第23話 野望と恋・上の巻

 かつて世界すべてを相手取った古の覇王。歴史上最強の生物と呼ばれることもあるトリックスター。

 その復活の予兆は感じ取っていた。文献を読み漁ることで、あとどれくらいで復活するかなどを予想を立てていたのが功を奏したな。

 流石に、魔界と近い場所にある島にあるとは言え、いろいろと隔絶している人間界から発せられる波長など、何も知らなければ読み取れない。


 だが、調べていたおかげで知れた。そして、予想よりも少し早く復活するようだったので急いで覇王が眠る神殿のある島へと転移した。


 ……覇王は私が来たことは察知していたようだが、動きを目で追えていなかった。

 少し落胆した。

 だが、同時にその超越したオーラと、求めていた力の波動に飲み込まれそうになった。


 小指一つでひねりつぶせるであろう相手ではあったが、かつて覇王であった娘ということには疑問を抱かなかせない圧迫感を感じた。


 呑まれていると思われたくない。魔族ならみんなそうだと思うが、私はその中でも人一倍プライドが高いから……余裕を持っているのだと演出した。


 そうして会話してみると、やはり彼女は私の求めている人物だった。

 ただ、かつての覇王そのものではないとも知った。


 おそらくは未来から別人の記憶や魂を召喚して、この2000年の間にこの体に定着し、どちらでもあってどちらでもない新たな己として新生した。そういうところなのだろう。

 

 彼女もそれを否定しなかった。隠す気もあまりなかったようだがな。でなければ、匂わせるようなことは言わん。

 当たらずとも遠からずというところだったのだろう。

 普通は信じられないことではあるが、神の資格を持つものならばこれくらいはやれてもまったく不思議ではない。

 もっととてつもない力を使えてもおかしくはない。例えば、遠く離れた星にいるかも知れない異星人を呼び出すとか、並行世界の己を呼び出すとか、はたまた全く関係ない宇宙にいる別人を召喚するとか、逆にそちらに転移するとか。


 それらをやれてもなんらおかしくないのだから、未来人の記憶や魂を召喚して融合するなんてというのは簡単な部類だと思う。

 それにしては召喚された側に影響され過ぎな気もするが……今の彼女は弱いからな。

 覇王であった頃の彼女と融合させたところで、単に取り込まれるだけで終わっただろうが、今の弱りきった彼女を見れば……特別強力な魂であったら不可能ではないとも思える。


 彼女の話を聞いていると、更にそう思えた。

 今の彼女にはそんな力はないだろうが、かつての彼女が死に際にそう願ったとか、そんなところなんだろうと思う。

 三柱の神々のうちの誰か一人と一対一の戦いをするならば勝てる、武力だけなら上回っているのだとかつての彼女は言っていたらしいが、それが事実であろうがなかろうが不可能はない。


 私が知る世界の知識と、彼女が知る事実を符合したところ……神々はこの世界の常識、宇宙法則を己の色に塗り替えているようだから。

 それがこの世界の真実ならば、彼らよりは劣る存在で、真の神ではないとはいえそれくらいは容易いと信じられる。


 もっとも、彼女の真実は私にはわからない。もしかしたら、肝心の部分は隠しているのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。未来人では説明がつかない部分があるからな。

 ……だけど、その考察を信じることにした。

 わかればいいのは、私にとってここに存在する『不思議な少女ノエル』は、本来この場にいたはずの『覇王ノエル』よりも上等な札、鬼札だということだ。


 反吐が出るような世界の法則を作った神々に復讐するために。

 なにより怨敵である人類に勝利し、魔族の未来を作り上げるために。

 そのために必須のカードは、『本来の私』ではなく、今ここにいる私に与えられた。


 彼女が本来のノエルではないのなら、この邂逅を以て私も本来のアミダではなくなったのだろう。

 歴史は分岐したのだから。

 彼女が言うところの『史実』は消えるのか、それとも別の宇宙として存在し続けるのか、それともこの世界で何かを為したら『史実』の世界も私の法で塗り替えられるのか。


 わからない。もしかしたら、総てが終わったはずの先になにかとてつもない事実が隠されているのかもしれない。

 かつての彼女は何かを知ったから、今の自分では無理だと悟って己を作り変えたのかもしれない。

 

『史実』の世界は私にとっては神々のうち一柱を滅ぼすことに成功し、それ以上も望めるという点では理想に近かかった。

 しかし、もう一つの理想である魔族の世界を作り出すことに関しては全くうまく行っていない。

 私はともかく一般民衆の魔族たちはそこまで酷い目にはあっていないし、善が必ず勝つという法則は打破できるようであるが、それを為したのが善の側、人間の側というのが気に食わないし、私の力で為したわけではないというのも許せない。


 しかし、そんなのは彼女にとってはどうでもいいことだったろう。

 神々に対する憎しみによって戦っていて、その原因を解消できて、理想を託せる相手……勇者たちも見つかった。

 ならば、それを知っているのなら未来人の魂、あるいは記憶を移すなんてことをする必要がないように思える。


 覇王であった頃の彼女はどこまで知っていて、何を知らないのか。……そもそも、見落としがある?これを為したのは彼女ではなく、他の何者かなのか?それが神々なのか、誰なのか……。

 神々だとしたら、己らを滅ぼしてでも叶えてもらいたいなにかがあるということだ。

 かつての彼女、あるいは神々、あるいは別の何者か。誰がこの状況を作り出したにしても、厄介極まりないことになりそうだな。


 単にたまたま、自然に、偶発的に起こったことであるのならばなにも考える必要はなく、単に我らが神々を滅ぼすための最強のカードを手に入れたと喜べるのだがな。可能性も、無くはないだろう。

 神々から流れ出した分霊のような精霊が、いたずらとして力を行使した結果、たまたまこうなったというのもありえなくはない。


 まあ、今はそれを考える時期ではないな。

 深読みしすぎると外れた時、とてつもない負債を背負わされるからな。

 かつてそれで失敗したことがある。

 お祖父様も似たようなことをやらかしたようだ。

 理想はあくまで二つだけ。あるかどうかもわからない大問題に付き合ってやるかはその物事次第だ。


 そんなことよりももっと重要なことがある。

 いや、別にそんなことと言うほど軽い夢や野望、問題では断じてない。はずみで口にしただけだ。

 本当だ。……疑わしいかもしれないが、本当にはずみで言ってしまっただけで、理想は今も燃え盛っている。


 コホン。それはともかく。


「……むふふ」

 

 ――ノエルが可愛すぎるのが問題なんだ!


 思わず、ニヤけづらを浮かべそうになって慌てて堪えた。むふふとか言った時点で意味がないような気もするのは内緒だ。

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