第22話 不変の誓い・下の巻
ノエルちゃんとデートをした次の日。いつもより仕事を早めに終えて、余韻が少しは抜けた頃。
私はかつてのノエルちゃんのことを調べることにした。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず……ノエルちゃんが何時だったか言っていた言葉だ。
それは戦争においては重要な概念だったけど、その言葉自体は知らなかった。
でも、歴戦の将軍である以上なんとなく理解していたし、ある程度は実践していたつもり。
それを無意識のうちにノエルちゃんを堕とすために利用しようとしたんだと思う。
もちろんそれだけじゃない。顔と名前を一致させるだけではなく、浅いところも深いところも、ノエルちゃんの全部を知りたいと思ったから調べた。
……かつてのノエルちゃんは想像を絶していた。
五芒星最強である私でも比較にならないかもしれないほど超越した力を持っていたみたいだ。
こんなのはありえない、誇張表現だ。
そう言いたくなったが……あの雰囲気を思い出して納得した。
たしかに今は大きく弱体化しているかもしれないけど、こんな力が眠っていてもおかしくないと思わせるような不思議な雰囲気があったから。
だけど、あんまり役には立たなかった。
無駄とは言わない。いつかその知識が役に立つ機会が来るかもしれないから。いや、仲良くなると決めた以上、その機会はかならず来る。
過去の話をノエルちゃんの視点で語ってほしいとも思った。
だけど、私が使おうとしていた目的においてはあまり役に立つ情報とは思えなかった。
今の彼女とは人間性がかけ離れていたから。
人魔連合し、その時代の魔王と勇者、その他様々の強者が力を合わせて強化した、三百万を超える超絶怒涛の大軍勢を優雅に嘲笑いながら虐殺したり、無軌道に、己の心の思うままに他者を踏みつけ、積み重なっていく屍を知らぬと越えていくその姿は今の彼女とは重ならない。
一通り読み漁ったあと、知りたくないことを知ってしまった気分になった。
私に優しくしてくれたのが最重要なのだから、どうでもいい過去と言えばそうなんだけど、ちょっと幻想を砕かれた感は否めない。
この残虐性がノエルちゃんの一側面だと思うと辛いものがあったの確かだけど、同時にこうも思った。
ノエルちゃんに私の全存在を壊されたい、砕かれたい、そして彼女の中に取り込まれたい、と。
被虐趣味は一切ないのに、なぜかそんな事を考えてしまった。
でも、冷静になって考えるとそんな壊れた愛の形はやっぱり嫌だ。
まともな形で愛し愛されたいという気持ちのほうがずっと強い。その思考は脳の片隅に閉じ込めておいた。
二つの意味で知りたくないことを知ってしまったけど、それからは度々仲良くするようになった。
デートも重ねたし、そのたびに更に仲良くもなった。
口数も増えた。ノエルちゃんといるときが顕著だけど、兵士たちを鍛えるときなんかもいつもより一語くらいは多くなっている気がする。
だって、いつもより意思の疎通がうまく行ったような気がしたから。
……兵士たちとの会話については、そうであってほしいという願望かもしれない。
無愛想なままよりは、一緒にいて楽しい子になれたほうがノエルちゃんも嬉しいと思ったから、自発的に変化したというのも理由だけど……意図して振る舞おうとする前から、ふと気づいたときには普段よりは喋るようになっていたと思う。
たまに私でファッションショーみたいなことをされたけど、それもすごく嬉しかった。
好きな人が私を可愛い可愛いと褒めてくれる。すごく心が満たされた。
この機械のような羽がかっこいいと無邪気に言ってくれた。
頭上の光輪がとても神々しいと褒めてくれた。
家に招かれた時、ノエルちゃんが復活したときに着ていたらしい服が目に入った。少し不思議だったので見つめてしまっていた。着てみますか?と言われたから、思わず首を縦に振っていた。そして、似合っていると嬉しそうに言ってくれた。
私を楽しそうに着飾っているノエルちゃんの姿が、とても可愛くて愛おしかった。
勇気を振り絞って可愛いと伝えてみたら、明らかに照れていてそれがまた可愛かった。
……そしてなにより、『可愛い』と言われた時が、一番嬉しかった。
全部最高の思い出だけど、どうやら私は可愛いと褒められるのが一番嬉しいらしい。
己の容姿が良いと言われても、やっぱりよくわからない。そこは未だに変わらない。
どういうファッションが似合うのか……ノエルちゃんの好みがわかれば良いんだけど、わかったところで根本的なところが理解できていないから、ズレたファッションになるんだろうとも思ってしまった。
だけど、最適解どころかなにもわからないからこそ彼女に着せ替えてもらう機会が増えているのだと思うと、悪くはない気持ちだった。
どちらにせよ可愛いと言ってくれるのは変わらないのだから。
でも、一つだけ明確に強い不満があった。
ノエルちゃんの容姿の良さを私だけが理解できないのはもったいないと思ってしまう。
その分本質を知れるから、外面の良さなどしれなくて良かった……そんな事を言えたら惚れ直してくれるのかもしれないけど、私は内面を見抜くのも下手だから。
容姿の善し悪しが全くわからないことほど致命的じゃない。
ノエルちゃんの良いところや可愛いところは少なく見積もっても200個ずつ言えるし、悪いところや不満なところも100個は言える。
ただ優しくしてくれたから、なにも知らずに、知ろうともせずに、盲目に依存し続けているわけじゃない。
でも、口下手だから他人とうまく関われなくて、だから他人が何を考えているのかを察するのが下手になってしまったのは事実。
……それでも彼女の良いところや悪いところを他人より多く知れて、これからもっと知れるというのは、容姿に目が眩まずに彼女のことをもっと知りたいと思えたからなのかな?
