第24話 野望と恋・下の巻
――ノエルは可愛い。とにかく可愛い。最高に可愛い。こんな存在が生まれた世界を作ってくれたことだけは神に感謝してやってもいいくらい可愛い。
どこが可愛いかを色々語っていきたいところだが……三点に絞って語ろうか。
まず、配下として可愛い。
魔界統一戦線においてはあまり知見に期待はできないようだが、対神々を見据えるにあたり、彼女はあまりにも冴えていた。
私が知らなかった知識、『史実』でも知り得なかった知識を知っている。
そのおかげで、今からある程度の対策も立てられるし、勇者に対抗する数少ない手段も失わずに済んだ。
権能という至上の力、彼女が持ち得る値のうち9割という大き過ぎる範囲のチカラを与えてくれた。
これに関しては、そうせざるを得なかったのとそうしたほうが彼女に都合がいいからだが、それでも嬉しいものだった。
9割という割合も絶妙で、『史実』の私のように彼女の力を全て奪い取っていたとしたら私は私でなくなっていただろう。
事実として、今の私ではやらないようなとてつもない悪行もしていたようだ。
人間には憎悪もあるが、そこまで酷いことはやる気はない。
彼らは勝者として設定されているというだけで、神々の脚本で踊る演者であることは我らと何ら変わりはないから。憎いが、ある程度は救いを与えたいとも思っている。
そもそも大半の悪行はやるメリットすらないように思えた。あんなのは単なる残虐性の発露でしかない。
いくら人間相手でも、あんな事をするようでは神々を罵る資格などない。
だから、『私』を救った恩人とも言えるのだ。
権能の有用な鍛え方を編み出した時はそれも惜しみなく教えてくれた。
彼女ならば、手段を選ばなければ私から魔王の座を奪い取ることも難しくないほどの圧倒的な存在なのに、私を明確な上位者として認識してくれるし立ててくれる。
こんな凄まじい生物が私の魔王としてのプライドをうまくくすぐってくれるのだ。可愛くて仕方ないに決まっている。
それに、同志としても可愛い存在だ。
魔族の世を築くという最大の理想についてはあまり共感を得られなかったようだ。
彼女は元人間で、別に人間に恨みがあるわけでも魔族に好意を持っているわけでもないから当たり前だが、そこは寂しかった。でも仕方ない。
だけど、神々を滅すという目標は一致していた。そこを意識し目指している存在は今までいなかった。魔族の世を作り出すという理想に賛同してくれる者は数いても、こちらに賛同してくれる者はいなかったし、理解すらされないだろうから話したことはほとんどない。
メルフェデスは理想をある程度理解しついてきてくれているが、あくまでも配下だから。忠誠心と大叔父としての情によってどこまでもついてきてくれるだけ。
それはそれでありがたいしうれしい。感謝している。
だが、理想に心から賛同してくれる『同志』という存在はノエルと彼女の副官……邪神殿だけだ。
邪神殿はあくまでもノエルの配下であり、魔王軍にまともに属していると言えるのかも怪しい。同志であることに変わりはないから、他の者よりは特別なのは確かではあるが……。
それに、別の理由でちょっとな。
実にあさましく俗っぽい理由なので、自分らしくないと思いつつも自己嫌悪してしまうが、少し憎いとも思っている。
正直、あまり好ましい存在ではない。功績を立てたら報いるし、良くやったと大声で褒めるだろう。本心は隠しているし、認めるべき部分は認めてはいる。だが……はっきり言って大嫌いとすら言っていい!奴は気に食わん!
