにとって都合が良すぎるか?
だが、奴らが想定していない未来であることは間違いない。
物語を掻き回すことこそが、トリックスターとしての本領よ。
かつて姫様はたった一人で戦っていたが、今は一人ではないだろう?
妾もついている。予定調和を壊そう、な?
「すーすー……えへへ」
「ふふ……やはり愛らしいのう」
妾の隣で幸せそうに寝息を立てている姫様を見て、決心をさらに強めた。
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