そう思うと、悪いことばかりではないのかもしれない。でも、やっぱり良いところも悪いところももっと多く知りたいし、一緒に作りたいと思っているから……。
……私だけが知らないノエルちゃんの良いところをいっぱい教えてくれる、容姿という重要要素が全く理解できないというのは凄く不満。
自分の目が憎いと思った。
……でも結局、一緒にいるだけであったかくて心地良い。一緒にいるだけで幸せになれた。
この日常がいつか終わるのが怖い。今が永遠に続けば良いと思った。この瞬間を無限に味わい続けたいと願ってしまった。
いつの間にか、ノエルちゃんにべったりと依存してしまった。盲目的に依存しているわけじゃないと言ったのは事実。だけど、彼女がいないともう私は成り立たなくなっていた。
出会ってたった四ヶ月程度の付き合いなはずなのに、今までの数十年、あるいは百数十年よりずっと濃密で記憶にも刻まれている。
その事実が心底嬉しかった。
……だけど喜んでばかりもいられないこともあった。
いつまでも手を出してくれない。こちらの心の準備はとうにオッケーなのに、なぜか手を出してくれない。
ノエルちゃんならば私の心くらい、そのほとんどを理解しているだろうに、手を出してくれない。
その理由は、なんとなくわかっていた。
他にも女がいるから、誰を選ぶのか決めかねているのだと思っていた。……『最初は』だけど。
同じ五芒星の……千刃将軍なんとかという先鋒の人。
あの人がノエルちゃんと特別仲が良いというのは知っていた。
それが心にすごく引っかかる。
私なんかと比べるのもおこがましいほど行動的というか……。ううん、きっとあの人は特段活動的なわけじゃないとは思う。
それでも人として私よりずっとマトモだから、いつかちゃんと行動に移してノエルちゃんの心を先に誘惑するんじゃないかと常に不安だった。
それに、友としては私なんかよりずっと進んでいる関係。……親友みたいな感じだったから、どうしても嫉妬してしまう。ノエルちゃんがあの人といると心がすごくざわざわする。
ものすごく気に入らない人。
だけど、もっと気になるのは……副官のあの人。
バ……バベル、だっけ……?なんか違うような……。うん、きっと違う名前なんだと思う。
ともかく、バから始まるそのなんとかって人がとにかく怖い。
ノエルちゃんと似た雰囲気を持った女性だった。
それは、使用する力がおそらく同じだからというところまでは見抜けた。
二人が力を行使しているところを見たわけではないけど、それくらいまでならわかる。
浅い理解だということはわかっているけど、それが根本的な理由でもあることも何となく分かる。
今の陛下も少し似ている雰囲気だけど、それよりもずっと似ていると感じた。
同時に、理由の根本は全く別なんだろうけど私と似ている部分もあった。
他者と関わるのがかなり苦手なようだった。でも、私と同じように他人と関わりたいとも強く願っている。
最初から私に強い興味を持ってくれていたように、ノエルちゃんの好みが私『みたいな人』ならば、副官さんは強力なライバルになると理解した。
それに、それだけじゃないともわかった。
……あの二人は、共依存しているように見えた。互いがいないと成り立たなくなる関係。私がいくら他人と接するのが苦手とは言え、大きくは間違っていないと断言できる。
それが悔しかった。
私はノエルちゃんに依存しているけど、あの子は私に依存していない。
強く好かれているのは嬉しい。でも、全存在を預けて良いとは思われていない。
いくら私に『女として一番』の興味を持っていても、『真の一番』はあの人なんだと思うと泣きたくなる。
本当に泣いたりはしない。私にだって魔王軍最強の戦士であるという誇りはあるから。
でも、心が砕かれるような錯覚くらいは覚えてしまう。
私がいくらノエルちゃんを強く思っていても、口下手だから心を溶かすことはできない。
そこで、発想を転換した。
今までの私ではできなかったかもしれない。
別に『真の一番』なんていう概念に拘る必要はないのではないか、そう思った。
――女として一番欲されるのなら、それはそれでとても幸せなことなんじゃないか?そんな疑問が湧き出た。