だけど、ノエルは配下としての立場をわきまえながらも、同じ目線で理想を抱いている。
嬉しかった。格上も格下もいくらでもいたが、対等な存在はいなかった。
配下であり、立場もわきまえている。しかし、確実に対等だとも思っている。矛盾しているようではあるが、そうでもないのだ。
――己と共にあって欲しいと思った者など、私の人生には一人としていなかった。
そんな相手を見つけられたことに喜びを感じた。
それにもかかってくるが……第三の可愛さの理由について語ろうか。
私はどうやら、ノエルという少女を好きになってしまったようだ。
可愛すぎるから仕方ない……といいたいところだが、私は容姿程度でどうこう言う精神性はしてなかったし、ノエルの精神性はたしかにとてつもなく愛らしいと思うが、それで恋するような女でもない。
おまけに容姿はともかく、精神性に関しては俗に言う『好きな人補正』がかかりまくっているとも思う。
ノエルの悪口は言いたくないが、合わない人からすると『嫌な女だ』なんて感じるような精神をしているとも思ってしまう。
立ち振舞い、容姿、雰囲気。そして他者の奥底を見通す眼。
誰よりも強く他者を惹きつける魅力があるのに、強さを示していないという点のみで嫌われているのだから、実際そうなんだろう。
態度が慇懃無礼に感じる者も多くいると思う。
ようはこの恋心は吊り橋効果だとか、ストックホルム症候群だとか、そういうものから始まったのだと思う。
初めて出会った時、理想を共有できて、最高の配下にもなる、そして『史実』という特級の情報すらも知る最高の同志が現れたことで、私の心は有頂天になるほどに舞い上がっていた。
そんなときにあのあまりにも愛らしい顔で微笑まれたから……心臓が飛び跳ねてしまった。
普段ならば『特別愛らしい顔をしているのだな、だがそれで何が変わるわけでもない』で終わる程度の感想しか抱かなかったと思う。
事実、ノエルに近い飛び抜けた美しさを持つ光輪卿を初めて見た時もなんとも思わなかった。今見ても変わらない。『美しいな、羨ましいとすら思えないと言っていた者の気持ちもわからなくもない。だが総じてどうでも良い』。そんな感想で終わりだ。
ノエルは光輪卿よりも更に美しいが、やはりどうでも良いと思っただろう。本来ならば。
私の本質は夢追い人だから。魔族の世を作り出し、我らを虐げてきた神々を滅ぼしたい。そんな理想のみを追いかけてきたから。
それ以外は基本的にどうでもいい。優秀な者や役に立つ者は好ましく思うし、好きだ。才ある者は愛するのが我が信条。だが、恋情など抱いたこともなかったし、性欲すらも持っていなかった。
跡継ぎを考えろとせっつかれたこともあるが、神になることを考えれば次代に託す必要もない。
権能を得て、それによって神になるための資格も得た今ではおそらく加齢が極端に遅くなっているか、不老なのだと思う。
真の神として至れば、いつか我らを超えるほどの反逆者が現れて私を討伐するまで死ぬことすらなくなると思う。反逆者が現れない理を作り出そうとしているから、そんな未来も訪れないはずだ。
権能を得る前は、それが成らないのならば魔王軍など滅びても良いと思っていた。
私が発展させた魔王軍なのだから私の愚行で滅びるのも一興だ。
だから、夫も妻もいないし、誰かと致したこともない。なんなら、性欲すらないから自分で自分の欲を慰めたこともなかった。
もっとも、チカラの強さと年齢的に、夫や妻などというものはまだいなくてもおかしいことではないがな。
更に言えば、食事を摂る必要もなかった。ここ数ヶ月では食事を摂ることも増えたし、ノエルと摂る食事はとても楽しく感じる。だが、必要あるかないかでいえばない。
なにかしらの理由で他人と会食したりなど、そういう必要があれば取るだけ。
……生まれつきズレた存在なんだよ、私は。
ノエルから聞いた知識から考察するに、『魔王』となるべく世界が生んだ特殊な存在であると同時に、世界から半分はみ出した致命的なイレギュラーでもあった。
その二つの要因のせいで、生まれつき生物として狂っていたのだと思う。
だけど、あのときの精神状態は少し異常だったから……それを引き起こしたノエルの微笑みを見て、必要以上に揺さぶられてしまったんだろう。
結果、私に存在し得ないはずの恋情や情欲などというものが生まれてしまった。
その瞬間から、心を掴まれた。なんとしても己のものにしたいと思った。
吊り橋効果やストックホルム症候群などというものは、本来落ち着いたら簡単に消えてしまうものらしいが……そうはならなかった。
私の精神性が魔族や人より高次元なのか、それとも一般的なヒト型の魔物のような形をしている、つまり低次元なのか。
どちらにせよ、有する世界観が大き過ぎたのが理由なのだろう。
怒りや喜び『のように見える』感情を持っていても、それは本物とは違う。
初めてその事実に気づいた時はショックには思わなかった。しかし、今ではどうしても悩んでしまうよ。
この恋情や情欲も、人の言葉で説明すればその語があてはまるというだけで、本当は違うのかもしれない。
それが悩ましくて苦しくて、でもそんな『常人』がするような葛藤を与えてくれたノエルが更に愛しく思えてしまう。
どうか、できれば、この思いが実ってほしい。
だけど、ノエルは光輪卿に懸想しているようだからな。
その上、千刃卿にも手を伸ばそうとしている。
なにより、邪神殿とはいつ一線を越えるかわからない。
……この想いは実らないんだろうな。
同格、あるいは格下の相手を囲うことは考えられても、主君である私を囲ってくれるなんてことはありえないだろうから。
それは魔王としての権威に関わることでもあるから、私としても認めがたい。
もっとも、彼女が望むのならば、無理矢理にでも認めさせるつもりだがな。
それよりもっと良さそうな方法はある。何も難しくないし、簡単だ。
主君として命令して、無理矢理私の妻にすることはできる。もしかしたら、そのうち愛してくれるかもしれない。いや、愛させる自信はある。
配下たちからは色ボケ魔王とか思われてついていくことに不安と不満を持たれるかもしれない。反乱を起こそうとするものも出てくるかもしれない。だが、それは収める自信がある。
だが、問題はそこじゃない。
おそらく私の妻になって私を愛すようになっても、ノエルの抱く光輪卿や千刃卿、邪神殿に対する慕情は消えないだろう。
光輪卿と千刃卿はなんとかなるかもしれないが、邪神殿に関してはいつ関係を持ってしまうかわからない。
彼女と邪神殿は、物理的にも精神的にも近すぎる。
離れ離れにさせることは諸々あって難しいし、ノエルが自室にいるときに邪神殿と一緒にいるなんていう状況はあまりにも簡単に想像ができる。
彼女が立場を考えて拒んだとしても、邪神殿は……生まれつきの神だから、私やノエルと比べてもちょっとおかしなところがある。
だから、ふとした拍子に我慢することをやめて迫ってしまうかもしれない。
想像するだけでも恐ろしいが、邪神殿にはなにかしら一時的にでもノエルの体を操る手段があってもおかしくない。
その術に対する対抗策を練っている間に、無理矢理にでもされたら……大変なことになる。
我らのような神もどき、神格を持つ超生物の長い寿命の中で、一度もそうならないとは思えない。
邪神殿を許せなくなってしまうし、最悪二人の間で情が再燃するかもしれない。
最初から三人と同じようにノエルに囲われるという形ならば、私も納得する。
だが、一度完全に『私だけのもの』にしたあとに傷物にされたら、許せない。
……収集がつかないんだよ。
流石にそんな色ボケな理由で国を滅ぼして夢も破れるのは理性やプライドが許さない。
結婚することを諦めて彼女らのイチャイチャを指を咥えて眺めるという、少なくともノエルは幸せになれる収め方より不幸な結末になるのだから、拒否する他ない可能性だ。
邪神殿を排除しようにも、彼女には重要な使い道があるから。
今更理想を追うことを諦めて安穏に、魔界を平定した魔王として幸せに暮らす決意なんてできない以上、その道は取れない。
そもそも、諦めた私の力量程度で完全に殺せるのかも疑問だ。
……なんとなくだが、ノエルの精神の中に寄生する形で生き残りそうだ。
ノエルが他の女どもに汚されるというのは苛立たしいし、考えただけで頭をかきむしりたくなる。
しかし、魔王としてのプライドも権威も傷つくが、私もノエルに囲われるという形が収まりが良いのだ。
……立場を考えるとまず第一夫人、正室になれるだろうしな。
他の者たちより条件が恵まれているからな、私は。
ありえないとはわかっているが、立場が一番上である以上私のことをないがしろにするという選択肢もありえない。
……まあ、配下として一線引いているノエルにその選択肢は取れぬよな。
いや、待てよ……一線引いている。それだけならばいけるのではないか?
私を見る目に、稀にいやらしいものが混ざっていることはわかっている。
そうだ、不可能だと思っているから囲おうとは考えていないだけで、女として意識自体はされているのだ。
判断力を一時的に失わせるほどに私という存在と愛を叩き込めば……。
その隙に、この考えを吹き込めばどうとでもできるのでは?
洗脳のようで実に気に食わない手段だが……権能の使い方を探ってみるかな。
いや、権能を使わずともできるかもしれない。
単なる色仕掛けでは理性のせいで逃げられるかもしれないが、立場も使えば……。
……外道の手法だ!そんな手を使ってたまるか!それでは史実の私ですら及ばぬ悪党でしかない!