ノエルちゃんはおしとやかな風貌に反して、とんでもない女ったらしのようだから、名前を出した二人と私に加えて、他にも女を作るんだと思う。
あの子はすごく魅力的な人。それに、私には容姿の良し悪しは良くわからないけど、魂を抜かれるほどの美少女といっていた兵士がいたりするくらいの美形みたいだから、いくら同性と言っても他の女たちは放っておかない……と思う。
容姿の良し悪しに関しては概念自体わからないから、どう出るのか良くわからないな。
でも、ノエルちゃんに懸想しているメイドの子たちの会話を遠耳で聞いたことがあるからそう間違っているわけでもないと思う。
現実としては男のほうがずっと多くあの子に寄ってくるんだろうけど、男への興味はとても薄い、あるいはまったくないみたいだからそこはちょっと安心。
もっとも、あの子の中に異性への興味があったとしてもやることは変わらないけど。
その時は女として最も愛されるのが私、ではなく、恋愛対象として最も愛されるのが私、その言い方に変わるだけだから。
ノエルちゃんがいろんな女の子と関係を持つというのは、考えるだけでも悲しいし苦しいけど、発想を転換すれば割と容易く飲み込める範囲だとも気付いた。
要するに、他の女に心変わりして私を捨てるかもしれないと思ってしまうから気に食わないんだと思う。
ならば、恋愛という一点においては絶対に一番で有り続けられるという絶対的な自信があれば良い。
たとえノエルちゃんが私の目の前で、他の子と強く抱きしめ合ってちゅーしたりしていても、私が一番だと確信していればまったく不安に思わない。
それに、ノエルちゃんにとって一番の女は私だと確信できるくらいに愛されたら、それはとてつもなく幸せなんだと思う。
きっと、感情表現が下手くそな私でも満面の笑顔を浮かべられるくらいには幸せなんだと確信している。
今更他の人に興味なんて持てないし、こうなってしまった以上そうするしか幸せになる道がないというのもある。
でも、ノエルちゃんのことを忘れられるとしても、そうしたいとも思えない。思えるようにもなりたくない。
だって、四ヶ月前までの日々と比べて、今は凄く幸せだから。一緒にいるだけで心があったかくなるし、一緒にいれない時もあの子のことを考えるだけで感情が溢れそうになる。
かつて唯一の楽しみだった仕事も、今はもっと楽しく感じている。
とはいえ、私に迫り方なんてわからない。
小説を読んだり、観劇したりするようにもなったから、男女のそういうのはなんとなくわかるような気もする。とはいえ、それは創作物における劇的な迫り方であって、本当の恋愛で役に立つとも思えない。
それに、私達は同性だ。迫り方も変わってくるだろうと思う。……実際のところを知らないから良くわからないけど。
それとも、もう少しおしとやかに、向こうから求められるように行ったほうが嬉しいのかな?
……やっぱりこういうのは苦手。でも、ちゃんと勇気を出して誘いたいな。
ちゃんと表現できるかはわからないけど……一番の女であれるように、頑張ろう。
『ノエルちゃんを私のものにする』という誓いは不滅。
それが、『ノエルちゃんと永遠を過ごして共に楽しむ』という次のステップに進んだ時、それは『不滅』ではなく『不変』と化すだろう。
そうなってほしい、いや、手繰り寄せる。
だから、なにがあろうとちゃんと実行に移す。
たとえ、陛下に取られそうになったとしても……。
ちゃんとした忠義を誓っているつもりだったから、こればかりは口には出せない。心の中でも明言はできないししたくもない。でも、覚悟は決めておく。
……今日から本気出さなきゃ!でも、ノエルちゃんは今戦争中だからなぁ。
なら、外堀を埋める?……ノエルちゃんには親族もいないから無理。
そもそも、私がまともに話せる相手はノエルちゃんだけだ。
なら……脳内でシミュレーションしよう。いつか来るかもしれない、いや手繰り寄せる日を思って頭の中で練習しよう……!
……やっぱり締まらない結論になってしまったなあ。
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