……むう、可能性が出てきてしまうと悩んでしまうな。
今までは恋い焦がれながらも、不可能だったときばかりを想定してしまっていた。傷つきたくなかったんだろう。
まず無理だと最初から決めつけていれば、ダメージは抑えられるからな。
他人に何を言われても傷ついたりはしなかったが、常人にはそういう本能があるのだと聞いていた。
無意識に実践してしまっていたのだろう。私にとっても有効な手法だったようだ。
だからこそ抑えられていたが、実現可能かもしれないとなると……。いかんな、酷い手段を使ってでも手に入れたくなってしまう。
所詮は征服者なのだな、私は。
だが、諦めなくて良いかも知れないとわかったのは大きな収穫だ。
物事は一つ所ばかり考えると陥穽に気づけなくなる。落とし穴を見失ってしまう。
恋愛においても……勝負事(ラブゲーム)においてもきっと同じだ。
最悪の場合でも、配下として最高の忠誠を、同志として最大の信頼を置いて貰えるように立ち回らなければ……。
それさえあれば、他の誰にも抱いていない感情を独り占めできているので我慢は効くはずだ。いや、無理矢理にでも抑える。
これでは、一部の配下に言われていると報告が入っていたように、本当に女(ノエル)に溺れるバカ君主そのものだな。
だが、これでいい。これがいい。
愛を知った。情も知った。だからバカになってしまった……だが、それの何が悪いという。
生物として少しは健全になれたのだから、歓迎すべきことだ。
それで問題が起きたとして、解決できるだけの力は持っている。
なにより神を滅したい、その座に座りたい、そして魔族の時代を作りたい。その理想、渇望はさらに燃え上がって収まらん。
真に神となれば、他人に理想を示さねばならんのだ。
単なる王の段階でもそうだ。他者に示す理想の未来像がなければ、誰かの上に君臨なぞできぬ。
それらが残っている限り、問題はない。
むしろ、作り出す地平は愛を知ったことでより良い物にできるだろう。
情が想定されていない世界なんて息苦しいだけだろうからな。
この時点で修正できたのはいいことだ。あのままであれば奇跡が起こって神になれてもすぐに反乱が起きて、魔族の時代は反逆者が現れるまで……せいぜい200年続けばいいところという終わり方をしただろう。
……とはいえ、『魔王』、『君主』として劣化したのは事実だな。
どうしようか、魔界すら統一できなかったら。鬼札を手に入れたというのに、史実の私以下の戦績になるじゃないか。
「……ふふふ」
ともかく、早く帰ってきてくれ。お前の顔が見たいよ。
お前ならば、西国の攻略を大きく進めてくれるだろう?
もしかしたら、攻略までしてしまうかもしれないな。……流石に期待しすぎかな。
ともかく、功績を上げて帰ってきたら大きな声で称賛してやろう。
肩を叩いて、良くやったと。お前の働きのお陰で事は成ると。
愛だの情だのはその後だ。まずは配下としての労を大いに労わなければな。
功多ければ男爵位くらいは上げてもいいだろう。
五芒星に相応しい、いや、その中でも上位の実力があると知ってしまえば、配下共も褒め称えるだろう。
子爵位のほうがいいかな?……さすがにまだ大きすぎるか。だが、領地や大きな兵力を預けるのが危険な以上、そこまで与えて報いるほかないな。
忠誠心が更に高まって主君を囲うなど恐れ多いなどと言う気持ちが更に高まってしまってもいかんが……功績には報いるべきだしな。
さすがにここは才能を愛するものとして譲れんところだ。配下たちに示すためにも必要なことでもある。
何を差し置いてもノエルの愛を手に入れたいだのとは言ってられん。
ふん、少しは冷静になれたようだな。我ながら、色ボケすぎて悲しくなる。
大嫌いな『墜文王』よりも酷いかもしれん。あちらは芸術によって身を滅ぼしたが、彼の詩文や作品は後世に残り高く評価された。
対してこちらは何も残せない色ボケで国を滅ぼすかもしれないのだからな。
今更元には戻れんし戻る気もないが……少しは立場を意識しよう。戻れなくても、退くことは考えるべきだな。
その五日後、ノエルが想像を超えた功績を立てたことに頭を悩ませることになったのは別の話だ。
――
内面描写だけなので二話に纏めましたが、ぶっちゃけ区切りの良いところで分けるのが苦手なだけです。
最近の風潮的には2000〜3500文字位がいいのかな?とは思っているんですけどね。
自分的には5000文字とか10000文字とかのほうが良いなあと感じるのでとりあえずコレで。
もしかしたら、そのうちアミダの閑話は上中下になっているかもしれません。
その場合、つなぎの文章が入るか入らないかくらいで内容はほぼ変わらないと思います。
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